狂気の国王 1
国王発狂の遠因ともいえる二人の貴族の対立ですが、当時フランスを取り巻く諸国の思惑が入り乱れ、なおかつ王が精神的に不安定とあって、更に輪をかけて対立をあおっていたという歴史的見解もあります。
表面だけ見ると、えぇー・・・、国政を担う大貴族がこんな単純でいいのぉ~?という感じなのですが、なかなか奥深いようで。
1392年8月。シャルル6世は、ブルターニュ遠征の途上にあった。この遠征は、ブルターニュ公とその家臣である大元帥クリッソンの軋轢が発端だった。
幼馴染だったこの二人は、お互いに殺意を抱くまで憎み合い、シャルル6世が仲裁に入り決着したかに見えたが、如何に王と言えど心の底に渦巻く憎しみまで消すことはできなかった。一度は大人しく従ったブルターニュ公は、再びクリッソン暗殺を企み、重傷を負ったクリッソンは命からがらシャルル6世に訴え出た。
これを、国王に対する反逆に等しいと受け止めたシャルル6世は、ただちにブルターニュ公領に逃げ込んだ実行犯を引き渡すように命じたが、ブルターニュ公は無視を決め込んだ。激怒したシャルル6世は、武力で実行犯の身柄を強奪すると断じ、当然のことながら周囲は、大慌てで止めにかかった。
叔父たちの説得に肯かない王に、王弟ルイが訴える。
「兄上、こんな出征は無茶です。この程度のことで戦を起こすなど、諸侯が知ったら、何を言い出すことか。冷静に判断してください」
「国王たる余の仲裁を蔑ろにした挙句、今また命令に反しているではないか。このまま捨て置けば国の威信にも関わる!」
「ですが、ブルターニュ公の軍事力は大きく、戦とあれば、こちらも相当な被害が出ます」
「そなたは何を言っている?武力に怯んで反逆を見過ごせとでも言うつもりか。そうして余の威信を落として、何を考えている?」
「兄上!」
「そなたも遠征の加わるといい。余に叛意無き事を行動で示せ」
「そうだ、余自ら率いることにしよう。そなたらは信用できぬからな」
一度こうと断じたシャルル6世に翻意させること、はひどく難しい。この頃のシャルル6世は正気を保ってはいたものの、疑い深くて精神的に安定せず、常軌を逸した判断をすることが多くなっていた。かくして、国王以外誰一人納得していない遠征が決まり、夏の最中、王自ら率いて出征することになった。
その日は、酷く暑く、一行は遠征途中の森の中を進軍していた。木陰になるとはいえ、甲冑を着て行軍するのは苦行に等しい。誰もが疲れ切っていた中、少し開けたところで、一人の男が王の近くに走り出た。
その男は、薄汚れていて、浮浪者のようにも見えた。なぜ、こんな男がこの森の中に?そんな疑問を抱く間もなく、鬼気迫る様子で王に言い放つ。
「この中に裏切り者がいる!このまま進めば、お前は裏切られ、殺されるだろう!」
その言葉を聞いた王は、奇声を挙げるなり弟ルイに切りかかった。
狂気さながらに剣を振り回す王を抑えようにも、身体を傷つけるわけにはいかない。そのまま大混乱に陥り、漸く落ち着いたころには不審な男は姿を消しており、必然的に遠征は中止。徒に疲弊した軍勢と、完全に正気を失った国王、不可解な謎だけが後に残った。
とうとう国王発狂です。
この頃、シャルル6世には王女しか誕生していなく、フランスではサリカ法により、王位を継げるのは、現王の嫡男と決まっているのです。故に、彼が王位を退けば、あとを継ぐのは前国王の嫡出の王子、現在王弟であるオルレアン公ルイとなります。
それもあって、シャルル6世は弟に対して何かと懐疑的。高貴な方々は、兄弟げんかも命がけですね。