表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/35

王弟 3

 本当だろうか?イザボウは、懐疑的な目を向ける。

 そもそも、シャルル6世が狂期の最中、彼の妻であるヴァレンティーナを傍に置き、彼女が献身的に尽くしたことも、周囲にとっては別な意味を持って見えていた。曰く、王弟が妻を利用して王の回復を遅らせている。イタリアから嫁いできたヴァレンティーナは、様々な毒薬の扱いに長けている。その知識を持って、夫の願いをかなえるべく王に侍っているのだ、と。

 もちろん、夫とルイが互いを大切にしていることは知っている。それでも、王という地位が絡めば、特に王に統治が不可能となれば途端に事情が変わってくるものだと言うこともわかっていた。

「義姉上。貴女の夫、僕の兄上は、為政者として大変有能です。なぜ兄上の顧問団に、あまり有力な貴族がいないのか、貴女はご存じですか」

 王族は14歳で成人するとされているが、早くに王位を継いだシャルル6世は、叔父たちによる摂政政治が続き、親政を開始したのは21歳の時だった。婚姻後、6年近くも実権を取り戻すことが出来なかったのである。

 3人の叔父たちから摂政権を取り上げるにあたって、シャルル6世が利用したのは、父の時代にあった顧問団の復権だった。しかし、顧問団に大貴族である叔父たちを組み入れれば、元の木阿弥となって、以前と何ら変わりのない権力構造になってしまう。そこで、シャルル6世は、若手の、自分に忠実な者たちで構成された顧問団を創り上げることによって、彼等の力を削ぎ、親政を始めることが出来たのだ。

 政治から遠ざけられていたイザボウは、もちろんそんなことは知らなかった。彼女にとって、夫の叔父、特にブルゴーニュ公は彼女の婚姻を纏めて王妃の座を与え、結婚後も何かと頼りにしてきた、いわば恩人のような存在だ。

 対して、ルイはどうか。

 イザボウは、兄弟の仲の良さは知っていたが、同時に王弟の欲深さも知っていた。彼は、領地や褒賞を強請る機会があれば、決して見逃さなかった。そのため、幾度となくブルゴーニュ公と衝突し、お互い恨みを持っていることにも気づいていた。

 ルイ自身も言っていたではないか。❝王と王弟では天と地ほども違う❞、と。


「兄上だから、叔父たちから実権を奪うことが出来た。兄上に何かあったとして、何の伝手も権力(ちから)もない僕に同じことはできない」

「わかりますか。僕にできるのは、せいぜい彼らの傀儡の王となることくらいです」

「なぜ、わたくしにそんな話を」

「僕にとって、この国の王になるのはあまりいいことではない、と理解していてほしいんですよ」

 そう言うと、ルイは、たいそう魅力的な笑顔を見せた。

「義姉上に誤解されるのは、耐えられそうにありませんからね」


 恭しく手を取り、甲に口づけを落として颯爽と退出していく後ろ姿を見送ったイザボウは、数年後幾度となくルイの言葉を思い返すことになる。

 それは、彼女が政治に無知な、後継を産むことにのみ存在意義のある王妃ではなく、自分のため子供たちのため、また、フランスという国の行く末を考える為政者の一人として生きていくことを意味していた。





オルレアン公とは、王に一番近い王家の男子を意味する称号ですが、実は、ルイは初代です。前代が初代なのですが、正嫡の男子がおらず、一度断絶しているのです。

その後シャルル5世(ルイとシャルル6世の父)が、自分の次男にその爵位を与えました。

ルイは自分の立場に敏感で、フランス国内での権力が無理ならばせめて財力を、国外での権力をと励んでいるわけですね。片や、ブルゴーニュ公はかつては同じ王弟ですが、1361年に断絶して、フランス国王の直轄領になったブルゴーニュ公国を公爵位と共に受け継ぎ、尚且つブルゴーニュ女伯・フランドル女伯であるマルグリット3世と結婚したため、盤石な地位と王に次ぐほどの権勢を誇っています。

 織物業を営み、フランドル地方で貿易している彼は、妻ヴァレンティーナの伝手で、ジェノヴァ共和国の元首の地位を得ようとしたルイの邪魔をするなど、何回か衝突したことがあり、二人の対立は、結構根深いものがあります。

 ちなみに、ブルゴーニュ公は、イングランドに近い領地をもっているため、どちらかというとイングランド寄り、ルイは、南仏地方に領地を持っていて、勢力を拡大したいと考えているため、イングランドとブルゴーニュ公とは対立しています。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ