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王太子 1


「父上?今、なんと?」

「王妃―――そなたの母は、最近そなたに触れたのは、いつかと聞いた」

 王太子ギュイエンヌ公ルイは、父であるシャルル6世の質問に、すくなからず困惑した。

 彼の父は、言うまでもなくフランスの国王だが、あまり身近な存在ではなかった。既に一年の半分以上を狂気の中で過ごす父とは、正気の時にしかあったことが無い。10歳にも満たない王太子に、父国王の真実を明かすことを善しとしない、イザボウと周囲の努力により、彼はいつの間にか現れていつの間にかいなくなる、城の隅で襤褸を纏って蹲る不快な人物が、自分の父だとは夢にも思っていなかった。つまり、彼にとっては、尊敬すべき国王であり父であったから、質問の意図を図りかねたが、正直に答えた。

「母上は、半年ほど前に私の頭を撫ででくださいましたが、それ以降は触れてくださいません」

「そなたはそれをどう思っている?」

「それは・・・。私が成長したので、王太子に相応しい対応をされているのだ、と・・・」

「そうか。余もそなたと同じようなものだな」

 シャルル6世は、どこか自嘲気味な言葉を息子に告げたが、それからすぐに王妃に対し、王子たちにもっと気を配るように指示したという噂がひろまった。しかし、シャルル6世はまもなく錯乱状態に陥り、王妃イザボウはその後も変わらなかったため、真実か否かは不明なままだった。


 やがて、ブルゴーニュ公ジャンはパリを去ることとなり、娘である王太子妃マルグリットを、夫である王太子と共に領地に招待したいと言い出した。

「何を言うのです。王太子がパリを離れるなど、あり得ることではありません」

「そうですかな。王妃陛下は、以前殿下とご一緒に視察に行かれる計画を立てておられたと記憶しておりますが。しかも、その時は他の王子王女殿下も同行されたとか」

 オルレアン公ルイと、子供たちと共にパリを逃亡したことを言っているのだ、とイザボウにもわかった。確かにあの時、イザボウは王太子もともに連れていく計画を立てていた。

「我が領はパリからもさほど離れてはおらず、何より娘も、久しぶりに故郷に戻るのを楽しみにしております」

 しかも行先が、ブルゴーニュ公領よりずっと遠方だったことも事実で、明らかに分が悪い。

「ならば、娘御と戻るがよろしかろう。王太子とは、それほど身軽な身分ではないと、公も承知のはず」

 イザボウは、以前オルレアン公から忠告されたことを忘れてはいなかった。王太子をブルゴーニュ公の下になど、とんでもない。この権力欲につかれた男が何を吹き込むかなど、簡単に想像がつくというものだ。

 しかし、ジャンは巧妙だった。彼は、軽くイザボウの反対を笑い飛ばす。

「これは陛下も無粋なことを。若い夫婦を引き離すなどと、酷とは思われませんかな。第一、妻の生家を訪問するのがそれほど問題とは。一体、何をそれほど懸念しておられるのか。何の為の和解か、些か疑問が出ようというもの」

 ジャンの主張は正しく、イザボウは折れるしかなかったが、だからと言って、ジャンを信用することなどできるはずもなかった。






 

 

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