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沙耶ちゃんの憂鬱 これだけはイヤです!

作者: 綿屋 伊織

「やぁぁぁっ!」

「沙耶!大人しくしろ!」

 目の前、ドアの向こうから聞こえてくる声に、葉月志保はチャイムを押し掛けた指を止めた。

「?」

 騒ぎの声はさらに続く。

「そんなの挿れたくない!」

「痛いのは最初だけだ!」


 志保は、何か怪しげな予感を感じながら玄関のドアを開いた。

 その途端―――

 ドンッ。

 不意に、その胸の中に飛び込んできた者がいた。

「おっと」

 飛び込んできたのは、びっくりする位細い体。

 腰まで伸ばした長い黒髪の間から見えるうなじが妙に白く感じられる。

 この家の娘で、名前を沙耶さやという。

 普段、物静かで年の割に大人びているこの娘が取り乱していることに、志保は内心で驚いた。

 沙耶を追ってきたらしい。すぐに、リビングからはこの家の息子で、沙耶の兄にあたる光流みつるが顔を出した。

「志保か?助かった!」

「一体どうした?何の騒ぎだ。光流?」

 落ち着かせようと、沙耶の肩を手に回しながら、志保は沙耶の異変に気づいた。


 それは、沙耶の服装だ。


 上半身に、水色の生地にペンギンがたくさん描かれた愛らしいパジャマを着ているのはいい。

 問題は―――


 さて、ここからが問題です。


 と、志保は自分で自分に尋ねた。


 目の前の女の子は、下半身に何も着けていません。お尻が丸出しです。

 そして、近づいてくる兄が手にしているのは、女の子のパジャマのズボンとパンツです。

 以上の事柄から、あなたが人間としてとるべき手段を、以下の3つの中から選びなさい。


 1.とりあえず、兄にワケを聞く。

 2.沙耶を兄から離す。

 3.その他


 志保は、とりあえず選択肢1をとった。

「一体、どうしたんだ?この騒ぎは」

「実はね。志保」

 光流はほとほと参ったという顔で、沙耶のズボンとパンツを手に肩をすくめた。

「沙耶がどうしても挿れさせてくれなくて」


 志保がとった選択肢は3のその他。

 曰く―――“挽肉ミンチ



「……言葉というものを選べ」

 志保は廊下に転がったままの光流を冷たく見下ろしながら言った。

 合わせて十段を超える武道の有段者である志保に、文字通りぶちのめされた光流は、肉袋ミートバック状態で床に転がっている。

「紛らわしいことを言うからそうなる」

「それは、ここまでやられることなの?」

「何だ。まだ喋る事が出来るのか?」

 殴り足りなかったか?と、志保は指を鳴らす。

「もういいっ!」

「―――で?」

 志保は訊ねた。

「沙耶ちゃんが風邪だと?」

「うん。インフルエンザじゃないそうだけど、昨晩から熱が引かないんだ」

「医者には見せたのか?」

「当たり前だよ。石山医院のセンセに見せたら、熱が引かない場合は座薬を出すから使えって言われた」

「……何だ。インスタントだけか。おい、豆はどこだ?」

 台所に移った志保は、コーヒーカップを用意しながら頷いた。

「沙耶しか知らないよ。台所のことなんて僕が知る訳ないだろ?」

「兄と妹の二人暮らしでそのセリフか……沙耶ちゃんの苦労が忍ばれる―――それで?」

 志保は台所に入ってきた光流を睨んだ。

「あの所行か?」

「仕方ないだろう?」

 光流はムキになって言った。

「ヤダヤダ言ってるけど、座薬を使わないと熱が引かないんだから」

「それで、しかたなく実力行使に及んだら、沙耶ちゃんに逃げられ、そこに私が来た」

「そういうこと」

「成る程?」

 志保は肩をすくめた。

「いくら兄でも、アレは嫌だろう。女の子としては」

「手伝ってくれる?」

「ああ。沙耶は私にとっても妹同然だ。で?座薬はどこだ?」

「いや、それがね?」

 光流は嬉しそうにリビングに移ると、“甘利薬局”と書かれたビニール袋を持ってきた。

「医者でもらったクスリってのが、どうにも見慣れないヤツで」

「……そりゃそうだろう」

 志保は思った。

 座薬なんて見慣れている方がどうかしている。

「心配だったから、こっちを買ってきた」

 光流がビニール袋から取り出したのは、透明なシリンダー状の物体だった。

「いろいろ調べたら、これが一番派手に出るんだ」

 光流は、見せびらかすようにその物体を手にして、得意そうに話す。

「グリセリン用意したり、沙耶を脱がせて縛ったり大変だけど、これで沙耶の熱が下がるなら安いものだからね」

「……」

「……」

 光流は、志保の視線が決して友好的でないことに気づいた。

「……どうしたの?」

「―――光流」

「うん」

「お祈りを済ませろ」



「妹に何をするつもりだったんだ!」

「品田君に借りたビデオ見たら、むしろ女の子は悦んでいたよ!?」

「どういうビデオだ!この獣が!」

 ガスッ!

「だいたい、妹を全裸にして縛るだと!?」

「そういうもんじゃないの!?」

「その時点で疑問に思え!」

 ボコォッ!



「沙耶は悪くない」

 沙耶の学習机の椅子に座りながら、志保は言った。

 沙耶とは7つ違いの、沙耶にとって“女性”。

 それが志保だ。

 同じ椅子に座っているだけなのに、何だか空気が違うような錯覚さえ覚える。

「悪いのは、あの偏った獣だ」

「……」

 ピッ。

 沙耶の布団の中で、そんな音がした。

「終わったか?」

「……はい」

 沙耶は布団の中でもぞもぞやると、志保に体温計を手渡した。

「39度……か」

 志保は体温計の数値を目にして、顔をしかめた。

「光流が心配するのも無理はない」

「お兄ちゃんは?」

「物置で何かを探している」

「?」

「自分の馬鹿さ加減にいい加減気がついて首でもくくるんじゃないか?」

「へ?」

「冗談だ―――だが」

 志保は学習机の上に置いた薬袋を手にした。

「座薬は使った方がいいだろう」

「……ううっ」

「恥ずかしいのはわかるが、このままという訳にはいかん」

 志保は椅子から立ち上がると、そっと沙耶の上から布団をはがした。

「挿入の仕方だけ教えてやる。あとは自分でやれ。それならいいだろう?ここは沙耶の部屋だ。はやし立てたり、咎める者はいない」

「……でも」

「皆、沙耶に早く元気になってほしいだけだ。あのバカ兄は普通とベクトルが違った行動に出たが……」

 志保は、そっと沙耶の額に、なでるように手を置いた。

 ひんやりとした冷たさが、沙耶には心地よい。

「それとも、私が挿入しようか?」

「……自分でやります」



 体をくの字にして、怖がらずに一気に挿入しろ。

 うまく挿入出来なくて当然だから、心配するな。

 排泄感を覚えても、30分は我慢しろ。


 志保は沙耶の下に“万一のためだ”と言ってバスタオルを敷いた後、とるべき姿勢などを指示して、“何かあったら呼べ”と言い残して部屋を出た。

「……よっと……ひゃんっ」

 ズボンとパンツを脱ぐと、冷たい空気が肌を包む。そのひんやりとした感覚に、思わず声が出た。

 自分の口から出た奇妙な声が恥ずかしくて、沙耶は思わず口を抑え、そして辺りを見回した。

 自分の部屋。

 誰もいない。

 薬袋から固い鉛筆の先のようなモノを取り出した。

 ラムネ菓子のような堅さの感覚が、掌に伝わる。

 沙耶の感覚からすれば、びっくりする位固い。

 こんなもの、体にいれて大丈夫なんだろうか?

 そう、心配になる。

 とはいえ、お兄ちゃんが用意していたデッカイ注射器みたいなのはもっと嫌だ。


 そうよ。


 沙耶は自分に言い聞かせた。


 私は究極の選択っての迫られているの。

 この固いのと、あのデッカイのと。

 どっちがいいか。


 ……言い方が、何だかヘンだけど、でも、間違っていないはず。

 

 ちょっとの我慢だ。


 沙耶は、志保に言われた通りに横向きに寝て、体をくの字にすると、お尻に手を伸ばした。


「あれ?」

 何だか、うまく挿入出来ない。どうしても“入り口”で止まってしまう。

 座薬を挟んだ指に力が入らない。

「……おかしいなぁ」

 志保の言うとおりにやっているつもりだけど、何が問題なんだろう。


 体位を変えてやってみる。


 固い感じが入り口よりやや内側に伝わって、沙耶がやっと自分の体に座薬が入ったのを知ったのは、それからしばらくたってのことだ。

 だが、

「あっ?」

 沙耶はすぐに自分の体に起きたことがわかった。

 座薬が体から出たのだ。

「?」

 その後、四苦八苦して沙耶は座薬を自分の体に押し込むことにようやく成功した。

 脚を開いて腰を浮かし、後ろから回した手でお尻の穴を押さえ続ける。

 いろいろ試した結果、沙耶にとってはこれが一番いいらしい。

 ただ―――

「……ううっ」

 沙耶の視線は知らずにドアに向かう。

 志保さんは、呼ばなければ来ない。だから大丈夫だと、理屈ではわかる。

 それでも、

 誰か来たら。

 そう思わずにはいられない。


 30分は我慢しろ。


 志保さんはそう言っていた。

 だから、この姿勢で30分は……ちょっとつらいけど。

 布団をかけたらいいんじゃないか。

 そう思い当たった沙耶だったが、姿勢的に布団を掛けることが出来ないことにすぐ気づいた。


 とてもじゃないけど、こんなの、男の人に見られたい格好じゃない。

 こんなの見られたら、もうお嫁にいけないことは確定よ。


 そう思いながらも、沙耶は自分が何か、とてつもなく変態じみたことをしているような気がしてならない。

 大きく足を開いて腰を浮かせているなんて、なんだかそれだけで下半身がむずがゆくなってくる。

 そう。

 むずむずしてくるのが止められない。


 違うのよ!


 理性がそう叫ぶ。


 こ、これはつまり、治療なんだから!


 しかし、心の中の何かが冷たい声で言う。


 何言ってるの。

 これはチャンスよ?

 沙耶。

 最近、突然、むず痒くなってしまうことがあるでしょう?

 掻いたらダメって聞いたから我慢してるけど、こういう時なら問題ないはずよ?

 これは治療なんですから―――


「……」

 沙耶の指が震えながら左手で押さえてるのとは別な所に動く。

「こんな所、おしっこの時くらいしかさわらないのに……」

 心臓が爆発しそうなくらい激しい鼓動が耳に届く。

 指が近づくだけで、ムズムズした感じが、さらに強くなる。

 一体、このまま指で触れたらどうなるんだろう。


 沙耶が意を決して指で触れようとした途端。



 ガチャ。


「おい、沙耶、おまるがあったぞ!」





 この結果、光流が被った被害は全治1ヶ月に達したという。

 

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