摂政権 3
イザボウとて、自分の悪評は知っている。宮廷詩人クリスティーヌ・ド・レザンがいかに批判しようと、醜聞はほぼ事実であり、それは間違いなく彼女が自ら招いたことであり、この流れも予想していた。
淫乱、強欲、民のことなど考えずにただ只管に己の欲を満たすために、破戒の限りを尽くす悪徳王妃。税金が上がるのも、パリの地価が上がるのも物価が上がり続けるのも王妃のせい。国王が病気なのをよいことに王弟を身体で抱き込み、民衆から搾り取った金を湯水のごとく浪費する、ドイツから来た魔女。散々な言われようである。
ルイは、自分たちは同じ穴の狢だと考えていて、イザボウへの批判が自分と比べようもなく酷いことに納得していないようだが、イザボウは違った。イザボウは、摂政権は完全に自分の物であると考えていて、ルイとの同盟は、単に目的を達成するのにちょうどいいのが彼であるからだ。
王弟であり、貴族の頂点に位置するオルレアン公の爵位を持つルイは、呆れるくらい金が無かった。領地からの収入はほぼないに等しく、兄である国王から与えられる年金が唯一安定した収入と言ってよいのに、肝心の国王はいつ精神錯乱を起こし、それを好機と見た彼の敵が年金を減額するかわからない。実際、国王親書という真偽の定かでない書類が乱発され、国政は常に安定していなかった。ルイは私腹を肥やすことにかけては凄腕で、イザボウは彼のその腕を見込んでパートナーに選んだのだ。
財政的基盤を持たない者は、どれほど高い地位にいようと最終的には権力を握ることはできない。バイエルン公家は後ろ盾にはなり得ても、イザボウ一人のためにフランス国内に介入するほど愚かではなく、イザボウもまた、せっかく手に入れた摂政権を飾り物にするつもりもなった。
「ルイ、貴男は勘違いをしているようね」
灯火を抑えた部屋の中で、イザボウは、優しげな声とは裏腹に冷えた微笑みを浮かべる。
「わたくしが、あなたを選んだの。逆ではないわ」
「摂政権はわたくしのもの。今の状況はわたくしが望んだ結果」
「だから、僕より貴女が非難されて当然だと?」
ルイは咎めるようにイザボウに問いかける。
「僕が、自分の評判を惜しむとでも?」
イザボウは、ルイの性格を知っていた。彼は自分の不道徳さを自覚していて、尚且つそれを隠すことを善しとせず、女性を尊重することを当然と考えている男。だからこそ魅力的で、女たちは自分一人でないことを承知の上で、彼の虜になる。
だけど、勘違いさせてはならない。王妃と王弟が同格で、自分がいるからイザボウの摂政権が守られるなど、ましてやイザボウがルイに夢中になっているなどと。そんなのは、噂だけで充分だ。
「ルイ。貴男には感謝しているわ。貴男のおかげで、わたくしの地位は万全。だけど、決定したのはわたくし」
「忘れないで。全ての悪評は、わたくしの物だということを」
それは、権力も、その責任も、全て自分が負うのだという宣言に聞こえた。




