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対立 2

 

「妃よ、今一度申してくれるか?」

 フランス国王シャルル6世は、寝室にて王妃である妻、イザボウに固い声で問いかけた。

 結婚して18年が経った。30歳という年齢を過ぎて、当時の初々しさを失った代わりとでも言うように、王妃としての堂々たる威厳を身につけた妻。10人の子を産んでもなお、その美しさは健在だ。だが―――――()()正常な思考ができる王は、考える。


 彼の記憶は、いつも途切れていた。何カ月も欠落していて、気づけば、子が生まれて成長している。愛妾がいて、彼女には子こそいないが、宮廷で王妃もかくやという権勢を誇っている。国内は荒れ、叔父と弟が対立し、仲裁の親書を発したことまでは憶えているが、その先は記憶にない。和議に国王代理として立ち会い、仲裁役を務めたのは王妃だと言う。自分の妃は、そのように政治的な舞台に立つような女ではなかったはずなのに。


「何度でも。陛下、わたくし、オルレアン公と供にこの国を統治していきたいのです。ですから――――」

 言葉を切ったイザボウは、内心を押し隠してふわり、と微笑んだ。

「どうか、わたくしとオルレアン公の二人に摂政権を与えてくださいませ」


 かつて政治にも権力にも関心が無く、ただ夫を愛し信頼していた妻は、今や見事に政治の表舞台に立ち、弟であるオルレアン公と自分に、この国の摂政権を寄こせ、と言っている。


 王妃と王弟による摂政政治。以前はまだ10代と20代だった二人も、すでに30代も半ば。特に珍しいことでもない。しかし、シャルル6世は、弟が彼の妃に幾度となく言い寄っていたのを知っている。すんなりと了承できるはずもない。

「なぜ、オルレアン公なのだ。ブルゴーニュ公の方が、経験も諸侯の信頼も厚いはずだ」

「もちろん。ブルゴーニュ公に不満があるわけではありませんわ。ですが、公はイングランド寄りで、ジャン殿(次期ブルゴーニュ公)は公よりもずっと野心的と聞いております」


 シャルル6世も、ブルゴーニュ公がイングランド寄りであり、権力を欲していることは知っている。何より、彼自身がブルゴーニュ公から実権を取り戻すために、相当な苦労をしている。そして、息子のジャンが父以上の野心家だということも承知していた。一年の半分以上を狂気の中にいるとはいえ、シャルル6世は正式に戴冠したフランス王であり、本来彼以外に、フランスという国を統治できる者はいない。正気で執務が行える間は、ありとあらゆる情報は王の下に集まることになっている。イザボウは、ルイとの密談でそれを知っていた。

 

「何より、ルイ(現在の王太子)とジャン(王太子の弟)をパリから出すと言われてわたくしが反対した時、わたくしの意見に賛同してくれたのは、兄とオルレアン公だけでした。わたくしにとって、信頼できるのはこの二人だけです。ですが、わたくしも兄もドイツ出身。兄と三人で摂政というのは、難しいでしょう」

 そして、王太子の件を持ち出して、叔父ブルゴーニュ公への不安と()()()()()は、次期国王を傀儡にしようとしている、と訴えた。


 しかし、シャルル6世はすぐには頷かなかった。彼は、良くも悪くもフランスという国の国王であり、全体を見回す必要があった。漸くルイとブルゴーニュ公の確執が一時的に和解したのに、ここでルイと王妃に摂政権を与えたら、また悪化する可能性がある。いくらイングランド寄りとはいえ、ブルゴーニュ公は国の重鎮であり、フランスに不利になるような行動はしておらず、国政への貢献も大きいのだ。今、さしたる理由もなく摂政団を解散させるのは、混乱を招くだけのように思われた。 

 しかし、そんなことは予想済みのイザボウは徐に立ち上がると、燭台をもって王の側によりそうように近寄っていった。

 

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