8 思い出したのに、婚約!(1)
王都で買い物をしていた際に、魔物に襲われた私達。お母様はメアリーを庇って瘴気を浴び、倒れてしまった。
「お母様! お母様!」
「……あ、あ、わ、私……」
泣き叫ぶ私とショックで震えるメアリーを庇い、護衛騎士達で魔物を薙ぎ払う。だが攻撃が効かないので埒があかない。
「メアリー! しっかりしろ! お嬢様を連れて逃げなさい!」
ハロルドが叫んだ。併せて護衛の一人にお母様を抱えて逃げるよう指示する。メアリーは涙を拭き、私に「お嬢様、逃げましょう!」と声をかけた。だが──。
(私のせいで! 私は守れなかった!)
目の前でお母様が倒れている。自責の念と失う恐怖で、逃げ出すことなんて考えられない。ただただ涙が溢れた。
『ギャー!』
魔物がまた瘴気を放つ。泣きながら空を見上げると、私に命中するコースだった。思わず目を閉じる。
パァァァァン!!
「!?」
白い閃光が辺りを包む。聖騎士の一人が聖魔法を飛ばし、瘴気を薙ぎ払ってくれたのだ。たった今、お父様率いる聖騎士団が到着した。遠目でお父様を発見したところで、やっと身体が動いた。
お父様はこちらに気付くと馬ごとこちらに駆けてきた。
「リディ!?」
「お、お父様……!」
「ソフィア!? あぁ……なぜこんなことに! ……とにかくここは我々に任せなさい。逃げろ!」
お父様はお母様に駆け寄りたいのを必死に我慢し、私たちを逃がしてくれたのだった。
*
なんとか公爵邸に戻り、医師を呼び寄せた。だが、やはり魔物の瘴気に当てられていて、治療法はなく、命が尽きるまで、腐りゆく身体の痛みに耐えるしかないのだと言われてしまった。
お母様は酷い熱も出ていて、いつまで身体が持つかわからない。
「ソフィア……ソフィア……あぁ……」
お父様は別人のように弱々しくお母様の手を握っている。魔物退治を終え、急いで帰宅したお父様は、何時間も騎士服のまま、着替えることもせずにお母様の側で泣き続けていた。
二人が愛し合っているのは知っていたが、これほどまでにお父様はお母様を愛しているのだと痛感し、守れなかった自分を私は責め続けていた。
「リディ」
「お兄様……」
お母様の寝室に入れず、廊下でうずくまって泣いていたところに、お兄様がやってきた。優しい眼差しで私の頭を撫でると、私の横にそっと座る。
「お前は怪我はないのか?」
「私のことなど……。それより、お母様が!」
泣き腫らした私の頬を、そっとお兄様の手が包む。そして、お兄様の魔力を感じたかと思うと、心地よい温かい何かに包まれた。
すると、魔物と初めて戦って出来た小さな傷が、あっという間に治ったのだ!
「リディが聖魔法を石に込めた時、俺も真似してみたんだ。そしたら、すごい攻撃魔法じゃなくても聖魔法を込められるようになって。土属性だからかな。どう? こうしたらちょっとは癒される?」
癒されるどころか、身体中の痛みが全て消えた。迷いも悲しみも消え、心に光が灯るのを感じる。
そうだ。『聖魔法といえば魔物を倒せるもの』と思い込んでいたけれど、これは『光魔法』だったわ!!
「ありがとうございます! お兄様! ついてきて!!」
そうして私はお母様の部屋へと駆け出した。
両親の寝室のドアを勢いよく開ける。バン! と大きな音が立ったので、中にいた侍女やお父様が驚いた顔で振り向いた。
「リディ! もう少し静かに──」
「お母様! この石を握ってくださる!?」
お父様が泣いているのもお構いなしに、お母様のベッドに駆け寄った。『聖魔法を込めた魔石』をお母様に持たせる。
そして、石を握るお母様の手に私の手を重ねる。
「リディ? 一体何を?」
「……見ていてくださいませ」
優しい温度で。前世のカイロくらいのあたたかさをイメージしながら、ゆっくり魔法を展開する。この世界に治癒魔法はあるが、魔族による瘴気の癒し方は開発されていない。
(この治療法が正しいかどうかは分からないけれど!)
ここでお母様が病めば、お父様は団長を辞して領地へ帰ってしまう。お兄様はチャラ男に育ってしまうのだ。何より大好きなお母様に元気を取り戻してほしい。
なんとしてもお母様を救いたい!
聖魔法はその属性の最大魔法でエフェクトがかかるもので、この優しい温度を展開する火魔法だけでは、聖魔法のエフェクトはかからない。お兄様のような土魔法ならば可能なのかもしれないが、私がそんな練習している暇なんてない。
だが、予め聖魔法を込めた石を通じて、あたたかい火魔法を展開してけば、もしかして──
「……なんと!!」
「っ!!」
お父様とお兄様が隣で息を呑む。
お母様の顔色は火魔法で温めたからか、血色が良くなってきた。
集中して、弱く優しい魔力を、石を通してお母様の全身に張り巡らせていく。
「お母様……っ! がんばって……!!」
火魔法の赤色ではなく、聖魔法の白い光がお母様を包む。そして、ゆっくりと魔法をかけ終えると、お母様は微笑んでいた。
「リディの魔法、あたたかいのね……。ありがとう」
「お母様!? 痛いところは!?」
さっきまでその顔や腕にあった痛々しい瘴気傷も癒えている。すっきりとした表情のお母様が柔らかく笑った。
「不思議ね。どこも痛くないのよ? 死ぬ前に女神様が痛みを消してくれたのかしら」
「……違う。これは……」
顔色も回復し、熱もないようだとお父様が確認すると、物凄い勢いでお母様を抱きしめた。そして大の男が大泣きを始めてしまった。
「ああ、ああ! ソフィア、ソフィアっ!! 君を愛してるんだ! 君が居なくなったら、私はっ!」
「まぁまぁ貴方、泣かないでくださいませ」
「ソフィアっ!! よかった!! ソフィアァァァ!!」
わんわん泣くお父様を見たのは初めてで、私たちはポカンとしてしまったが、「暫くそっとしといてやろう」とお兄様が提案し、私たちはメイド達と一緒にそっと部屋を出たのだった。
「リディ、すごい発明だぞ。これは、世界を変える!」
部屋を出たところで、お兄様が興奮気味に振り向いた。私としては、石など使わなくても聖魔法が展開できるようになったお兄様の方がすごい。
「お兄様が直接優しい聖魔法をかけたら、お母様は治っていたかもしれないわ。お兄様がすごいのよ」
「違う! リディ、これは仮説だが、あの『聖魔法を込めた石』さえあれば、そこに少しの魔力を流すだけで瘴気を消せるのかもしれない。だとすれば、これからはどんな人でも少しの魔力さえあれば、魔物に対抗できるかもしれないんだ!」
お兄様が珍しく熱く語っている。なるほど。お兄様ほどすごい実力者でなくとも聖魔法が使えるのだとしたら。
もしかして……。
「魔王に……勝てる?」
「あぁ。勝てるかもしれない!」