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40 恋と仮装と文化祭!(8)


 文化祭が終わった。

 魔物の出現というアクシデントはあったが、一瞬で生徒会メンバーにより殲滅。生徒達は何事もなかったかのように後夜祭を楽しんでいた。


 いよいよこれから、ゲームの終盤へと進むはずだ。


 クリス様は今夜のヒーロー。生徒達に囲まれてキャンプファイヤーをしている。

 その間に私はステラと作戦会議をしようと思ったのだが、ステラは心ここに在らずだった。


「どうしたの?」


 たまらずそう聞いてみると、ステラはハッとして顔を上げ、やっと目が合った。そしてあっという間にうるうると涙を浮かべていく。


「ちょ、ちょっと! わたくしの前で泣かないでよ! いじめてるって思われる!」

「思いませんよぉ……リディア様が良い子だってみんな知ってるから……」


 ぐすんぐすんと泣き始めてしまったので、ハンカチを差し出すと「すみません……」と受け取るも、拭ってもまた新たにポロポロと涙を流す。

 今まで友人もいなかったし、泣くくらいなら筋トレしろという方針の家庭で育ったせいで、こういう時の対処法が全く分からない。恐る恐るステラの頭を撫でると、その大きな瞳を私に向けて、「どうしましょう、リディアさまぁ〜」とさらに泣き出してしまった。


「ね、ねぇ! 泣いてるだけじゃ分からないわよ! 何があったの? イベントが上手くいかなかったの?」


 ステラはふるふると頭を横に振る。


「上手くいき過ぎてて……っ」

「え? それがどうして泣くことになるのよ」

「……アラン様、たぶん、私のことが好きなんですっ」


 はぁ?

 頭の中に「?」が目一杯浮かぶ。どういうことだ。両思いなのに、なぜこの子はこんなに泣いているのだろう。そもそもヒロインなんだから、きちんとイベントをこなしていれば、そうなることは分かっていただろうに。


「でもっ! でもっ、それって、私が……ヒロインだから、ですよね!?」


 なるほど。そうか。私はその言葉で、ステラが泣き出した理由がわかった。


「私がヒロインに産まれたから、アラン様の目に止まったんです。それってどんなヒロインだったとしても、私じゃなかったとしても同じなんだと思ったらっ」


 泣いているステラを思いきり抱きしめた。そうね、分かるわ。私も同じよ。だって私たちには、「私たちではなかった時の記憶」があるのだから。キャラクターとして生きている、シナリオを知っている。だから人の気持ちも決まっているんじゃないかって、不安になるわね。


「シナリオ通りなら……わたくしは、死ぬわ」

「はい……」

「でも死にたくなくて足掻いてきたわ」

「……はい。色々変わってて驚きました」

「そうでしょ? 変わったのよ! お兄様のキャラとか全然違うでしょ!」


 抱きしめられたまま、ステラが耳元でクスクスと笑う。涙声だが「確かに!」と笑っている。


「ゲーム画面では語られなかった、知らなかった設定もいっぱいあるわ」


 クリストファー様のこと、とか。


 彼がどんなに国を思っているか。彼がどれほど努力家か。『完璧な王子』としか描かれていなかった彼の、生い立ちから影の努力まで知ってしまった。近くで見ていればいるほど惹かれていく。その気持ちは、私が悪役令嬢だからなのかもしれない。シナリオの強制力で、彼に依存して好きになってしまうのかもしれない。

 

「いつかゲーム補正が効いて、わたくしは死ぬのかもしれない。クリス様だって、……婚約破棄したくなるのかも。でも、今のところ色々シナリオは変わっていてそれでも世界はまわってるのよ」

「……リディア様」


 いつの間にか私の瞳も濡れていた。それに気づいたステラがオロオロし始めたので、可愛くて笑ってしまう。


「言っておくけど、貴女もゲームのヒロインとは全然違うわよ。それでも好きになってもらえたんだったら、本物なんじゃないの?」

「……っ!」


 ゲームの中のヒロインは、八方美人で可愛くて優しくて、まさに『聖女』だった。でも今目の前にいるステラは、王子様に交換条件を提示して欲望を叶えようとする策士だ。しかも自分が可愛いことを理解して、平気で上目遣いなどの高等テクニックを使いこなしている。

 ステラは涙をゴシゴシと拭うと、「ウジウジするなんて『私』らしくないですよね! ちょっとアラン様に突撃してきます!」と立ち上がって宣言した。


「頑張りなさい。応援しているわ」

「ありがとうございます! あと、心配しなくても、あなたの王子様も『あなた』に夢中ですよ」

「え?」


 ステラは「じゃ行ってきまーす!」と走り去っていった。


 つられて流した涙を拭おうと思ったが、さっきステラにハンカチを渡してしまったと気づいた。すると目の前に、スッとハンカチが差し出される。見覚えのある、猫を被っていた頃の私が、刺繍を施してプレゼントしたハンカチだ。差し出されたその手の主を見上げて驚く。


「クリス様!」

「どうして泣いてる?」

「こ、これは、ステラを叱咤激励していたら、何故かもらい泣きしてしまって……」


 気恥ずかしくて苦笑しながら「ありがとうございます」とハンカチを受け取った。さっと涙を拭いたが、クリス様は難しい顔をしている。


「ステラ嬢がアランを選んでいるのは分かる。それが、君は……辛いのか?」

「はい?」

「シナリオとやらはいくつもあるのだろう? ステラ嬢とアランが結ばれなくてもハッピーエンドは訪れるのでは?」


 何を言いたいのかが分からない。何故違うルートを目指すべきだと言い出したのかしら?

 分からないがクリス様は眉間に皺を寄せ、苦しそうに声を絞り出した。


「君は……アランのことが好きなんだろう?」


 その言葉に唖然とする。この人は何を言っているのだろう。あれだけ私に手を出しておいて、私の気持ちを疑うのか。


「確かにアラン様は素敵ですけど、恋愛的に好きとかそんな感情ではありませんわ!」


 ムッとしながら言い返すと、クリス様は苦しげに顔を歪ませた。

 

 もしかして、ステラがアラン様に取られそうになって、初めて自分の気持ちに気づいたとか?


 ステラの魅力に今頃になって気付いてしまったということ? それで私のせいにして私との婚約破棄を狙っているとか?


 何よそれ。結局シナリオが強制力を発揮しちゃうのか。ヒロインの涙なんてすごい魅了効果ありそう。やっぱりこのゲーム鬼畜シナリオ! 悪役令嬢に優しくない! クリス様最低!


「クリス様は、やっぱり、ステラと結ばれたいのですね!」

「なっ!?」

「余計な真似をして申し訳ありませんでしたぁ! 私は嫌がらせなんかせずあっさり婚約破棄して差し上げますから!」


 そう言い捨てて走り出す。


「待て! リディ!」


 クリス様の、ばーか! やっぱり悪役令嬢なんかに生まれてこなければ良かった! 

 今度こそ止まらない涙を拭いながら、私は公爵邸に逃げ帰ったのだった。

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