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王妃の権威 1


 狂気のシャルル6世は、イザボウを忌み嫌い罵声を浴びせて暴力まで振るったが、彼女が王妃である以上、国王との閨を拒否することはできない。王の側近たちは、比較的精神状態が落ち着いた時を見計らって、イザボウを王の寝所に送り込んだ。だが、寝所に入った時はよくても、朝まで安定しているとは限らない。

 朝未明、王の寝所から罵倒する大声と、ものが倒れる音がきこえてきて、護衛たちが慌てて中に飛び込むと、そこには王妃に馬乗りになって殴り掛かる国王と、悲鳴を上げながら抵抗する王妃という地獄のような狂態が幾度となく繰り返される。

 それでも、入浴を拒否する王が垢と異臭にまみれていても、目をぎらつかせた王に乱暴に扱われても、王王妃が産んだ子供のみが王子、王女として認められる以上、イザボウに閨を共にすることを拒否することはしなかった。それが彼女に課された最大の義務だったから。

 やがて、その努力の甲斐あって、イザボウは男子を出産する。これまで産んだ二人の王子は早逝で、2歳にも満たないうちに病死したが、三人目の王子はすくすくと育ち、王太子となり、その後数年して二人の男児を授かった。


「なぜ、王子たちを城で育てられないのです?」

 王太子がある程度の年齢に達し、健康的に問題が無いことが確認できると、弟王子二人を宮廷ではなく、城塞で養育するという意見が出された。摂政団の意見のまとめ役として、ブルゴーニュ公は主張する。

「王太子殿下は、やがては国王陛下となられる大切な御身。様々な教養と王として相応しい知識を身に着けていただかねばなりませんが、弟君お二人には、王太子殿下をお支えいただくとともに、我が国の盾ともなっていただかねばなりません。今の宮廷に、その指導ができる者おりません」

「だからと言って、あまり遠い城へ行かせる必要があるのですか。オルレアン公は、宮廷で育っているではありませんか」

「王妃陛下。今、イングランド王国の動きが不穏なのはご存じでございましょう」

「・・・・・・イングランドよりも、フランス国内の方が不穏なのではなくて」

「国内ならいずれどうとでもなります。国王陛下の状態が良くない今、イングランドが王位継承権を主張する可能性が高いのです」


 1328年にフランス王家カペー家が断絶し、傍系のヴァロア家のフィリップ6世が王位を継いで以来、当時のイングランド国王エドワード3世が自分の母がフランス王女だったことを理由に、フランスの王位継承権を主張してきた。サリカ法によって王女に継承権はないが、王女が産んだ男児には、継承権が受け継がれてしかるべきという理屈だ。また、フィリップ6世は国王の孫だったが、エドワード3世は国王の甥であり、親等は同じでもエドワード3世の方が一代上であることも、主張の裏付けとなった。


 1337年に開戦したフランス王位継承戦争は、1360年にブレティニー条約が締結されるまで実に20年以上、両国は断続的に戦争を繰り返した。そしてエドワード3世は、ブレティニー条約でフランスの広大な所領と引き換えに王位継承権を放棄したが、シャルル5世が大半の領地を取り返すべく再征服戦争を起こし、見事奪還に成功した。しかし、王位継承権放棄の代償であるはずの領土を奪われて、イングランドが納得するはずもなく、その後も戦争が繰り返されることになる。

 折しもフランス国内は、国王の権力は教会より優先すると言う主張のアルマニャック派と、それに対抗し、教会の権威は国王を上回ると主張するブルゴーニュ派が争っており、混乱に拍車をかけていた。

1396年にはシャルル6世主導の元、イングランドとの間に28年間の和平を結んだが、火種は依然として燻っている。シャルル6世の治世が不安定な今、イングランドが戦争を仕掛けようと画策するのも、ごく当然と言えた。


「王妃陛下。戦争が始まった時に備えて、王子殿下には、剣はもちろん、戦の指揮を執れるよう指導する者が必要です。この城では、それが難しいことはお分かりになりましょう」

 摂政たちの説得に、ついにイザボウは折れた。納得はできなかったが、6人のうち4人までもが王子二人を城塞で教育することを主張したのでは、どうしようもない。

 イザボウには、子供の養育の全権があった。それでも、執政権を持たない王妃がどれほど無力であるか、イザボウは嫌というほど思い知ったのだった。 


 


シャルル6世、実のところ発狂するまではかなり有能な治世者でした。イザボウとの夫婦仲も良く、安泰と思われていたのに、精神疾患によりそれまでの名声は木端微塵。

それでも生きているうちは、統治が不可能でどれほどの混乱があろうとも国王なのです。

君主が全ての実権を持っているって、大変ですね・・・。

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