危険な同盟 3
王が狂疾して、既に10年近くが経った。あらゆる治療は全く成果がなく、信心深いイザボウは、持ち前の生真面目さを発揮して毎日のように神へ祈り、教会への寄進を行い、娘を莫大な持参金と共に修道院へと送りだした。今でも教会へ、修道院へ、主だった聖堂へとできる限りの寄贈を欠かすことはなく、それでも効果が無いと見るや、呪いや錬金術にも頼った。なのに、王は回復するどころか年々奇行がひどくなり、正気を取り戻すこ期間は短くなっていくばかり。
つい先ごろは、自分はガラス細工だと主張して城の廊下の片隅に蹲った挙句、動くと壊れてしまうと言って、半年以上もの間そこから離れなかった。何とかしてスープを流し込んで食事こそ摂らせたものの、抵抗するから衣服は食べこぼしで汚れ放題、排泄も垂れ流しで腐臭にまみれ、入浴も着替えさえも拒んだためひどい悪臭を放っていた。果ては体中に発疹が出来て、あまりの不衛生さに健康が懸念されたため、騎士が数人がかりで押さえつけての強制入浴となったばかりだ。その際あまりに暴れたため清潔とまではならず、騎士たちは負傷し、途中で逃げ出した王は、今また廊下で布にくるまって蹲っている。
質が悪いことに、状態さえ良ければ、そこまでひどくはなく普通に生活ができるのだが、正気を取り戻した時にはほとんど憶えていない。イザボウに対する暴言暴行も、弟の妻、ヴァレンティーナと二人きりで過ごしたことも、今や王の愛妾として権勢を誇るオデットのことさえ、正気の時は何一つ憶えていない。だから、妻の身体が痣だらけで、それをしたのが自分だということさえ、否、彼女の身体が、痣どころか傷だらけだと言うことさえ知らなかった。
普段は全く役に立たず、正気の時だけは、イングランドとの休戦協定さえ纏められる優秀な国王。国内が不安定な今、周囲は挙っていかに王が優れているかを強調する。正気の時は、寸暇を惜しんで国のために執務する、素晴らしい国王。では、王妃であるイザボウは、どうなのか。
「わたくしの悪評など、今更でしょう?」
「・・・・ご存じだったのですか」
「わたくしが王子たちに付けた家庭教師たちが、馘になっていることがわかったのよ」
聞けば、もう何年も前のことだと言う。
「なぜ、わたくしに報告が無いのか、学問はどうしているのか。貴方は何か知っていて?」
「なぜ僕にわかると思うんです?そんなことは、貴女が信頼する叔父上に訊かれるがいいでしょう」
「ブルゴーニュ公は、本当に信頼できると思っていて?」
「・・・・叔父上がフランスを裏切ることも、兄上や王子殿下を窮地に陥れることもありませんよ」
「・・・・・そうね。でも、わたくしは、貴方の方が信頼できるの」
「だって、わたくしの悪評は、彼のせいでしょう?」




