先輩、最高っす
シャーーーー!
「クッ…眩しい」
「ハイ、起きて!」
俺は夢でも見ているのだろうか。
かわいいメイドさんが俺を起こすためにカーテンを開けてくれた。
「おはよう…いや、ありがとうか?」
メイドさんはニコリと笑みを向けると、俺の方に顔を近づけてきた。
いきなりの状況に俺はドキドキする感情を押し殺せない。
「いや、その…ちょっと……」
「はぁ?屋敷の掃除と洗濯…私の仕事ができないからぁ、そこドケって!」
ドキドキのバイアスがフルスイングして振り切った。
何となくこの人に逆らってはいけない気がした。
俺はバッとベッドから飛び起きて直滑降で頭を下げる。
「すみませんでしたぁ!姉御の仕事の邪魔は致しません!!」
「いいのよん~分かれば。朝食が出来てるから食堂に行ってくださいな」
「はい!失礼します!!」
俺は頭を下げたまま後ろに下がり、扉を音もたてずに出て行った。
その姿を見ていたメイドはボソリという。
「何あの動き…ふふっ。ん?」
だがその時に机の上に置かれたある物に目が留まる。
それはこの世界の常識では考えられない事象。
「なっ!……これは!」
耳に手を当て、誰かに報告を開始する。
それが通信機のようなもので、外部とつながっていた。
“ナンバー001より通達。白は黒。繰り返す、白は…黒!”
彼女が部屋の掃除をしているころ、俺は長い通路を歩いていた。
いや、正確には違う。
迷子になっていた。
「いやーさすが姉御っす…食堂ってどこだよ」
俺の独り言など響くような広さではなく、幾重にも広がる通路にはビッシリと扉があった。
一つ一つを開けてもよい。だが既に事故を経験していた。
つい先ほどの話だが。
ガチャ…
不用意に開けた扉の先には『裸体の美女』が居た。
そういう美味しい事故なら何度でも扉を開けている。
いや、すまない。
俺はそういう趣味で言ったのではなく、あまりの出来事に現実逃避していたんだ。
開けた先には『裸体のオッサン』が姿見でポーズをとっていた。
チータさんは剣を抜く事もなく、固まったまま目が合ったので扉を閉めた。
そう、お互いに無かった事にしたのだ。
だが失敗から学ぶ必要はあるから、不用意に扉を開けることはしない。
そう思っていたら突然後方の扉が開き、チータさんが物凄い剣幕で走ってくる。
「ぉおぉおおおおおおおおおおお!!」
「まてええええええええぇぇ!!」
超こえぇ!!
マテマテマテ…
「チータさん!何も見てない!」
「記憶を消してやるから止まれ!!」
襟首を掴まれて後ろに引っ張られた。
超人的な膂力に成す術もなく、俺は後ろに倒れそうになった。
バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!
バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!
凄まじい音と共に扉が開かれ、全ての部屋からメイドと執事が姿を現した。
チータも驚いたように目を開けている。
どうやらこれは、非日常へと誘われているようだった。
「チータ様、その手をお放し下さい」
「ハッ!執事如きが偉くなったな…」
執事は頭を下げてもう一度同じ言葉を口にする。
「チータ様、その手をお放し下さい」
「ッ…!興が殺がれた。飯の用意はできているな?」
「はい。ご賞味ください」
「チッ!」
チータは俺の事を手放し、舌打ちをすると食堂へと歩いて行った。
残された俺は執事に礼を述べようと踏み出した。
「あの…」
バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!
バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!
全員が持ち場に帰った。
「何なのこれ?」
訳が分からなかったが、一つ大事なことは分かった。
それはチータが食堂に向かっていると言う事実。
迷子の俺を誘う鳥さんに等しい。
だが先程までのやり取りを考えると声をかけづらいのだが…
空気?
そんな物クソくらえだ!
「チータさん、待ってー!」
「ったく」
チータは歩を止めると、肩をすくめて溜息を吐いた。
面倒ごとを押し付けられた上司のような感じだった。
食堂はいくつかのテーブルが置かれていて、誰がどこに席についてもよい様になっていた。
オーダー式ではなく、バイキング形式で好きに食事ができるのは嬉しい。
この世界における俺の食事は、著しく偏っていると言ってもいい。
まともな食事を前にして目を輝かせていたが、それがチータには可笑しく映ったようだった。
「どういう生活をしたら豪華に見えるんだ?パンや卵など当たり前の物だろう」
「地下牢の鋼鉄パンやギルドのビール、そして森の果実だ」
「「……えっ?」」
二人は意思の疎通が困難と判断し、食事に集中する事にした。
「なぜ貴様は俺と同じ卓につく?」
何となく流れでチータさんの後をついて行ったので、そのまま同じ卓についてしまった。
言うなればガラガラの電車で、人の横に座ったようなものだ。
怪訝な表情を向けられても無理はない。
「すみません。チータさん優しかったので」
「やさし…バッカお前!……はぁ、飯食って顔洗ったら王の間に行くぞ」
「え?あの王様怖いんですが」
「お前が悪い。なんで挑発するような真似をした?」
「パワハラ、ダメ。ゼッタイ」
「なんだそれ。まぁ悪いようにはしない。不敬罪の取り消しもあるだろう」
「当たり前だ」
「なんでその話になると高飛車になるんだ?ククッ…本当に変わった奴だ」
チータさんとは何となく仲良くなった。
同じ釜の飯を食らえばと言うが、そういう感覚が出るのはどこの世界でも同じか。
久々に味わう人のぬくもりに対して感謝の念がわいていた。エビーにも感謝しているが、違う方向で彼には助けられている。
この世界に来てから不運の連続だったぜ。
でもそれも今日でオシマイだ。
食事を終えてチータさんに礼を述べると、片手をあげて「後でな」と漢気溢れる背中を見せてくれた。
俺は感謝して頭を下げると、そのまま大声で告げた。
「あの…!」
「んっ?」
大事なことなのでちゃんと言わないといけない。
そうしないと…きっと後悔するから!
「部屋はどっちですか!」
「「………」」
「ったく仕方ねぇなぁ」
「先輩、最高っす!」
「誰が先輩だ!」
「イタタッ!チータ痛いって!!」
そう言いながらチータは肩に手を回し、頭をグリグリしてきた。
最後まで面倒くさいという顔をしていたが、気持ちの面では満更でもなさそうだった。