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寵姫の追放 



 

 

 イザボウは、目の前で平伏する豪奢なドレスを纏った女を冷淡に見つめて、低く問いかけた。

「宮廷を出たい?」

 顔を上げないまま、女の方がビクリ、と揺れる。

 イザボウは、椅子から立ち上がると、ゆっくりとうずくまったままの女に近づき、扇で顔を上げさせ、理解ができない、というように問いかけた。

「さて、その必要があるとは、思えぬが」

 国王シャルル6世の寵愛深い愛妾、宮廷に並ぶものなき権勢を誇ると言われたオデット・・シャンティヴォールは、王妃イザボウを畏怖の眼差しで見上げた。イザボウ・ド・バヴィエール。既に40代を迎えた王妃は、12回の出産、夫の精神疾患意に苦しめられながらも、今なお類稀な美貌を保っていた。

 王妃と愛妾が私的に会うことなど、滅多にない。ましてや、今回は愛妾からの打診であり、イザボウはいくらでも拒否できた。それでもこの申し出を受けたのは、この愛妾のひそやかな噂を耳にしたからだ。 

「そなたはまだ若く、陛下の寵愛も深い。これからいくらでも栄華を極められよう」

「恐れながら、王妃陛下。そのような栄誉はわたくしのような卑賎な身には、過ぎたことでございます」

「そうか?そなたの一族は承知しているのか?」

「誠の栄誉に浴しているのは、わたくしの一族ではありません。陛下も良くご存じのはず」

「庶子とはいえ、そなたは王の子の母。次に男児でも産めば、そなたの地位は安泰であろう」


 オデットの実家は、確かに爵位を賜ったが、それは領地もない一代限りのものだった。娘が愛妾になったことで、多額の年金と屋敷を下賜されたが、それだけのことだ。次代の保証にもなりはしない。しかし、オデットは1407年に娘を出産している。子のない愛妾の身分は不安定だが、女児とはいえ王が認めた子である以上、その母が冷遇されることはない。


「王宮を出て、如何する?そなたが今身に着けているその豪奢なドレスも、贅沢な生活も―――そう、何よりマルグリットと言ったか。あの娘はどうするのだ」

「マルグリットは、実家の母が大切に育てております。陛下から賜ったご恩情により、今後もあの子が苦労することはありますまい」

「まるで、もう会えないかのように言うのだな」

 大袈裟な―――イザボウはそう思った。通常に許可を得て宮廷を辞するのなら、娘に会えないことは無い。実家が養育しているのならば、戻れば自分が育てることも可能だろう。それもこれも許可があればの話だが。


「そなた、宮廷を出奔するつもりか」

 オデットは、何も答えず、ただイザボウを見つめ返す。

「愚かなことを。露見すればただでは済まぬ」

「お願いでございます、陛下。どうかお力をお貸しください」

「なにゆえわたくしが力を貸さねばならない?陛下の下を去りたくば、わたくしではなく陛下に申し上げればよい」

「陛下に申し上げても、周りが反対するのです!」

 さもありなん。イザボウは納得する。

 今も昔も、愛妾はこのオデットただ一人。シャルル6世の状態は年ごとにひどくなり、健康状態も良くない今、以前ほど愛妾と過ごすことは少なくなっている。とはいえ、願ったからと言って退出が許可されるものでもない。後ろ盾のない愛妾は、権臣たちが己の欲を満たすのにちょうどいい隠れ蓑なのだ。

 暫し考えたイザボウは、口添えをしても良いかと思った。イザボウは、何といっても正式に戴冠した王妃。彼女の地位を脅かすことはないとはいえ、愛妾の存在はやはり心地いものではないし、オデットがいなくなれば、あの目障りな権臣たちの勝手な行動に、多少なりとも水を差すことにもなる。それは、なかなか痛快な事にも思えた。









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