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第30話 幕間 マスタングの疑念

 応接室からまっすぐに自分の執務室へと向かう。ここなら誰の邪魔も入らないし盗み聞きの心配もない。


「それでどういうつもりだ?」

「どういうつもりとは?」


 惚けるハインツを睨むが平然としている。

 この若さで大した胆力と面の皮の厚さだ。


 もっともそれくらいの傑物でなければこの若さで騎士団の副団長の地位まで上り詰めるなんてできる訳がないが。


「もう一度だけ言うぞ。本当の目的はなんだ?」

「副ギルドマスターもご存じでしょう。ここ最近、各地でゴブリンの異常繁殖が起こっていることを。グレインバーグ領でもそれは同じであり、早急にその対処が必要なことも」

「それは分かっている。実際に彼がその役目を果たしてくれるのならば非常に有用なこともな。だがお前の目的はそれだけではないだろう?」


 それだけでこいつがわざわざ一冒険者の登録に付きそう訳がない。


 有能で思慮深いからこそ、それだけならこいつは他の奴に任せる判断を下したはずだ。


 だが実際にはわざわざ付いてきた。エイレイン様の護衛を一時的に外れてまで。


 それがこれだけのためなんてことはあり得ない。


「言っておくが話すまで帰れると思うなよ?」

「……はあ、分かりました。ですが機密事項に関することは話せませんよ」


 こちらが逃すつもりがないことを察したのか諦めて説明を始めた。


「まず初めに言っておきますが、一番の目的は小鬼退治であることは本当です。各地での異常繁殖は思っていた以上に厄介なことになっている。実際、この街の近くの魔境でも被害が出ているでしょう」

「蛙沼のことだな」

「彼の協力があればゴブリンの被害については非常に効率的に対処が可能となる。それはハリネ村での一連の出来事でそれは証明されています。ですから直近ではその蛙沼の対処を彼にお願いするつもりです」


 本来なら色蛙と呼ばれる魔物が多く生息する湿地帯のはずが、今はゴブリン共がそこら中に現れていると報告を受けている。


 そのせいでその沼の近くに生えている薬草採取などにも影響が出ているはずだ。


「蛙沼に関しては一度、三ヶ月前に冒険者による討伐隊が組まれて異常繁殖の原因となったと思われたゴブリンの巣穴を潰すことに成功しています。ですが実際にはこうして短期間で元に戻ってしまっている」

「まさか見逃した巣穴があったと言いたいのか?」

「いえ、それは恐らくないでしょう。こちらでも討伐後に調査していており、その際には多少のゴブリンは残っていたものの異常繁殖が収まっているのは確認しています。少なくとも原因となっていた大型の巣穴は間違いなく潰せていた」


 つまり依頼を受けた冒険者が隠蔽やミスをした訳ではない。


 この件には信頼できる人物を選んだし、実際に彼らはしっかりとゴブリンを退治したのだ。


 だが現実には異常繁殖がまた起こってしまっている。


「ところで前回の蛙沼での調査の際、異常繁殖に利用されたと思われる犠牲者の亡骸が複数発見され、それらの身元は分からなかった。そうですね?」

「その通りだ。そもそも蛙沼の傍に人里はないし、残されていた遺品も見たこともない物だったと報告を受けている。だから身元不明の死体は他国の商人や旅人などの自由民だと考えられているな」


 あえて口にはしなかったがその原因を生み出したのは人攫いなども辞さない盗賊、または違法な奴隷商人だったのではないかというのが冒険者ギルドの考えだった。


 身を潜めるためか、あるいは蛙沼にある良質な薬草を求めたのかは分からないがそいつらが何らかのトラブルで奴隷を置いて逃げていった。


 その結果、蛙沼のゴブリンが女奴隷という苗床を手に入れた結果が異常繁殖に繋がったと思われる。


 これが当初のギルドの考えだった。

 そして辺境伯もおおむね同じ考えだったはず。


 しかし最近この予想は間違っていたのではないかと思ってきている。


 蛙沼の一件だけならそういったこともあり得るかもしれないが、ハリネ村や他領でも似たようなことが起こっているからだ。


 流石にこれだけの事態を広範囲で何度も引き起こしている盗賊団や違法商人、あるいは他国の諜報員がいればその痕跡くらいは絶対に残されているし隠しきれぬものではない。


「今回幸いなことにゴブリン達の巣から生きて助け出された人物がいます。助け出された彼女達、そしてその彼女達と同郷であるというナルミツカサから情報を得られればこの一連の事件の解決のキッカケを掴めるのではないか……と私やお嬢様は考えています」


 こいつが馬鹿正直に全部話す訳がないので他にも何かあると思われるが、これ以上言葉を紡がないということは言う気がないということだろう。


 ギルドに所属しているわけでもないこいつから機密を無理矢理聞き出すわけにもいかないし、少なくともここはこれで終わりにするしかない。


「……危険はないんだな? 状況だけ見るとそのナルミツカサという人物が怪しく見えなくもない」

「ええ、既にお嬢様が《《確認》》しています」


 それならば間諜という線はまずなくなる。

 だが念には念を入れておくべきだろう。


「一応、俺の方でも裏を取らせてもらうぞ」

「ええ、こちらとしてもその方が助かります」

「ならこの話は一先ずこれで終わりだ。それで別件だが真言食いの件はどうだった?」


 こいつやあの伯爵令嬢が自らハリネ村なんて辺境に向かったのはゴブリンの異常繁殖の対処以外にも目的だったからだ。


 いや、どちらかと言えばこっちの方が本命だろう。


「《《残念なことに》》真言食いはいませんでした。またその痕跡も見つけられなかったです。また実物と接触したと思われる彼は記憶が奪われたせいか真言食いについての情報はもっていないようです」


 大半の冒険者や騎士が忌み嫌い絶対に近寄ろうとしない真言食い。


 それこそゴブリンなんて比較にならないほど忌避されている存在を《《捕獲》》しようなんて考えるのはこの国が広いといってもあのお嬢様くらいのものだろう。


 まあそうするだけの理由があるのは知っているが、それでも変わっていることには違いない。


(辺境伯も苦労しているだろうな)


 その後、情報交換はこれからも定期的に行うことなどを幾つか確認して奴と別れた。


 それからしばらくして執務室の扉がノックされる。


「入れ」

「失礼します」 

「思ったよりも早かったな。それでどうだった?」


 こいつに調べさせたのはナルミツカサについてだ。


「彼が保有する真言は七つでした。第三階梯が一つ、第四階梯以上のものがないことも確認済みです。更にゴラムなどの複数の冒険者にも彼の真言が一つもなかったことは確認が取れています」

「……どう考えても『隠蔽』や『催眠』の真言を持っている可能性はあり得ないか。なのに嫌な予感が消えねえんだよな」

「嫌な予感、ですか?」


 未だに納得し切れない俺に調査員が聞いてくる。


 まあ確かにここまで調査して白だと判明している奴に拘ることは珍しいからそれも仕方ないか。


「勿論ただの勘って訳じゃないぞ。なにせ俺は『直感』の真言を持ってるからな」


 これまで俺はこの真言のおかげで何度も命の危機を乗り越えてきた。


 勿論全てのことが分かる訳ではないし、時には予感が外れることだってあるから万能ではないのでただの勘違いだって可能性もあるのだが。


 でもどうしても気になるのだ。奴を見た時から頭によぎる注意を払うべき存在だという根拠のない警戒感が。 


 だからこそここにハインツを呼び出してまで話を聞いたのだ。


(……ナルミツカサ本人を調べても怪しい点が出てこないとなると本人の問題ではなく、その周囲に何かがあるのか? いや、あるいはその周囲でこれから何かが起ころうとしているのか……?)


「……まあ現状は何も出てこないしどうしようもないな。ただし念のため奴の動向や何をしたかはそれとなく調べておいてくれ。無理のない範囲でバレないようにな」

「了解です」


 冒険者の管理を行うのが冒険者ギルドの仕事。表には出せないが危険人物と思われる奴の監視も時には行うことがある。


 まあナルミツカサに関しては今のところ本人に非がないので大分可哀そうではあるが。


(……本当にこの先でも何も起こらなかったらこっそり詫びを入れるか)


 副ギルドマスターという立場上、私情を挟むわけにはいかない。

 だから可哀そうでもやることはやらなければならないのだ。


 それもこれもギルドマスターがまともに仕事しないからだ。


 まあお飾りなのは最初から分かり切っていたが、それでも文句の一つや二つは出てきたって仕方ないだろう。


 とは言え文句を言ってる暇も惜しいほどに現状は問題が山積みだ。


「……はあ、隠居してえな」


 本来はギルドマスターが処理するべき書類の山を睨みながら叶わぬ願いは宙に溶けて消えていくばかりだった。

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