辞さない覚悟
チータと呼ばれた男に馬で引き摺られ、地下監獄へと直行された。
…のならば、まだ良かった。
痛い思いをして到着したのはなんと王の御前。
俺は一体どうなっているんだろ。
善良な一般市民……?
ではないな。
そもそもこの世界の住民票を持っていないのだからな。
そこでヒリヒリする頬の感触を思い出し、誤りであることを悟った。
あのタコ野郎から愛の鉄拳(ギルド証)を受けたからこの世界の住人だ。
という事は、一国の王である彼に跪いたほうが良いのだろうか?
「貴様、聞くに水晶は【白い靄】らしいな…」
「なんですかそれは?」
「王になんたる不敬!死罪が妥当!!」
「早まるなぁ!!ワシが質問をしている。質問に質問を返すな」
「は…はい」
王は場を支配している。
部下の感情なる一撃を制し、そして俺を上から見下す。
完全なる王政。
そしてそれは同時に超強烈なパワーハラスメントを推進する国家でもある。
だから思ったんだ。
跪く?その必要はないなと。
はぁ言ってやったさ。
「俺は極刑を待つ罪人ですが?」
「……っふぅ!!」
王は吐息を大きく吐き出し両目を見開いた。
怒りをこらえた人間は大体こんな感じになる。
だから追撃の手は緩めない。
正論でクリティカルヒットだ。
「最初に無礼を働いたのはそっちじゃないですか。行き倒れた先があなたの凱旋道中で死罪…こんな無法国家初めてです」
=完★全★論★破=
パワハラに対して正論をぶつけて高い所から蹴落とす。
なぁんて気持ちいいんだろう!
俺は鼻歌を歌いながらその場を去ろうとした。
「ふぅふぅ!!マテ…そこに……っふぅ!」
ジャキッ!
俺を連れてきた男…チータが剣を抜き、道を遮った。
「何の真似だ?」
「それはこちらのセリフだ」
「一般市民を冤罪で押し込んで損害賠償請求しなかっただけ良いと思って頂きたい。非常識国家の重鎮は非常識が当たり前のようだ…失礼する」
王は目を見開き言葉を発することもない。
かつてここまでコケにされた事がないのだろう。
「…どこに……いく!話は…」
俺は振り返り言ってやったさ。
ごく当たり前の事をな。
「トイレだが何か?」
人として当たり前の生理現象を前に、王の御前であってもパワハラに屈する気はなかった。
そう、俺は酒を飲んで泥酔してから一度もトイレに行っていないのだ。
そこに来てあの男に馬で引き摺られる始末だ。
トイレに行くことも辞さない覚悟だった。
この一言が決め手となってドヤ顔で退席しようとしたが甘かった。
我慢の限界を迎えた王は、かつてない形相で怒り狂っていた。
「…っふぅふぅ!マスタァァ・ウォシュレェェェェト!!!!」
ダンッ!ダンッ!
20mは離れているのに、たった二歩で眼前に王が迫る。
鬼気迫る形相、血走った目が視界いっぱいに広がる恐怖。
俺は腰を引いた。
「ふぁ!!トイレですよ!?」
「ぬんっ!」
ザシュ!!
「…あぁ、死んだ……」
「正論でも調子に乗るだからだバカ。お前が悪い」
はぁはぁ……
息も苦しくなってきた。
きっと今、美しいレッドカーペットは俺の血で赤黒く変色していることだろう。
違う色も混じってないだろうか?いやそっちは大丈夫だ…と思う。
意識が薄くなる中でチータと王のやり取りが聞こえてきた。
「…やはり白……か」
「その……です。連れて……ます」
「目が…たら……」
「ハッ!」
俺は浮遊感を感じて意識を手放した。
感覚的に視界を回復させたのが直ぐの事だったと思えた。
しかし周囲の状況が時間の変化を物語っている。
窓枠から差し込む光は陽光ではなく月明かりだ。衛星は地球よりも多いらしく、複数個の満月が闇夜を照らし出す。
豪勢なベッドを起き上がり外を見ると、屋敷を警戒する人影がいくつも見えた。
「ふむ、衛兵か監視か判断がつかないな」
自分の状況がよく分からない。
監禁されたのだろうか?それともよい待遇を受けているのだろうか。
王に不敬を働いたのに生かす道理がないから、公開処刑までの保存が理由だろうか?
それならば地下牢にぶち込めばよい。やはり水晶の白いなんちゃら…が関係しているのだろう。
BE COOLだ増田。
俺はそこで甘美な香りにそそられて室内を見渡すと、例の果実が目に入った。
バナナー…のようなもの。
それを一つ手に取り頬張ると、口全体に豊かな香りが広がり足りない栄養を補ってくれる。
一つ…二つと手に付けて満足すると、あの懐かしい感覚が俺を襲った。
「クッ!しびるる…」
シャク…シャク……
痺れに反して口に押し込む手が止まらない。
美味すぎるぜバナナ!
「あひゃひゃひゃ……」
俺は再び意識を失った。
だがそれが分かっていたのでベッドまでは行った。
俺は知性ある生物なので『こいつは毒がある果実だ』という事を学習している。
『食べてはいけない』という学習をしないがな。