回想2
回想です。
そうして始まった勉強会。といってもこの世界に来る前にもらった能力の中に翻訳というものがあったらしくこの世界の言語については理解できる。確実に音は違うのだが音が聞こえてくるとすぐに日本語に変換されるような感じだった。アップルと聞いてすぐにリンゴが頭の中に思い出されるような感覚だった。だけど「書くこと・読むこと」となると話は大きく変わってくる。幼児が言葉は理解できるが書いたり読んだりできないのと同じだ。そう意味は理解できるのだが、文字が読めない、書けないとなると何かと不便が生じる。実際、カイラに勉強することを告げられた時、俺はその言葉を無視して旅に出ようとした。そして旅に出るための装備を町で買おうとした。だが気づいてしまった。どの店で何が売っているかも、字が読めないため看板に書いてある店名が分からなかった。装備を買いに来ているのに奴隷市場に入ってしまったり、何も装備もしていないのに冒険者ギルドのような場所に入ってしまい、追い出されたりもした。また初期装備に係る費用は、あのこの国の偉そうなやつがすべて立て替えると言っていたので、そっちに料金を請求するように店で頼むと、契約書のような魔法陣が描かれた紙にサインしろと言われ、ペンを渡されたのだが自分の名前「西野蓮」が書けなかった。試しに日本語で署名したが紙が急に赤く輝きだし不穏な音を鳴らした。詐欺だと疑われ危うく捕まってしまうところだった。
そんなわけで全力で召喚された場所に逃げ帰り、勉強することに決めた。
勉強を始めて気づいたのだが、初めは辛いことも多かったが、文字の読み書きの練習を重ねるにつれて次第に毎日の課題を終える時間が早くなり、自由に行動できる時間が増えていった。それにこの世界では二次関数や図形の面積を求めるなど、日本にいたころには勉強することに意義を見いだすことが困難だったものは無く、本当に生活に必要なこと基本的な四則演算であったり、それに関連した割合などが勉強時間の大半を占めていた。
だが異なる点もいくつかあった。まず、冒険者になるための勉強であるため体育に当たる剣の訓練や魔法の訓練といったものは相当厳しく行われた。もともと運動が得意ではないため、部活にも所属していなかった俺が、いきなり15キロ走り切れと言われたときは絶望した。何度も嘔吐した。吐かないために昼飯を抜いたときもあったが、今度はエネルギー不足で倒れた。だがそんな日々が1週間ほど続いた後自身の体の変化に気づくことができた。その日も走っていたのだが、どう考えても体が楽になっている。確かに疲労は感じていたが、そのあとの剣術、魔法の訓練でもへばることなく一日を終えられるようになった。また訓練後の自由時間では本を読む体力まで残っていた。少しづつだが体が成長しているのを感じた。それにこの訓練所では魔法の類は決まった場所でしか使えず、一度身体能力を向上してとっとと終わらせようとしたが、発動しなかった。ばかりかそれがばれて訓練量を倍に増やされた。その日の夜、久しぶりにカイラの顔を見た。その時この場所では不正はできなくなっていることを告げられた。
魔法の訓練にしても初めは呼吸から始まった。自身の中にある魔力を感じ取るためには呼吸が大切らしい。目をつぶり深く息を吐き自身の中にある魔力を認知する。そして吐く息を使いそれを体外に表出させる。これが基本だと告げられた。初めて使えた魔法は手から少し熱気が出るものだった。だが明らかに体温ではなく、エアコンから出るような温風が手から出ていた。次に使えたのは手からじわっと水が出てくる魔法だった。始め汗と間違えたがどう見ても汗にしては量が多くコッいっぱいに溜まるぐらいの量が出た。雷や氷なども手から噴出されたが初めは、静電気より少し強いぐらい電気であったり、埃と間違えそうなほど弱弱しい雪のようなものが出るレベルだった。ただこのレベルであっても疲労は想像に絶しがたいものだった。普段使っていない筋肉を使うとすぐに筋肉痛になるのと同様に今まで一度も使ってこなかったものを急に動かしたため恐ろしいほどの疲労が襲い掛かってきた。だがこれも筋肉と同じくしばらく使っていると体が順応していき、2週間が過ぎたあたりで、疲れはあまり感じなくなっていった。
順調に訓練を繰り返し、「西野蓮」個人の基礎能力は訓練開始時と比較すると目を見張るレベルで成長していた。この基礎能力に、この世界に来る前にもらった能力をかけ合わされば、それなりにいいところまではいくだろうと考えていた。
そして時が流れ、俺が召喚された季節と同じ季節が巡ってきた。
その日の訓練は、いつもの頭や体を鍛える訓練と違いカイラと実践形式で戦うという内容だった。訓練所に行くと、これまで俺に勉強や剣や魔法の訓練を手伝ってくれた人たちが壁際に並んでおり、その場所の中心部にカイラが剣を抜刀して地面に突き刺し、仁王立ちでこちらを見ていた。勉強や訓練の日々が始まり、その期間の間に何度か会話をすることもあり、少しづつ態度が軟化していったカイラであったが今、目の前にいる彼女は初めて対面した時と同じ、敵に対して向ける目をしていた。その目を見て彼女の俺が過ごした、今日までの日々に対しての彼女なりの敬意を感じ、覚悟を決めて歩を進め、彼女の前まで来た。
そして構えの合図の後、開始の合図として手が振り下ろされ最後の訓練が幕を切った。
次で回想、終わらせるつもりです。