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王弟 1


「貴女は、王宮に戻るべきです」

 夫に遠ざけられ、王宮からほど近い離宮に滞在していたイザボウの元に、王弟オルレアン公が訪ねて来て、そう言った。

「王妃が王の元を離れるのは、何かと外聞が良くありませんよ。特に今は」

「わたくしは、陛下の回復を願って祈祷しているのです」

「兄上は、快方に向かっていると報告があったはずです。なのに、いつまでもここにいては・・・それに、義姉上、貴女の身体のこともある」

 イザボウは義弟の指摘に、僅かに身体を竦ませた。王の発症時には、まだそれとはわからなかったお腹まわりは、既にふっくらとしていて、いま彼女の身体がどんな状態なのかを如実に物語っている。ルイは、それを指摘しているのだ。懐妊中の王妃がいつまでも王宮を離れているのは、適切な医療と警備上の観点からも好ましくない。

「オルレアン公。貴方に、陛下のお子を気に掛けていただかなくても結構」

「なんとも冷たいお言葉だ。僕にとっても、他人ごとではないと言うのに」

「奥方のことを気になさるとは、思いませんでしたわ」

 オルレアン公ルイは、その高い身分と富裕さ、何より彼自身の洒脱さにより社交界でも一、二を争うモテモテぶりで、華麗なる恋愛関係で有名な男だ。彼の妻、ヴァレンティーナは、そんな夫を献身的に愛していて、ルイもまた浮気を繰り返してはいるが、妻を尊重して何より大切にしていた。

 ところが兄である国王シャルル6世は、狂疾してからというもの人の言うことに耳を貸さず、自分の妻イザボウを遠ざけるのに、何故か弟の妻ヴァレンティーナの言葉に耳を傾け、彼女を側から放そうとしない。彼女も甲斐甲斐しく世話をし、二人きりで部屋に籠ることも多いと言う、なんとも怪しからぬ状態なのだ。よからぬ噂も出回ろうというもので、ルイの言葉はもっともだった。

 それでも、イザボウとしては義弟の言葉に素直に肯けない理由がある。

「もしこの子が男だったら、いない方が貴方には都合が良いのではなくて」

「僕が、その子をどうこうするとでも」

 さも心外そうなルイに、イザボウはなおも追及する。

「陛下に嫡男がいなければ、貴方は第一位王位継承者。このまま、わたくしが陛下のお側に戻らなければ、貴方は国王陛下になれるわ」

 政治から遠ざけられてはいても、イザボウは夫が狂気に陥った原因を知っていた。

 いるはずのない所にいた、本来ならば国王に近づくことなどできないはずの不審な老人と、裏切りという言葉。そして、その言葉を聞いた夫が、迷わず実弟ルイに切りかかったこと。それは、目の前のこの義弟が企んだと思わせるに十分だった。何より、彼の強欲さは有名で、(国王)になり替わろうとしても不思議ではない。

 ところが、そんなイザボウの疑念を、ルイは軽く笑い飛ばして見せた。

「酷い誤解だ。それは、国王と王弟では天と地ほどの差があるけれど、いくら何でも兄を陥れるなど」

「本当かしら」

 まるで信じていない様子のイザボウに、何を思ったのか、ルイは跪くとその手を取った。驚くイザボウの眼を見つめて、真摯に言い募る。

「義姉上、貴女はお美しい。僕は、貴女が嫁いで来られた時から、麗しい貴女の虜なのです」

「だから、貴女を悲しませるようなことは、決してしないと誓います」


「何のつもりです、王弟ルイ・オルレアン。今、この時にそのような言葉は、陛下への不敬と受け取るが、それでよろしいか」

 イザボウは、冷たく切り捨てる。

 

 これまでもルイは、いつも冗談めかしてはイザボウの美を称え、言い寄っていた。その眼に、執着めいた色があったのも知ってはいる。それは、兄がいる限り王になれないルイの、一種の意趣返しなのだろうと解釈していたが、(ヴァレンティーナ)の腹いせのように扱われるのは、我慢できなかった。


 何より、彼女(ヴァレンティーナ)の件では、イザボウは深く傷ついていたのだから。



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