王妃の権威 2
「オルレアン公。貴方、摂政権を独り占めしたくはなくて?」
いきなり私室に呼び出され、人払いした挙句の王妃の言葉に、オルレアン公ルイは、少なからず動揺した。
兄の妻は、嫁いできてから特に政治的な発言もなく、夫に愛妾をあてがう時と二人の王子を王城から離れた城塞で養育すると決定した時こそ抵抗を見せたが、それ以外では特に目立って意見することもない。叔父のいいなりだと思っていたのだ。
だが、結婚後数年で夫は頼りにならないどころか、自分を寄せ付けず、周囲にはまるで子を産むことしか用が無いと言わんばかりの扱いをされた。王妃として尊重はされているが、夫が他の女を寵愛する様を日々見せつけられて、納得できるものではない。挙句の果てには、二人産んだ王子とは遠くの城に引き離され、もう数年も会ってはいない。
王子たちには頻繁に母としての気遣いも満ちた手紙を送り、養育係にものちの王に相応しい教育をするよう指示を出している。なのに上がってくる報告は、およそ王位継承権を持つ者として、必要な教育がなされているとはとても考えられないものばかり。
イザボウは、もう何年も考えていたのだ。もし王が回復するとしても、それは短期間にすぎず、自ら統治することは不可能であろう、と。ならば、自分は新たな庇護者を見つけなければならない。そして、それは王太子を補佐し、やがてはこの国の統治に係る可能性がある王子二人を、自分から引き離した者たちではない。
「貴方は、王子たちをこの城で育てるべきだと主張したでしょう」
「僕だけではありませんよ」
「兄は、外国人。この国の摂政に相応しくないわ」
「バヴィエール卿は、今でも摂政です」
「それは6人いるから。外国人二人では、流石に認められないでしょう?」
今度こそ、ルイは息をのんだ。
つまり、イザボウは、自分と二人だけで摂政権を独占しようと言っているのだ。そのためのパートナーになれ、と。
「それはそれは・・・。貴女は都合のいい味方を得るが、僕に何の得があるんです?」
6人の摂政のうちの一人、よりは二人だけの摂政の方がいいに決まっている。だが、計算高いルイの勘が告げている。これは、そんなにうまい話ではない、と。
いままで王妃は、概ねおとなしく従っていた。野心を見せることも、王への不満を口にすることもない。王が愛妾を寵愛し蔑ろにされても、子供を奪われても、夫を愛し献身的に支えることしかできない、愛情深い妻。それが、偽りだったとしたら?
周囲を油断させて、冷静に状況を分析し、味方を得て一気呵成に畳みかける。この義姉は、どうやらただ美しく、か弱い女ではなかったらしい。
イザボウは、すい、と立ち上がると、ルイの側へと近寄った。蠱惑的な笑みを浮かべると、ルイの顔をのぞき込み、軽く頬に手を滑らせて。
「わたくしは、貴方にとって、もう魅力はない女?」
一語一句、囁くように語り掛けた。
ルイは、今までどんなに誘惑しても、ただ優雅に微笑むだけのイザボウしか知らなかった。
男好きのする美貌と、華奢でいて、豊満な印象を与える魅力的な肢体を持ちながら、夫をただひたすらに愛する貞淑な妻。ずっとそう思っていた。年月が過ぎれば、他の女たち同様、やがてその魅力も自然と衰えるのだろう、と。
訂正だ。どうやら、ただ美しく貞淑なだけのお人形ではなかったらしい。
兄は、この事を知っていたんだろうか。若しくは、無意識に気付いていたから、狂気の中で遠ざけたのか―――――?
いずれにしろ、思ってもみなかったイザボウの一面を見たルイは、この先、イザボウに翻弄される予感に備えるべく気を引き締めた。




