10 思い出したのに、婚約!(3)
夜分に投稿すみません!
お楽しみいただけますように。
*
私が創った『聖石』は国に衝撃を与えた。
過去に受けた瘴気による傷も含め、光魔法のように治せなかった傷が治せるからだ。
公には私の功績ではないが、自分の思い付きが人々の役に立っていると思うと、誇らしい気持ちになる。
お兄様は矢面に立たされているせいで、かなりお疲れのようだ。色々な人に感謝され、妬まれ、沢山の質問を浴び、もみくちゃにされているそうだ。なんだか申し訳ない。
中でも婚約者の座を狙ってご令嬢達からアタックされまくるのが、とても大変なご様子。お父様、守ってあげて!
今日もヘトヘトになって帰ってきたお兄様。そんなお兄様がサロンでお茶を飲みながら、疲れ切った表情でこう告げた。
「今度の祭りにはクリスもお忍びで来るらしい」
祭りというのは、聖石の功績に対する祝いの声に応えて、来月開催されることになったメイトランド公爵領の感謝祭のことだ。
領民の生活が潤うよう、盛大に執り行なう予定だが、まさか王族まで招待していたとは。
「まぁ! それなら私、猫を被らなくちゃいけないじゃない! メアリーと出店を巡って食べ歩きしようと思ってたのに!」
「お前大人しくしておけよ……」
クリス殿下はどういうわけか、たまにお忍びで公爵家にやってくる。しかし領地の祭りにまで来るとは! 近いとはいえ王都の外なのに!
お母様の徹底的な淑女教育によって、この数年、私は殿下の前ではしっかり猫をかぶり続けている。お陰でお転婆令嬢であることはバレていないけれど、お淑やかな令嬢だと偽り続けるのも大変だった。
「婚約を避けるなら、早めにバラした方がいいかしら」
「なんだって?」
「何でもありませんわ」
*
感謝祭当日。私たち家族は公爵領に帰ってきた。王都からそう離れていないため、気軽に戻れるのだが、お父様の職務上なかなかゆっくり過ごせない。というのもお母様と離れたくたないお父様が、必ず家族全員で行動したがるからだ。今回は祭りの間、ゆっくり過ごす予定である。
久々の祭典ということで、領内は浮き足立ち、大勢の領民で賑わっている。
そして、本当にお忍びでクリストファー殿下が公爵領へやってきた。
「やぁ、リディア嬢。久しいね」
「お久しぶりでございます、クリストファー殿下」
今日も今日とて猫かぶりだ。お淑やかに見えそうな襟付きのシンプルなワンピースに身を包み、髪もハーフアップにして、キツい見た目を誤魔化している。
ちなみに、メアリーとの食べ歩き計画は、あっさりとお母様に却下された。その上、お兄様と一緒に、殿下を街へご案内しなくてはならないのだ。
(ぜぇったい、隙を見て食べ歩きしてやる!)
ニコニコと猫を被りながら、内心はものすごく食い意地のはった決意を固めていた。
「今日のリディア嬢も可愛らしいな」
「はぃ!?」
脳内で食べ歩き計画を立てていたところに、急に褒めてくるから変な声が出てしまった!
クリストファー殿下はいつも通り、私を甘い笑顔で見つめてくる。猫かぶりの私をどうやら気に入っているようで、その完璧すぎるご尊顔をキラキラさせて見つめてくるのだ。
殿下は相変わらず、月に一度、その時々の美しい花束を贈ってくださる。
そしてそれ以上のスパンで公爵邸にやってきては、お兄様と私と三人でお茶をし、こうして甘い顔を見せるのだった。ゲームのメインキャラの微笑みだ。しかも三次元だ! カッコ良すぎていつものことながら心臓に悪い!
「クリス、その辺にしてやってくれ」
顔を赤くして固まる私を見て、お兄様が呆れたように言った。クリストファー殿下は、顔を赤らめる私を満足気に見つめている。
「今日は一日中リディア嬢と一緒にいられるのだと思うと、とても嬉しいよ」
「は、はい」
今日の殿下は、爽やかな白シャツにベージュのズボンというお忍びスタイルだが、シンプルな服装だからこそ、その育ちの良さが際立っていてかっこいい。私の好みど真ん中の見た目だ。悪役令嬢ゆえのシナリオの強制力か、どうしても殿下が特別に輝いて見えてしまう。
(ダメよダメダメ! ついうっとり見つめるの禁止! 恐るべしシナリオ強制力!)
気を引き締め馬車で街に向かう。祭りで賑わう公爵領の街はとても華やかで、多くの出店が並び、花が飾られ、どこからか音楽が鳴っている。
「まずは孤児院に行く。リディアが人気で驚くぞ」
「それは楽しみだ」
「!」
早速ピンチだ。
私が孤児院で人気なのは、本気でかけっこや木登りをして子どもたちと遊ぶからだ。今日も「遊んで」とせがまれたらどうしましょう。
不安な目でさりげなくお兄様を見ると、「大丈夫」と言うかのように小さく頷いた。今はお兄様を信じるしかない。
孤児院に着くと、見覚えのある馬車だと気付いたのか、子どもたちが走り寄ってきた。
「ディーン様とリディア様だ!」
「リディアさま!」
「リディアおねえさま!」
「ディーンおにいさま!」
「みんな久しぶりね」
お母様の方針で、私たち兄弟は定期的に孤児院を訪れている。寄附をするだけでなく、きちんと運営されているかどうか、孤児院の子ども達の様子を見守る目的だ。
とは言っても私は子供達と全力で遊ぶばかりで、子ども達からすれば大きな遊び相手だろう。
子ども達はクリストファー殿下にも興味津々だった。
「リディア様、このお兄さんかっこいい!」
「王子様みたい!」
「まさか! リディアねえちゃんの恋人?」
「あ、あのね! ええっと……」
子ども達の勢いにドギマギしていると、クリストファー殿下が子どもの身長に合わせてかがんだ。
「私はクリス。リディア様の騎士だ。だが、リディア様の特別になりたいと思っている」
そう言うと、秘密だよ、と言いながら口元に人差し指を当てた。その姿のなんと尊いこと! 気絶しなかった私を褒めて欲しい。
子ども達はキョトンとしたり、ませている女の子達は「きゃあ!」と騒いだりしている。私も騒ぎたい。
しかし、さすがは子ども達。話題はどんどん変わっていく。
「リディア様、クッキーあるよ!」
「あのね! リディア様! 俺が焼いたんだぜ!」
「待って! 僕が作ったのも見て!」
「リディアおねえさま! 私たち刺繍を頑張ったのよ!」
私に群がる子どもたちは、今日のバザーで色々と手作りの品物を販売するようで、一生懸命それを伝えてくれた。
「みんな順番に聞くわ! わぁ! サニー! このクッキーびっくりするほど美味しい!」
考えてみれば今日は領地のお祭りだ。孤児院のバザーは子ども達も参加して、店番に忙しい。遊んでいる暇はないのだ。
(さすがお兄様! そこまで考えてくださっていたのね!)
私は子ども達に一つ一つ紹介された手作りのバザーの品物を、少しずつ買った。残りは街の人に買ってもらいたくて、買い占めたい気持ちをグッと我慢する。院長先生に売れ残ったら買い取りますとこっそりお伝えした。
「リディア嬢は、女神のようだな……」
子ども達と楽しく過ごす私を見て、クリストファー殿下がそう漏らしていたことに、私は全く気づかなかった。




