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危険な同盟 1

 

 だが、だからと言って、事はそう簡単ではない。

「貴女は、いつまでも変わらず魅力的ですよ、義姉上」

 ルイは、意識して飛び切り魅力的に微笑んだ。

「でもそれだけでは、叔父上たちを敵に回せない。彼らは、決して納得しません」

 そう、ブルゴーニュ公、ベリー公、アンジュ―公が反発するのは必至。かといって三公を相手に、武威で抑え込むことなど、不可能だ。

「陛下のご指名があればよいのでしょう?」

 艶然と微笑むイザボウを、ルイは、まじまじと見返した。

 シャルル6世は、既に正気でいる状態の方が少なくなっていて、尚且つ己の妻に対する嫌悪は更に悪化している。それは、妻の姿を見かけようものなら罵倒しながら殴り掛かり、逃げる彼女を奇声を上げて追い廻し暴行を加え続けるほどの状況だ。

 それなのに、イザボウは、自信ありげに断言した。

「貴方が承諾してくれるのなら、わたくしが陛下に親書を出していただくわ」

「義姉上。貴女は今の状況をわかっておいでか」

 三公を敵に回すのは、国内の情勢を不安定にする。

 かの女傑、アキテーヌ女公アリエノールがイングランド王妃となって、かの国に齎した広大な領地と強大な権力はアンジュ―帝国とまで称されたが、ジョン失地王の失策によってほとんどの領地はフランスに返還された。既に百年以上も前のこととはいえ、過去の栄光を取り戻したいイングランドは、事あるごとにフランスの王位継承権を主張し、介入してこようと画策し小競り合いが絶えない。

 数年前にイングランド王リチャード2世と、フランス王女イザベルの婚姻契約と共に両国の和議が締結されたとはいえ、フランスの王位を諦めたとはとても思えない。加えて国内がブルゴーニュ派とアルマニャック派に分裂して内乱が続いているのに、更なる動揺を招くのは悪手だ。


「フランス王の子を産むことが出来るのは、わたくしだけ」

 イザボウの言葉の意味を理解するのに、暫しの時間を要した。

「わたくしの子は、フランスの王子、王女として、他国の王家との縁組も可能よ」

 イザボウは、部屋の一角にある空の鳥籠に歩み寄った。

 かつて輿入れの際、イザボウは何十羽もの美しい小鳥を連れてきた。シャルル6世は、新妻の美しさと愛らしさを❝余の小鳥❞と表現し、自らも小鳥を贈って愛情を示した。年数と共にその数は減り、いくつもの大きな鳥籠は小さな、ただひとつだけの鳥籠となった。そして、いまはもう、小鳥は1羽もいない。

「小鳥は美しいけれど、保護してもらえなければ、やがては死んでしまうもの」


 少しの沈黙の後、彼は慎重に問いかけた。

「貴女の子が()()()()()()()()という保証ができるのですか」

「まあ。そんな保証は、全く誰のためにもならないわ」

 イザボウは微かに笑うと、そんなことくらいわかっているのでしょう?と言わんばかりに、今までのやりとりを台無しにする返答を、堂々と言い切り、だけど、と独り言のように続けた。

「わたくしの子は、オルレアン公にもなれるわ」


「それには、わたくしの意見が通る地位にいることと、()()()()()、それも男の子がいなくてはね」

 

 ルイは、思わずイザボウを見返した。言いたいことは十分に伝わった。だが、今、王妃は、どんなつもりでその提案をしているのか。王妃は、窓を背に立っているため、逆光でその表情はよく見えない。

 それでも―――――オルレアン公の地位が、ルイが彼女に力を貸すことの報酬なのだ、ということは理解した―――――だが、()()は、ルイにとっての対価になり得るのか。


 ルイの逡巡を横目に見ながら、イザボウは、彼はこの提案を断らないだろうと確信していた。イザボウは、執政権を手に入れると決めた時から、慎重に周囲を観察してきた。義弟の、夫に対するコンプレックスも、叔父に対する不満も。ルイさえ肯けば。この先の計画は既に頭の中にある。


 自分は、今まで夫に対してだけ献身を捧げてきた。それは、愛していたからだが、今やその愛は枯れつつある。そして年の半分以上を狂気の中に過ごす夫は、己と子供たちの守護者たりえるのか―――――?そう考えた時、イザボウが抱えてきた躊躇いは消え、今まで微かに感じていた未来への不安が俄か現実味を帯び、彼女は決意した。


 もう今までの、夫やブルゴーニュ公の意見を最優先にしてきた王妃はいない。これからは、自分の、子供たちの安全を最優先に行動するのだ。その下準備はすでにできている。何といってもイザボウは、王妃なのだ。希望さえすれば、いくらでも王と二人だけでの話し合いができる。そして、ルイに持ち掛けたこの時、既にシャルル6世と話はついており、あとはルイさえ頷けばことは動き出すまでになっていた。


 

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