(3−3)ニーナと夏の祭り①
「今日は、ステンドグラスの工房を見学してみませんか? ガイザーブル商会が経営している工房があるので、ご案内できますよ」
ダリルのその言葉に、ニーナは思いきり飛びついた。
ファーレン国は、ステンドグラス作りが盛んな国だ。ステンドグラスは、紙に描いたデザインを元に、ペンの描線を再現した鉛の線を作る。鉛線の内側には溝がつけられていて、様々な板ガラスをカットし、その溝にはめ込んで作っていく。技術としては知っていたけれど、自分の手では、作ったことがなかった。ニーナはまだ、熱く溶けたガラスから形を練り出していくことしか知らない。学べる機会をもらえるなんて、なんて幸運なんだろう。
ニーナは朝ごはんと嬉しさを一気にかみしめつつ、さっきから気になっていたことを聞いた。
「あの、ハーフォード、どこにいるか知ってますか……?」
今朝からまったく姿が見えず、この朝食の席にも現れていない。ニーナの分しか食事は用意されておらず、向かいの席は空っぽだった。
「朝早くからお出かけになりましたよ。この街は、ある意味安全ですからね。時間のある今のうちに武術の訓練をしたいとのご希望だったので、ガイザーブル商会の私兵の訓練場にお連れしました。夕食までにはお戻りになるかと思います」
この人に相談すれば、叶えられない願いはないのかもしれないと思ってしまう余裕を湛えて、ダリルは微笑んでいる。
「ダリルさんって、もしかして、ガイザーブル商会のかなり偉い方なんですか……?」
「いえ、私の上司は商会の芸術部門のトップで、それはそれは偉い方ですが、私はその飼い犬にすぎません」
「い、いぬ……?」
「私の主人は、とてもニーナさんにお目にかかるのを楽しみにしていました。カンティフラスに着いたら、すぐにお連れしますね」
「ご、ご主人、さま……?は、どのような方なんですか……?」
「大変に気高い女王のようで、そしてとても容赦のない方です」
ダリルの口調に、わずかにうっとりしたような調子が混じった。これ以上、突っ込んで聞いてはいけない気がしたニーナは、急いでこくこくとうなずいてから、パンを口の中に詰め込んだ。
それから連れて行ってもらったステンドグラスの工房は、商会から歩いてほど近いところにあった。20人ほどの職人が働いていて、親切にいろいろと説明してくれる。大陸中の注文が、この工房に寄せられるらしい。カンティフラスの王立劇場のエントランスにある巨大な飾り窓もこの工房が手がけている、と聞いて、ニーナは目を輝かせた。あっちについたら絶対に見学に行こう。
職人たちは、逆に、ニーナが頭の後ろにしているかんざしに興味しんしんで、使っている技術について質問攻めにされた。ニーナの両親の名前をみな知っていてくれて、くすぐったくて、誇らしい気持ちになる。
体験入門で、小鳥の形をしたステンドグラスの壁掛けを作らせてもらった。昨日見た海の美しさを思い出しながら、青をベースに、ガラスの色の取り合わせを考える。板ガラスをカットし、パーツを組み合わせ、小鳥の体を創っていく。ハーフォードにあげたら喜んでくれるだろうか。なんとなくそんなことを考えてしまって、うっすら頬をゆるめながら、丁寧にガラスを組んでいく。茶色に変身した姿もいいけれど、やはりニーナは、ありのままの銀と青の彼がいい。小鳥の体に、銀色に鈍く輝くガラスを一つ、はめ込んだ。
工房で午後のお茶までご馳走になってから、すっかり仲良くなった職人たちと、手を振って別れる。定期的にカンティフラスに仕事に来る人も多いそうで、次に会ったときには、ニーナのガラス作りを見てもらう約束もした。
「さて、私はこれからガイサーブル商会に戻りますが、ニーナさんはどうされますか? 夕食まで少し時間もありますし、散策されますか? お出かけになるようでしたら、護衛を1名つけます」
「じゃぁ、お言葉に甘えて、少しお散歩したいです。昨日見た露店に、いろいろきれいなガラス細工があったので、もう一度じっくり見たくて」
「承知しました。では、ラミアがお供させていただきます」
完成したばかりのステンドグラスの小鳥を、ダリルに預ける。ラミアという名の大きな体の男性が、一緒についてきてくれることになった。20代後半くらいだろうか。腰に剣をさげた身のこなしは隙がなく、筋肉に包まれた分厚い体はいかにも強そうだ。顔もいかつく険しかったが、ニーナに挨拶をしてくれるその目は、穏やかそうに笑っていた。
ラミアは見た目に反して、とても物腰やわらかで、気さくな話しやすい人だった。
「ラミアさんは、いつもはどこで働いてるんですか?」
「カンティフラスの商会本部に所属してます。でも、こうやって、護衛の出張をすることが多くて。1年の3分の2は、どこかしらの国に行ってますね」
「へぇ! いいなぁ。私、自分の国から外に出たのって、これが初めてで。これからいろんな国のガラス工芸を見てみたいなぁ、って思ってるんです」
「じゃぁ、カンティフラスはぴったりですね。王立美術館の工芸展示室は圧巻ですよ。いろんなガラス細工が集められてます」
「わぁ! 絶対行きます」
「ぜひ、彼氏さんと一緒に行ってください。楽しいですよ」
「え?」
「あの、茶色の髪のハーフォードさん……あ、もしかして、お付き合いはこれからなのかな? 昨日、ずいぶん仲が良さそうだったから」
昨日、実は隠れたところからラミアに1日護衛されていたと聞かされて、ニーナは真っ赤になった。——穴があったら入りたいって、こういう時に使う言葉だったのか!
たあいないおしゃべりをしながら、そぞろ歩く。広場に向かう道にもたくさんの露店があって、ニーナの視線はいちいち引きつけられてしまう。
「やっぱり女性は、ああいうブレスレットとか、好きなんですかね?」
ニーナの目線を追って、ラミアが少し聞きずらそうに尋ねる。
「奥さんへのお土産ですか?」
「いや、自分はまだ結婚しておらず……ただ、その、気になる子がいるというか、なんというか……」
「わぁ!素敵! どんな人なんですか?」
「王都で行きつけの食堂の娘さんなんですが、自分の注文の時だけ、何も言わないのに大盛りにしてくれて、その子の作ってくれる野菜炒めがべらぼうに美味くて、なんというかその、胃袋を完全につかまれてしまって……」
「ラミアさん! それはダメです! ちゃんと自分からも捕まえに行かなくちゃ!」
きっぱりと断言すると、ニーナはきびすを返して、通り過ぎた露店に飛び込んだ。大きな体をちいさくすぼめて、居心地悪そうなラミアをにっこり見上げる。
「その娘さんは、どんな色が好きですか?どんな印象ですか?」
「ええっと……明るくて、さばさばしていて、よく緑の髪留めを使っているかな……あと、彼女がいると、その……なんだか目の前に、華やかな黄色の花が咲いている気がします……って、俺、何を口走ってるんだ!何を!」
大きな両手でガッと顔を隠し、もじつくラミアにはお構いなしで、ニーナは目の前に下がったブレスレットを、鋭い目で物色していく。
石のビーズを連ねて作られたブレスレットの中から、じっくり見据えて、二つ、取り上げた。
「これとこれ、どっちがいいですか?」
「ああ、すごい、どちらも彼女に似合いそうだ……」
絶句して、しばらく両方を見比べた後、ラミアはとうとう音をあげた。
「ダメだ。選べん。どっちも買います」
ほくほく顔の店主に見送られ、露店を後にしながら、しみじみとラミアは言った。
「さすが、ガイザーブル商会に目をかけられている職人さんですね。ニーナさんは、ものを選ぶ目が確かだ」
「ありがとうございます。その腕輪の石、たぶんあのお店の中で一番質がいいと思いますよ」
ふふふ、とニーナは含み笑いする。これまでずっと、ガラス材料を探して、いろいろな石と向き合い続けてきたのだ。まさかこんな形で人の役に立つなんて。
「その黄色の透明なビーズは、シトリンっていう黄色の水晶で、緑がかったミルク色をしてる一粒はオパールだと思います。宝探しみたいで楽しかった!」
「ああ、それは、本当になんとお礼を言っていいか」
「ふふ。その娘さん、喜んでくれるといいですね。ちゃんと捕まえられますように」
「が、がんばります!!」
ラミアが強面をだらしなく緩めて、頭をかいた。カンティフラスの王都についたら、その食堂の場所を教えてもらおう。ラミアがこれだけ幸せな顔になる食堂だ。きっと美味しい。その頃には、ハーフォードは魔力を取り戻して、5人前を食べられるようになっているだろうか。
続きは夜に投稿します!




