暗殺と奸計 2
「お呼びと伺いましたが、私に何用でしょうか」
イザボウを訪れたブルゴーニュ公ジャンは、慎重に頭を下げた。
何と言っても、王妃で摂政。オルレアン公が亡くなり、次の補佐は未定で大したことはできないとはいえ、オルレアン公ルイを殺したのは自分だと正式に認めたのだ。今ここで彼女を怒らせるのは、得策とは言えない。
「ブルゴーニュ公。そなたにわたくしを補佐することを命じます」
一瞬にして、その場の空気が凍り付く。
ジャンは、驚愕をかくすことができなかった。彼は、彼女の愛人であり、後ろ盾を暗殺した。それなのに、その地位に殺した張本人を据えるなど、正気の沙汰ではない。しかし、この仇敵ともいえる男と無駄な時間を過ごす気はないイザボウは、彼の心中など完全に無視した。
「返事はどうしたのです、ブルゴーニュ公」
「無論、ご下命とあれば、否やはございませんが、一つだけお聞きしても?」
「なんです」
「なぜ、私なのです。ベリー公やアンジュ―公もおられるでしょう」
「なぜ?そなたは、誰もが認める我がフランスの大貴族で、王太子妃の父でしょう。それにベリー公やアンジュー公が領地を長く離れるとは思えません」
実際のところ三公と言われているが、ベリー公の領地はしばしば内紛を引き起こしたため、彼は国政に携わる余裕はなかった。アンジュ―公は、父がナポリ女王ジョヴァンナ1世の養子となり、ナポリ王位を争った経緯から父の遺志を継ぎ、フランスよりナポリ王国の方に注力してる。領地もパリから離れていて、せいぜい軍権を掌握するくらいしかできない。ブルボン公に至っては、ナヴァル国の国王であり、彼にとっては完全に他国の事情でしかない。ジャンがあまりにも横暴なふるまいをすれば即座に団結するが、だからと言って完全に抑えることもできない。それが今の状況で、唯一対抗できたオルレアン公ルイは、彼に暗殺されてしまった。
イザボウには、すぐにでも新しい庇護者が必要だった。子供たちに然るべき婚姻を結び、相応しい持参金を用意し、何よりも自身の地位と権力を保持しなければならない。でなければ、誰が彼女の子供たちと婚姻を結びたがるだろうか。王族の結婚とは政略であり、どれだけの利益が見込めるかが全てなのだから。
「オルレアン公のことは、もういいのですか」
「公はもう亡くなり、彼の子を国政に参加させるには、まだ経験が足りません」
「だからと言って・・・・・・」
「わたくしは、ブルゴーニュ派、オルレアン派、どちらの勝利も望みません。それは陛下も同じこと。そなたもわかっているでしょう」
もともとこの二派の対立は、ローマ教皇派と国王派でありどちらの権勢が優先されるべきかの争いだ。ローマ教皇派の筆頭がブルゴーニュ公、国王派の筆頭がオルレアン公だったことから、ブルゴーニュ派、オルレアン派と呼ばれているに過ぎない。国としては国王を優先させたいのはやまやまだが、そうなれば教会との対立は避けられない。フランスは、ずっと敬虔なカトリック教国として位置付けてきた。覆すことが出来ない以上、どちらかに肩入れなどできるはずもなく、それこそが内乱状態から抜け出せない理由だった。
ただし、年数が経てば事情も変わる。王家の本音としては、二教皇問題で足並みをそろえるとはいえ、事業の都合からイングランドに肩入れし、王国一の勢力を誇るブルゴーニュ公は目障りでしかなく、両派が片や王太子派、片やイングランド派として対立していて、目の前の男こそがイングランド派の筆頭であるのなら、敵対するよりは、味方に引き入れた方が牽制もしやすいではないか。王太子派の筆頭アルマニャック伯は、唯一ブルゴーニュ公に対抗できる軍隊を持っているが、その内実はほとんど傭兵だ。傭兵は戦が無い時は各地に散らばるが、断続的に戦が続く地域では村に留まって雑用を請け負いながら生活をするが、仕事が無ければ無法者と化し、周辺の村を略奪して生計を立てている。
アルマニャック伯は、資本主義的ブルジョワジーの兆しが見え始め経済優先の風潮が目立つ中、王国に忠誠を捧げ、保守主義を貫く数少ない封臣ではあったが、彼自身そんな荒くれ物を統率するに相応しく、軍隊を養うことを第一に考え、国政や王国の在り方、周辺国から侮られないようにすることなど全く考えない男だった。彼の軍隊は秩序回復を名目にジャンと対立し、敵対勢力の地方で略奪をはじめてその軍勢は大きくなりつつあり、ブルゴーニュ公も看過できないほどとなった。
このままでは内乱がはじまる―――――イザボウは、危機感を募らせた。




