王と王妃
イザボウとルイが密かに同盟を結ぶ前、ルイとブルゴーニュ公があわや全面対決、となる少し前の話です。本来は、正しい時間軸に挿入するべきなのですが、うまくできなくて・・・というか、失敗するとエピソード自体が消去されてしまうので(以前やらかしたことがあります。悲しい( ;∀;))、すみませんが、このままとさせていただきます。
「・・・っその顔は、どうしたのだ・・・・⁉」
深夜の国王夫妻の寝室は、本来ならば子を孕むためにあると言っても過言ではない。特に、王の精神状態により年に数か月程度の期間しか同衾できないとなれば、なおさらだ。側近はそのためにせっせとイザボウを王の寝室に送ったし、イザボウもその義務をよく理解していた。だが、今宵ばかりはその限りではない。
シャルル6世が正気の時、彼は、常に王の執務に追われる。記憶が無い時の国内外の動き、貴族たちの動向、内政の問題点を把握し内乱があれば必要に応じて仲裁或いは鎮圧し、これから先の動向を予想して備える。外交の方針を決め、人事を采配する。謁見の申し込みがあれば、国王がいまだ健在であることを示すためにも、できる限り応じなければならない。王妃であるイザボウとの時間など、公の場以外では供に食事をするか閨を共にする時くらいのもの。そして、いつも王妃は、彼から姿を隠すかのように昼間なら部屋の奥深く、あまり陽の当たらないところから、夕刻以降は燭台の光が届かない薄暗がりから、決してでてこようとはしなかった。
そして、今。数年ぶりに灯火の下に姿を現した彼の妻の頬には、大きな痣があった。よく見れば、羽織った長衣から覗く手首にも、鎖骨のあたりにも痛々しい傷がある。
「誰がこのような真似を!余の妃に手を挙げるなど、何人たりとも許せぬ‼」
「答えよ、誰がこのような狼藉を働いたのだ‼」
シャルル6世は激昂し、その勢いは覚悟していたイザボウさえも怯えさせるに十分だったが、彼女はその様子を噯にも出さず、静かに用意していた答を告げた。
「これは、わたくしの落ち度です」
「なに・・・?」
「わたくしが、不覚にも近づきすぎたために起こったこと」
「決して、その方が悪いのではありません」
イザボウの言葉に、シャルル6世は沈黙した。せざるを得なかったのだ。このフランスで、王妃の身体に無体を働いてなお問題にならない人間、尚且つ王妃自身が己が悪いと言う人間など、一人しかいない。
発症前、いやその後も、王妃は何かと王の前に姿を現していた。執務の合間に語り合い、短い間とはいえともにお茶を嗜むこともあった。優しく労わり、穏やかに微笑む王妃。それが、いつのころからか化粧が濃くなり、表情がこわばるようになった。その頃から、弟の妻や愛妾が傍らに侍るようになり、気づけば王妃の顔さえろくに見ることができず、会うのはほぼ閨を共にする時のみとなった。
だからシャルル6世は、狂気の王などイザボウにとっては夫としての価値が無いのだ、と結論づけた。狂気の夫への愛など、もうないのだろうと。それから二人の間が破綻するのは、時間の問題だった。表面だけ愛想のよい妻を側に呼んでも、虚しいだけだ。すでに何年もの間、必要な話題と社交辞令に毛が生えた程度の会話しか交わしていない。だが、その原因がイザボウではなく、自分にあったのだとしたら―――――?
シャルル6世は、呆然と、呟いた。
「あれは、そなただったのか――――」




