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暗殺と奸計 3


 今まで王が錯乱状態でもなんとかやってこられたのは、どうにか国内が落ち着いていたからだ。このまま内乱となれば、何の力も無いイザボウと彼女の子供たちがどうなるか、考えるまでもなかった。イザボウは、数多の勢力の中をあっちに着き、こっちに着きと繰り返し、最終的にブルゴーニュ公ジャンを選ぶ。

 国王派であるアルマニャック派を選びたかったのだが、肝心のアルマニャック伯は保守主義の封臣と言えば聞こえはいいが、頭の固い田舎者であり荒くれ物の傭兵を統率するだけあって、国家の評判などは考えない人物だった。

 中世も末期のこの頃、地中海貿易が隆盛を誇り、海洋型の都市国家群では当方の影響を受けた華麗な文化が繰り広げられていた。ルネサンスには至らないものの、この時代の中心はイタリアの都市国家群であり、ドイツやフランスなどは所謂辺境の二流国家と見做されていた。このままアルマニャック伯に権勢を握らせては、ブルゴーニュ公が黙っているはずもなく、フランス国内は荒れる一方となり、諸外国にも見下されかねない。何より、アルマニャック伯がイザボウの保身など考えるはずもなく、彼女の裏金作りに協力するはずもなかった。


「なるほど。陛下はなかなか策略家であられる。ですが、口さがない者は、この変わり身の早さをどう噂するでしょうな」

「そなたは、オルレアン公と同じことを言う」

 仇敵ルイと同列にされて、ジャンの顔が僅かにこわばる。

「下々の噂など、わたくしの決定に何の関係があるというのです」

 昔、ルイにも同じことを言われた。あの時彼女の悪評を慮った義弟と、目の前の男ではまるで違うことはわかっている。この男は、イザボウの評判などまるで気にしないどころか、自分に有利となれば進んで悪評を流すだろう。それでも。今、イザボウは同じ言葉を返した。



 オルレアン公が死にブルゴーニュ公が台頭しても、民衆の苦しい生活は変わらず、税だけが上がり続けるせいで不満は解消されず、人々はジャンに失望しはじめる。希望が失望に変わる時、以前を懐かしみ美化するのは、いつの世も変わらない。

 ルイは陽気で華やか、振る舞いも洗練されていて、街での遊びも、派手な分スマートで気前が良かった。彼の浪費癖は、確かに民衆の眉を顰めさせたが、人々は高貴な方は自分たちと違うと認識していて、身分制度が徹底していた当時、貴族の贅沢は当たり前と考えられていた。彼らの浪費がパリを活性化し、街の経済を潤した側面も確かにあった。何より彼は王弟だ。パリっ子にとっては、パリが王族の都市で彼らが共にあることは誇りであり、ルイの高い身分は憧れだった。更にその憎めない性格のおかげで、元々彼はパリでは人気者だった。


 対して、ジャンはどうか。


 彼は、ずっとパリにいた先代ブルゴーニュ公と違って、最近民衆の前に改革者として姿を現した。ルイを秩序を乱し、税を上げ民衆を圧迫する諸悪の根源として断罪したが、それは暗殺という卑怯な手段によって為されたものだ。彼は今や摂政の片腕となったが、生活は一向に良くならず、税が更に上がっているのは、何故なのか。ジャン自身、その性質は陰湿で疑り深く、ルイのように市井に降りて民衆と馴染むようなこともしない。彼は街に姿を現したが、予め通達し、常に護衛を従えて巡回するついでに、市長などの主だった有力者に現況を聞くというのがお決まりのコースだった。

 夢見た期待が砕かれ現実が理解できれば、失望がやって来る。ルイは美化され、ジャンが彼を暗殺した事実を人々が思い出すまで、そう時間はかからなかった。


 救世主として歓迎され迎え入れられたジャンは、今や嫌われ者となったが、オルレアン公暗殺事件にはすでに判決が下っている以上、表立っての批判はできない。内に籠った悪意は、生活が苦しいことへの恨みと共に怨嗟となって噴出した。

「暗殺者」

「王族殺し」

「卑怯者」

「嘘吐き」


 パリ市民の感情を抑えることは難しいと思われたころ、新たな噂囁かれはじめた。 

「王妃様が、王弟殿下の次は、王甥を誑かしたらしい」

「ブルゴーニュ公と乳繰り合うために公を補佐に任命した」

「権力で公をねじ伏せた」

「贅沢三昧をして、税ばかり徴収する極悪王妃」

 それらの噂は瞬く間に広がり、やがて忘れられていた話が再燃する。


「シャルル殿下は、国王陛下の御子なのか」


 再びイザボウは醜聞の的になり、その噂は国外にまで響き渡った。タイミングと言い、その速さと言い、誰が画策したのか考えるまでも無かったが、イザボウは一切関心を示さなかった。


 民衆の生活を顧みず、贅を尽くして何が悪い。国王が国を治められず、内乱が続く今、弱みを見せればつけこまれる。権力も財政もは盤石であることを誇示しなければならず、自分と子供たちの保身も図らなければならない。

 イザボウには、王の側近達が好き勝手に出してくる『国王親書』を止める手立てがない。勅書は王が公に発表しなければ効力が無いが、親書はサインがあれば事足りる。真偽も定かではないとはいえ、王の意思に逆らえる者など国内に存在せず、対抗するには更なる財を築かなければならない。誰にも侮られないほどの、強力な財力を。それこそが、彼女と子供たちを守る盾となるだろう―――――――。


 イザボウは国を裏切る気はないが、だからと言って、自身の不利益を全て受け入れられるような寛大な女ではなかった。


「たとえどんな結果になろうと、全ての悪評はわたくしのもの」


 ただし、それは身を護るため悪業を行った結果に対するもの。

 だからこそ、そう、決して後悔などしない―――――――。

 

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