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アンジュ―公妃 

 陰謀家、ヨランド・ダラゴンの登場です。シャルル7世を養育し、王位につけた影の立役者で、彼の絶大なる信頼を得た義母というのが一般の評価ですが、作者は、この人こそがシャルル7世が猜疑王と呼ばれる最大の原因ではないかと考えています。

 1414年、シャルル6世の叔母であるアンジュ―公妃から、イザボウの下に一通の手紙が届く。アンジュ―公自身ならばともかく、彼の妻が自分に何の用事があるというのか。訝しみながらも、イザボウは、叔母の歓迎の宴を整える。しかし、彼女の来訪目的は、全く予想外のことであった。


「シャルルとマリー嬢の結婚?」

「ええ。決して驚くような話ではないでしょう」

 第5王子シャルルとアンジュ―公女マリー・ダンジューは一歳違いで、この時シャルル11歳、マリー10歳。多少血が近いとはいえ、そこは王族同士、決して珍しい話ではない。家同士の格も、第5王子の婿入り先としては釣り合っているといえる。但し、マリーはともかく王子であるシャルルの婚約としては、かなり遅い方である。もちろん、その理由は双方とも承知の上だった。

「なぜ、シャルルを?あの子はご存じの通り第5王子。上には二人の兄がいて、王位継承権などないようなものです」

「我がアンジュ―公家は、王族として確固たる地位を築いています。王位継承権を必要としてはおりませぬ」

「必要ないなら、シャルルでなくても良いでしょう」

 

 無害そうな顔をしていても、この女は油断がならない。

 それがイザボウの、アンジュ―公妃ヨランド・ダラゴンに対する感情だった。


 彼女の夫であるアンジュ―公ルイ2世は、ラディズラーオ1世と長い間ナポリ王位を争っていたが、昨年とうとう決着がつき、以降フランスの国政に目を向けるようになった。その一方でヨランドは、アラゴン王フアン1世の長女であり、アラゴン王国の王位継承権を持っていた。兄が夭逝して、叔父が嗣子に先立たれたまま後継者を指名ぜずに没したため、姪でありフアン1世の長女でもある彼女が女王の候補に挙がったが、王位を得ることはできなかった。

 イザボウはこの二つの出来事により、アンジュ―公夫妻の王位への野心を懸念せずにはいられない。これ以上、フランスに混乱を招くような事態は起こしたくはなかったし、息子を不幸にしたくもなかった。シャルルは王位からはほど遠く、その出自も危ぶまれている。どれほど策をめぐらせようとも、彼に王位が巡ってくる可能性はほぼ無いといってよかったが、それならば、役にも立たない、王家の厄介者と言ってもいいような王子をわざわざ迎え入れようとする真意は、一体どこにあるのか。


「陛下。ご存じの通り夫も私も他国の王位継承権を持っておりますが、このフランスの継承権は持っておりません。この先、フランスのために尽力をする理由として、王子殿下をお迎えする、というのはそんなに無理な願いでしょうか」

「・・・・・・貴女もシャルルの噂は聞き及んでいるはず。わたくしは、この先彼が侮られることを望んでいません」

 名家であればあるほど、血統を重んじる。公爵家ともなれば、国王の庶子など迎える必要などなく、王妃の庶子など完全に格下の存在だ。婚約が調わなかった理由もそこにある。アンジュ―公家は、婿入り先としてこの上なく優良だが、イザボウとしては伯爵程度の爵位を与えて、目立たずに生涯を終えることが最善と考えていた。

「陛下は、噂をお認めになるのですか?」

「そのような事はありません」

「ならば、堂々と我が公家にお迎えすれば、自然とその噂もなくなりましょう」

「アンジュ―公は、納得しておいでか」

「もちろんでございます。ですが、陛下。不敬とは承知しておりますが、一つだけ確認させていただいても?」

「何の確認です」

「この先何があろうとも、陛下自身が噂を肯定することは決してない、ということを」

「当然です。シャルルは、正統な王家の血を継ぐ、わたくしの嫡出の王子」

「そのお言葉を違えることはございませんか」

 何という不敬だろう。もちろん、この女は、承知の上で言っているのだ。王妃の不貞疑惑のある王子を名誉あるアンジュ―公家に迎える以上、後で噂が事実だったなどと認められては堪ったものではない。イザボウは、微かに嗤ってっ言葉を続けた。

「安心なさい。神に誓って、この言葉を違えることはあり得ません。ただし―――――」

 何しろイザボウ自身、シャルルが王の子かどうか確証がないのだから、これ以上言及することなどしたくともできはしない。真実など、信じたい者が信じたいことを信じているに過ぎないのだ。だからイザボウはシャルルについて、国王と自分の嫡出子であるときっぱりと言い切ったが、この何を企むかわからない公妃にくぎを刺すことも忘れなかった。

「シャルルが王位に就くことは、ほぼあり得ないし、わたくしがそれを望んでいないことを、決して忘れないように」

 シャルルの上には二人の兄がいて、彼らはすでに王家が成人と見做す14歳を超えている。この時代の乳幼児死亡率は高いが、逆に言えばそれを過ぎればほぼ生命の危険はないともいえる。

 夫のシャルル6世は、父シャルル5世が病弱であったことからわずか8歳で戦場にかりだされ、生命の危険にさらされながら過酷な状況を経験している。当時は、国王自ら戦場に出て威容を示さなければ侮られ、国を治めることが出来なかったのだ。しかし、国王の権威が認められつつある現在では、王位継承者が必ずしも戦場に出る必要性は無くなった。

 つまり、二人の兄がいる限り、シャルルが王位に就く可能性は限りなく低い。


「シャルル殿下をお迎えできれば、我がアンジュ―公家一丸となって殿下のため、引いてはフランスのため、陛下の御為にのために力を尽くす所存にございます」

 その言い方にイザボウは、わずかに違和感を覚えたが、ヨランドの次の言葉に意識する前に霧散してしまった。

「陛下。この縁談にご承知いただいたなら、シャルル殿下をアンジュー領にてお預かりさせて頂きたいと存じます」

 嫡子の婚約後、配偶者の教育が婚家で行われるのはよくあることだった。イザボウは承知した。緊張状態が続き、母親の不穏な噂が蔓延るパリ周辺よりも、アンジュ―公領の方がシャルルの教育の適しているだろうと思われた。シャルルの兄たちも、婚約後は未来の統治者としてそれぞれの領地で過ごしている。例外は王太子で、どこの領地にいようと王太子となった時点で、未来の国王としてパリに滞在するのが慣例だった。



後書き

ヨランド・ダラゴンのアラゴン王家は、後のスぺイン王家です。当時はアラゴン王国とカスティリア王国に分かれていました。

 1469年アラゴンのフェルナンド王太子とカスティリアのイザベル王女が結婚し、後にイザベルの兄カスティリア王が死去したため、1479年にアラゴン・カスティリア連合王国が成立して、スペイン王国となりました。ちなみこのイザベル王女がイザベル1世となり、コロンブスの大航海に出資したため、スペインは新大陸を支配して黄金時代を築きます。

 まあ、16世紀になるとエリザベス女王率いるイングランドに大敗してしまうんですけどね。

 スペイン無敵艦隊とは、艦隊を作った時に言われた評価であって、初戦が対イングランド戦で大敗してしまい、それ以降の出番はありませんでした。

 まあ、スペインは大陸型の国家で、ずっと陸軍重視できたので、ある意味当然の結果ではあります



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