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レストルームは今日も宙を舞う  作者: びたみん
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この世界は愛に満ちている

「おい、起きろ。いつまで寝てんだ」

「んっ…あぁ、悪い。ギルドに来てそれから……」


 ギルドに来てからの記憶が怪しい。

 何でこんなことになった?


 隣で転がる髪が薄くなった男…ビルと言ったか。彼を見て少しずつだが何かが思い出せそうだった。

 だが頭の中がモヤモヤして中々出てこない。


「おめぇ何しにここに来たんだ?ギルド登録に来て泥酔したヤツァ初めてだぜ」

「はい。俺も初めての経験です」


 分かりやすく言おう。そう、例えるなら…

 市役所へ転入届を出しに行き、事務処理の真っ最中に泥酔して地べたで寝たのと同じだ。


 こんな迷惑なヤツはそういないだろう。


 しかしこの世界、薄い髪の毛が流行しているのだろうか?

 ビルといい、起こしてきたこの男も髪が薄い…いや、申し訳ない。

 そういう話ではなかったな。


 毛なんか無い。

 頭皮むき出しだぜ。


「その頭…」

「あん?剥げてるからなんだ?エッ??」

「いや、毎日手入れが大変だろう」


 その一言にギルド内が騒然とする。

 どうやらギルド長の頭皮は禁句(タブー)だったようだ。


「はははっ…死にてぇらしいな……」

「毎朝剃ってんだろ?……究極完全体ツルッパゲは存在自体が伝説級の希少種だ」

「なっ!…その通りだ……分かってんじゃねぇか」

「まぁな。ところで仕掛けたのはコイツだ。俺は悪くない」


 隣で寝ている男を指さし、水晶に触れた後に仕掛けられたことを告げた。


「ちげぇよ。受付でなにビール飲んでんだよ」

「なん…だとっ!」


 だから言ったじゃないか!

 受付をテーブル代わりにしたらいけませんって!!


 いや…言ってない。

 心の声だった。


「すみませんでした!」

「ちっ、分かればいいんだ。それよりお前、珍しい反応したらしいな」


 珍しい反応?

 なんの事だろうか。


 あぁ、モヤモヤも思い出したぞ。白いモヤが水晶にかかったんだった。

 だが色とか効果が何を示すのか全く分からん。


「よく分かりません」

「泥酔してればそうだろう」


 いやぁ、そこじゃない!

 勘違いされてしまったが説明求ム。


「ハハハッ…不甲斐ない姿を。いや水晶の事が分からなくて」

「マスター・ウォシュレット。31歳…これ以上の情報が欠落してる」

「クッ…ナンセンス!!マスダ・レオトだ!」

「なに勝手に名前を宣誓してるんだマスター・ウォシュレット。それより出生からの情報がねぇ」


 名前については諦めよう。

 エビーの時に大変苦しめられたからな。禿男からマスター・ホニャララの話は聞きたくない。


 情報の欠落は転移したからだろうし、この世界での情報が皆無に等しいのは当たり前だ。


 しかし出生地が『密林の便器』じゃなくて良かった。

 なんかカッコイイ二つ名みたいだが内容は最悪だ。


「捨てられたんだよ…この近くの密林で生まれ育った」

「…悪い。他意は無いんだ」


 えっ?

 ビッチビッチ跳ねてた活きの良いオッサンが急にヘナッた。


「俺も他意はない。気にしてないから…」


 ガバッ!

 オッサンが突然抱き着いてきた。


「なんでも相談してくれ…」

「まて!そっちの趣向はない」

「俺も孤児だったからな……辛かっただろう。証明書だったな、良いだろう出してやろう」


 何やら勝手に納得したらしいが、証明書の交付は受けられそうだし何の文句もない。

 しいて言うなら…その馬鹿力で締め付けるのをやめろ。


「…よしそれじゃぁ……歯食いしばれ。な?」

「えっ?なん……」


 スパンッ!!バキッ!


「いてぇ…」


 よく見るとギルドの側壁を突き破り、表通りまで吹き飛ばされていた。

 すると馬車で通りかかった商人が驚いて声をかけ来た。


「おい兄ちゃん大丈夫か!?何が…あぁ、冒険者ギルドか。がんばってな」


(なにをがんば…)


「おいおいウォシュレット。受け流すからギルド証がうまく入らなかったぞ?」


 受け流す?

 吹き飛ばされたの間違いだ!

 こっちは大地に向けて、望まないヘッドスライディングをしたのだぞ!!


 貴様と同じ頭になったらどうしてくれる…ハッ!

 こいつは「うまく入らなかった」と言わなかったか?


「それじゃ次、いくぞぉ?」

「ま…ぐヴぁぁあおぉ!」


 ズシャ…ズシャ…ゴロゴロゴロ……


 川に石投げるあれはー、“水切り”って言ったっけか。

 人が地面でそうなるのを初めて実感したが、できれば他人で見たかった。


 ピカァァァァーーー!!


「…なんっ」


 今度は腕が突然光りだして目を開けられなくなった。

 意識が朦朧としているのではない。


「こっこれは!」

「なになになに?なんなのぉぉ!」

「うぁ!きゃぁ!!」


 俺が驚いて腕を振るったから、光があちこちに向いて周囲から悲鳴があがる。

 だが一番不安を煽るものがあった。


 …禿げ野郎も困惑してるんだが。


「…っく、やっと収まった」

「おい、“オープン・ザ・ステータス”と言ってみろ。可能な限り愛情を込めて」


 言われて納得の分かりやすい言葉だった。

 俺はこの世界では当たり前の事だ、何ら恥ずかしくはないと言い聞かせて思いっきり振り絞った。


「さぁ開け!ォォォオオーーープン・ジ・ステェェェイタァァァァス!!」


「「………」」


 周囲の静けさが怖い。

 俺は何を間違ったのだろうか。


 何も起きないんだが?


「プッ…アッハッハッハ!!オッサンバカじゃないの!?あははははは!」

「オープン・ジ・ステータスゥゥゥ…ガハハハッ!」


 周囲から大歓声があがった。

 それはとても親しみを込めて向けられたものだった。


 悪意があるのは別として。


 俺は耳まで真っ赤にして何も起きなかったことに俯いてしまった。


 ピコンッ!


「ん?今度はなんだ?」

「おぉ?」


 禿げ野郎…いやもういい。


「俺は沢山の人から冒涜を受けてきた。お前は禿げ野郎じゃない、このタコ野郎!」

「おぉぉおぉぉ?俺の事をバカにするのかぁぁ!?」


 ゴゴゴゴッ!


 タコ野郎を罵倒した直後、怒りに震えて大地が揺れ動いた。

 その雰囲気に周囲の人間はヤバイと言いながら足早に立ち去って行く。


「本日のご来店…誠にありがとうございました!」

「うあああああああ!」


 バキッ!


 何かがぶつかる音とともに風が突き抜けていく。

 恐る恐る瞼を開けると、そこにはタコ野郎の剛腕を受け止める手があった。


「落ち着けバルザック。ギルド長が新米相手に何やっているんだ?」

「ハッ!チータ、こいつは俺の頭を侮辱したんだぜ?」


 えぇ…

 あなたは私の尊厳を侮辱していませんでしたか?


「ギルド証の発行だろう?もう埋まってるじゃねぇか」

「えっ?」


 よく見ると腕からステータスウィンドウが表示されており、そこに名前や年齢が書かれていた。

 この世界は鉄拳制裁を受けないと証明書も発行できないのか…


 なんて愛に満ちた世界だ。


「ちげぇ、白だったんだよ」

「なんだと?」


 俺を助けたチータと呼ばれた男が今度はマジマジと眺めてきた。

 そして何かを察したかのように両目を見開いた。


「おまえは…!」


 突然チータは俺の両腕を縄で拘束して馬にまたがりだした。

 俺は何をされているんだ?


 もう訳分からねぇ!


 ズルズルズルッ………


「痛い痛い!何するんですか!」

「うるさい罪人!俺は騎士団の人間だ!」

「あっ…イタッ」


 思い出される数少ない記憶。

 その引き出しの中から…


 脱獄したことを思い出した。



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