精神世界にて
よろしければご覧ください。
ふわふわしている。何だ?足の感覚がない。というか自分の体すら認識できないぞ。手で顔や体を触ろうとするが、その手はどこにも見当たらない。だが、思考はできるため頭は残っていると思い、頭を揺らしてみるが動かしている感覚は無い。というかここはどこだ?声も出せない。視界もない。ただ暗闇の中に一人残された気分だ。
「あなた、今かなり大変な状況になっていますよ」
ん?なんだ?急に誰かの声が聞こえてきた。それも耳から聞こえたというより、直接頭の中に流れてくるような感覚だ。この声色を俺は確か、以前どこかで聞いた気がする。果たしてどこだったか。分からない。
「あなたは今、話すことができる状態ではないので、こちらから一方的にあなたが今どのような状況なのか伝えたいと思います」
それはありがたいが、この声絶対にどこかで聞いたことがある。この鈴の音のような清涼な響き、だがどこか裏がありそうなこの声。お前は誰だ?
「あなたは、向こうの世界においては生死の境をさまよう事態に陥っています。あなたは自身の魔力量以上に魔力を引き出してしまい、それが原因であなたの精神と肉体は離れ、こうした今の死に近い状態になっています」
死ぬ?俺が?そう言ったのか。そんなはずないだろう。俺はまだ何も成し遂げていないぞ。
「そう、そこなんです。問題は。今あなたがこうして、肉体を持たないにも関わらず精神、つまり魂のみの存在となっても、消滅せずにいられるのはそれが理由なんです」
どういうことだ?俺は死んだのか?いや、この口ぶり的にまだ完全には死んでいないという感じか?というか意思疎通できてないか、これ?
「これから、あなたが向こうの世界で何も成し遂げなかった場合の話をしたいと思います」
そうか思い出したぞ。俺に今、語り掛けているやつの正体が。間違いない、俺を転生させた、あの銀髪の女神だ。確かこいつには失礼なことを言われた気もするが内容までは覚えていない。だが何かは言われた。絶対に。
「そうです。あの時のどんな花よりも美しい女神です。あなたに話しかけているのが、誰かようやく理解したようなので、これからあなたが向こうの世界で死んでしまった場合のことについて話していこうと思います。まず、あの世界は魔王に征服されてしまうでしょう。向こうの世界の人たちも訓練することで成長はするのですが、魔王の力には遠く及びません。その力は強大で異世界からの転生者が訓練して自己の能力を伸ばして初めて、勝負の土俵に立てるぐらい大きなものです。そして話を戻しますが、征服された後の人類は家畜同然かそれ以下の存在として生活することになるでしょう。言い換えれば、人類が滅ぶことは無いとも言えます。当然と言えば当然です。滅ぼしてしまえば支配者になることはできない、支配する対象がいないといけないのです。ですが、その時の支配者は名目上は魔王になりますが、実質的な支配者は魔族の者が担うことになるに違いありません。人類は弱いとは言え数が多いですからね。そうしたことを踏まえ伝えます。魔族にとって人類というのは、玩具みたいなものです。叩いたり、乱暴に扱えば音が鳴り、調理すれば腹を満たす便利な物、その程度であると認識しています。そのためあなたの魂が向こうの世界に戻らず死が確定した場合、あのカイラとか言う、私と同じ髪色をした女も、もれなくほかの人類と同じ扱いを受けます。いや、彼女はかなり強いですから、反旗を翻されることを魔族が警戒し、おそらく殺されるでしょう。それも、とても残酷な方法で」
そう伝えてきた。おい何とかできないのか?頼むよ。そう必死に懇願する。
「そうですね、ではここで話を変えます。あなたには今二つの選択肢があります。一つ目は向こうの世界でのあなたは死んでしまう代わりに、また別の世界で生まれ変わることができます。ただその時は、これまでの記憶やあなたが持っている無数の使えないスキルは失われ、赤子から再スタートということになります」
そして女神は続ける。
「二つ目はあなたの魂をあの世界に戻すことです。この場合は能力を失うことはありません。意識を取り戻すだけです。以上二つが今からあなたが選ぶ選択肢です。どちらでも構いません。はやく選んでください。ただ私個人としては向こうの世界に戻ってほしいと思っています」
さすがに女神というだけあって、人類のことを考えているんだなと感心した。俺にはそんなことは絶対にできない。
「だって、あなたが何か成果を上げないと、向こうの世界に転生させた私の給料が減給されてしまうんです・・・それだけが嫌」
誰にも聞こえないぐらいの声量で女神はつぶやいたつもりだろうが、直接声が流れ込んできているためしっかりと聞こえた。やっぱりこいつ、自分のことしか考えてない。感心すると思った俺の気持ちを返してほしい。落胆しつつも、言われるまでもなく、どちらを選択するのかなんて既に決まっている。俺は誰に何と言われようが向こうの世界に戻る。おそらく女神がこれまで伝えてきた内容には嘘は含まれていない。そのためもし、俺がこのまま別の世界に生まれ変わった場合、カイラは間違いなく死ぬことになるんだろう。だがそんなことには絶対にさせない。女神の話の中で訓練することで魔王と同じ土俵に上がれると言っていた。俺が戻ることで、カイラが死なない運命を手繰り寄せることができるのならば、それだけで戻る理由は十分だ。
「どうやら決まったみたいですね。あなたは元に戻ることを選ぶとおもっていましたよ。すぐに魂を肉体に戻しましょう」
その言葉の後、知覚しているのか分からない、暗闇の中心から次第に明るくなり始めた。
「あっ、それと使えないスキルと先ほど言いましたが、現状使えないだけで、訓練次第でスキルの性能を伸ばすことは可能です。まったく、この私が授けた能力なんだから、早く上手く使えるようになってください。査定に響くんですよ、まったくもう」
始めて出会った時からそうだが、基本、事務的な態度で人と接するタイプなのだと思っていたが、実際はそうではないらしい。だが、別にそれでいい。今は早く元の体に戻ってカイラを守れるだけの力を身につけたいと切に思う。
それを最後に俺の意識は、まばゆい光に包まれるような感覚に襲われた
今回も読んでくださり、ありがとうございました。次回もよろしければご覧ください。また、誤字脱字等がありましたら教えていただけると幸いです。




