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危険な同盟4


 フランス国内は、今、揺れに揺れている。内乱は終息の兆しが見えず、王の状態が良くない今、もし、宮廷内部が分裂していると見れば、再びイングランドが王位継承権を主張して休戦協定を破るかもしれない。城中で各国のスパイが暗躍していても、それを咎めるだけの力が、今のフランス宮廷にはない。だから、つけこむ隙を与えないように、権勢を誇る必要があった。

 一番簡単な方法は、豪奢な生活を見せつけることだ。大規模な改修を行い城を飾り立て、尚且つ防衛力を強化する。夜ごとに絢爛な夜会を催し、華美な衣装、各国の美食で饗応し、財力を見せつける。王の精神錯乱が、決して、国勢に影響を及ぼすことなどないかのように振舞う。

 しかし、実際は錯乱した王が正気の時に発した❝国王親書❞とされる文書が披露され、❝王の御意思❞の下に諸侯への褒賞が下賜されることが頻発し、国庫は次第に貯えを失っていく。それに呼応して税は上がり、窮乏する民たちは土地を離れ、その土地を貴族が買い占めて瞬く間に地価は高騰し、不満は外国から嫁いできたイザボウに向けられた。派手好きで浪費家。国民の窮乏の原因でしかない王妃。それが、イザボウに対する評価だった。

 権勢を見せつけ、つけこむ隙を見せない。それはいい。国王が長期間執務不可能である以上、所詮は臨時政府でしかないのだ。戦など論外、重要な外交交渉もできれば避けたいところ。となれば、そんな状態に持ち込まれないように、どうしたって牽制は必要になる。だが、何故イザボウが、その歪みを全て受け入れなければならないのか。

 ブルゴーニュ公を筆頭に、摂政団はそれを黙認した。彼らは、イザボウから夫シャルル6世の認めた王位継承者の養育権を取り上げ、彼女の派遣した教育係を馘首し、再三説明を求めるも一顧だにせず、政から遠ざけて、まるで王の子を産むことが王妃が唯一できることであるかのように扱った。気づけば、イザボウは悪評にまみれ、彼女の大切な子供たちは蔑ろにされ続けている。このままではどんな未来が待っているか、冷静に考えれば予想がついた。


「貴方はずっと、わたくしに忠告してくれていた。気づくのが遅かったけれど、まだ間に合うはず」

 ルイは、彼の天敵である叔父を慕い、それがどれほど危険なことであるか忠告しても、一切耳を貸さなかった義姉を見つめた。美しく、幸福に輝いていた兄の妃。今は、痣と傷痕だらけの身体を濃い化粧とドレスで隠し、暴力をふるう夫との閨を義務付けられている、まるで王家に捧げられた生贄のような王妃。

 叔父が王子の教育を邪魔するのは、その方が都合がいいからだ。傀儡の王は、愚かなほどいい。王太子の教育係は、名声こそあれど、実際は第一線を退いた者たちで構成されている。将来彼を補佐するであろう弟王子二人は剣術にのめりこませて思考を奪い、その上で依存させれば、より簡単に権力を振るうことが出来る。どうやら、その思惑に気付いたらしい。

 叔父と悉く対立するルイにとって、王妃である義姉が彼より自分を頼るのは、好都合と言えた。今まで自分の手の中だと信じて疑わなかった王妃がルイにつき、尚且つ、権力を奪われたと知った時を想像すると気分が高揚する。

「義姉上。貴女は間違っていますよ」

「間違っている?―――――何が?」

 それでも、ルイは不満だった。

 もう後がないイザボウは、ルイの言葉に不安を押し隠して、いかにも不可解という素振りで聞き返す。

「美しい貴婦人が男に助けを求めるのに、仰々しい言葉は要らない。ただ一言言えばいいんです、助けてほしい、と」

 イザボウは、突然騎士道精神を発揮する義弟に、多少の驚きを禁じ得ない。

「ただそれだけで、愚かな男たちは、美しい貴婦人のために命を投げ出すのです」

そして、軽くウィンクすると、魅力たっぷりな笑顔を浮かべて続けた。

「義姉上も、よくご存じでしょう」


 イザボウは、義弟の言わんとするところを正確に理解すると、此方もとびきりの微笑を披露した。

「ええ、もちろん。どうか、わたくしのために力を貸してちょうだい」

 ルイは、この上ないほど恭しく跪いてイザボウの手を取ると、そっと唇を落とした。

「お任せください。私、ルイ・ド・オルレアンは、エリーザベト・ド・バヴィエール王妃陛下のため、身命を賭して尽くしましょう」


 イザボウは、ルイの答えに満足した。この義弟は女好きの放蕩者だが、少なくとも女を利用して、旨味がなくなると手の平を返す類ではない。強欲ではあるが、王族という育ちの良さから、騎士道を踏襲するロマンチストでもあるのだ。そして、イザボウと関係を持った以上、彼女のために誠心誠意働いてくれるだろう。もちろん、己の利益に著しく反しない範囲で、ではあるが。


 人知れず結ばれたこの同盟は、やがてフランスどころかヨーロッパ全土にイザボウの悪名を鳴り響かせ、現代にいたるまで軽蔑と憎悪にさらされるほど、危険なものになることを、この時二人は、まるで想像もしていなかった。

 

 


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