6 思い出したので、筋トレ!(5)
剣術と魔法の授業、そして何故か難易度アップした淑女教育を受けながら二年が経った。
私は十二歳、お兄様は十四歳になり、お兄様は来年魔法学園に入園することが決まっている。
私たちの魔力量は格段に上がってきた。お父様によると、聖騎士団でも上位騎士レベルの魔力量らしい。
悪役令嬢と攻略対象者なので、チートなのかもしれないし、聖騎士団の騎士団長であるお父様の子どもであることが要因かもしれない。
剣術は、お兄様には劣るが、低級魔物であれば倒せる程度には上達した。お父様の方針でまだ一度も実践したことはないが、剣に火魔法を展開させ、目標を焼き切ることが出来るようになったのだ。
お兄様は嫡男でなければ聖騎士団に入団させたいとお父様が漏らすほどの腕前になっているので、私はまだまだだ。
ちなみにお兄様はチャラ男にはならず、まだまだ好青年のまま。お母様も健在。このままストーリーが変わってくれたらいいのだけれど。
ともかく、私たち兄妹は、それぞれの属性の最大級魔法まで取得し、『聖魔法』が使えるようになった! のだが。今、私は盛大にいじけている。
「むむぅー」
「リディ、まだ不貞腐れてるのか?」
「お兄様! だってお父様ったら、魔物が出る森には連れて行ってくださらないのよ!」
「森には低級魔物以上のヤツらも出没してるらしいからな。危険だとお考えなんだろ」
「わかっていますわ! でももう聖魔法も使えるのに! 実践を積まなくちゃ……!」
お母様が魔物に襲われる前に、もっと実力をつけたいのに! 焦っても仕方ないが、魔法が格段に上達した今、それを試したいと毎日訴えている。だが、お父様は一向に頷かないのだ。
今日もイライラを募らせながら、夕食後にお兄様と魔石に魔力をこめている。
魔力量は十分多くなってきたが、魔王戦に向けていくら力をつけても損はないはずだということで、夜に魔力を枯渇させてから寝る習慣を続けているのだ。
魔力量が増えた私たちは、毎日大量の魔石を産出している。ちなみにこの魔石は魔力のない領民の皆さんの元へ届けられ、有効活用してもらっている。魔石を使って火を起こすとか、お風呂とか、暖房がわりに使えたりするようだ。お兄様の土魔法入りの魔石は、畑で大活躍しているらしく、ここ数年の農作物の収穫量が過去最高を記録し続けているのだとか。やっぱりお兄様の方がすごくて気に入らない!
「お父様の〜! 頑固者ー!!」
「ははッ。父上がいないからって八つ当たりするなよ」
「私だって! 森に行って! 修行が! したーーい!」
怒りを込めつつ魔石に魔力を注ぐ。いつも通り魔石が私の火魔法の色、赤色に染まっていく。いつもはそこで次の石に交換するのだが、怒りながら魔力を使ったせいで上手く調節できずにどんどん魔力を込めてしまった。
「〜ッ!!」
「リディ?!」
気づけば火魔法の最大魔法レベルの力を込めてしまったようで、聖魔法を展開していた。思わぬ事態に魔法を止められず、石から手が離せない! 全身の毛が逆立ち、魔石が光を放つ。すると、魔石は赤から光沢のある白い石に変化していく。
「何、これ……」
「おい、リディ? 大丈夫か!?」
だが、私はお兄様の声に応えられず、またしても意識を手放したのだった。
*
魔石に魔力を込めすぎて気絶した後。目を開けると、お父様が恐ろしい形相で私を見下ろしていた。
部屋の中は暗く、メイドも見当たらず静まり返っているので、もう深夜なのだろう。暗闇で見上げる父は迫力があって大層怖い。よい子は泣いてしまうレベルだ。
「お、おはようございます、お父様」
「目が覚めたか」
「は、はい……ご心配をおかけしました……」
「リディ、お前が倒れたと聞くたびに、肝が冷える。頼むから気をつけてくれ」
「も、申し訳ありません」
ものすごく怒っている顔なのに、ものすごく心配してくれている。
お父様は私が目を覚ましたことで、緊張が少しほぐれたのか、「ふぅ」と息を吐いた。
そして、気絶する前に私が作り出した、白い石を取り出した。
「それは……」
「お前が聖魔法を込めた石だ」
「聖魔法を込めた石……?」
「ディーンからお前が倒れる直前、聖魔法の光が見られたと聞いている。恐らくお前が魔力を込めすぎて聖魔法を展開したために、色が変わったのだろう」
「まぁ、すごい! 聖魔法を込めると白い石になるのですね!」
わざと明るい声を出してみたが、お父様の眉間の皺は渓谷のような深さを記録した。そして深夜の為か少しだけ抑えた、しかし地を這うような声で私を叱る。
「すごくなどない! 気絶するまで枯渇させるのは危険すぎる! 無茶をしてはならぬとあれ程言ってきたのに……!」
「はいぃ! 申し訳ありません……!」
お父様は、この聖魔法を込めた白い石を公爵家で徹底的に調べることになったと告げた。調査結果はいずれ王家に報告することになるだろうとのこと。事故的に作ってしまった物だが、何かに役立つのだろうか。
「ともかくゆっくり休みなさい」
「はい……」
お父様は石のことを説明するとそう言って部屋を出て行った。私がいつまでも目覚めなかったら、朝までいらっしゃるつもりだったのかしら。
*
翌朝は、鬼の形相をしたお母様に叱られた。公爵家令嬢たるものもう少し落ち着いて行動しなさいと、剣術やマナーの授業の時間も潰されて延々と怒られてしまった。しかし、食事やお茶の時間は確保してくださったので、要するに今日は休めということなのだろう。
その優しさに胸がぎゅっとなる。
お母様が魔物の瘴気に当てられて病んでしまう未来。
それはもう回避しているのだろうか? それともこれから起こるのだろうか。
どうしたら、お母様を守れるのだろう。お母様一人を守れなかったとしたら、この国なんてとても守れるわけがない。もちろん、私の命だって。
久々にゆっくり過ごしたことで、考え込んでしまった。
「お嬢様?」
「メアリー……」
メアリーは幼い頃からこの屋敷に支えてくれているメイドの一人だ。頼りになる姉のような存在で、お母様と違っていつも優しい。木登りして擦り傷を作っても、叱らず優しく手当てしてくれる。
「今日はせっかくのお休みですから、奥様と一緒に外出されてはいかがですか?」
「そうね。お部屋でじっとしていると悪い想像ばかりしてしまって……」
そうして私はお母様と一緒に街に買い物に出かけることになった。
普段剣術や魔法の稽古ばかりしていて、なかなかドレスや装飾品に興味を示さないので、お母様はつまらなかったようだ。その気持ちを汲んだメアリーの提案であり、お母様のご機嫌もようやく良くなったのだった。