表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レストルームは今日も宙を舞う  作者: びたみん
4/29

この滑り台は最高です

 俺は背中と頭に柔らかい感触を受けて目を覚ました。

 周囲は暗がりで明かりもなく、どうなっているのかも分からない。


 ふよんっ


 ん?


 ふよんっふよんっ


 右手に不思議な柔らかい感触が襲いかかる。

 スライムか?


 いや、この世界に魔物の類がいるのだろうか?だが危険はないようだった。

 雲で隠れた月明かりが差し込み、徐々に周囲の状況が分かるようになってくる。


「んー、もう一回確認しておくか?」


 だが先ほどまで確認できた場所にもうソレはなかった。


 エビーの胸部と言う無駄なお色気展開を期待した諸兄。

 残念だがそうではない。



 ビイィィィィィ!ビイィィィィィーーー!!



 静かだった森に突然凄まじい警報音が響きだした。

 エビーの同胞と思われる人たちが飛び出し、周囲の警戒に当たる。


「敵襲か!?どこだ!!」

「索敵!集落内!!」

「なんだと!?いつの間に!!!」


 フライ一族が篝火(かかりび)に火をつけると一気に集落の様子が見て取れた。

 地の利があるなら明かり消した方がよくね?


 自分が寝かされていたのは大樹の上に作った家だった。

 そこからの一望は村全体の婦人が見渡せた。


 いや、布陣の間違いだ。


 だが慌ただしさと裏腹に特に襲撃などもなく、この日の出来事は誤報という事で解散したようだった。



 翌朝目を覚ますと、部屋の中に見慣れた銀髪の女性が目に留まる。

 彼女は裁縫をしているみたいだ。


「おはようエビー、よく眠れたよ。あれ?髪伸びたか?」

「え?」


 カシャ…


 なんかエビーが持ってるもん落した。

 俺が重かったせいで、腕がプルプルなのだろうか。


「悪かったな。まさか気を失って運んでもらうとは…」


 ガバッ!


「どうした、エビー?」


 急にエビーに抱き着かれた。

 嬉しい急展開に昇天しそうだが、俺はクールな男だ。


「お帰りマスター…心配したんだよ……うくっ…」

「あ、あぁ、迷惑をかけたな。昨日会ったばかりで」

「昨日!?あなたどれくらい寝てたと思ってるの!」


 昨日エビーに助けられて木の実を食べた。

 気を失って一晩寝ていたと思ったが、どうやら違ったようだ。


「一年よ…本当に、私のせいで起きないかと…」


 えー…

 異世界にやってきた二日目に気を失って一年寝た奴は俺が初めてだろう。


 ここに寝に来たようなものだ。それは旅行と言えよう。

 いや、旅先で一年寝る奴はいない。


 俺はエビーの肩を持って引き離すと、素直に謝る事にした。


「心配をかけた。と言うかなぜ?捨て置けばよいだろう」

「あなたが…私を護ると……」


 スゲー()()()

 こんないい子他に居ないって!!


「ふっ、俺みたいなバカな男に騙されて…」

「えっ?騙してたの?一年も??」

「や、違う。ん?違わない??俺は弱いと思いますけどどうですか?」


 やべぇ、空気が変わった。

 修羅の影がエビーの背後に見えた。


「ばか!」

「ぐはっ!」


 …バキッ!!


 凄まじい力で殴り飛ばされ椅子を破壊してしまった。

 痛みと裏腹に冷や汗が止まらない。軽はずみな言動によってまさかこんな事になるとは…


 だから悪友は俺のことを『喋らなければ一級品』と呼ぶのか。今更理解したぜ。



 俺はエビーの後を追う事も出来ず、ただ壊れた椅子を直す事しか出来なかった。


「この木は降りられん」


 高すぎでしょ。

 まるで高層マンションの屋上階だぜこの居住地。まぁ直ぐに村を追放してくれるでしょう。



 ……そう思っていた時もありました。


 まさか放置されるとは思ってもみなかった。

 死にそう。


「喉がカラカラだ…もういっそ死ぬくらいなら滑落覚悟で降りるか?」


 俺は暇だったので工芸品を作っていた。

 裁縫道具と素材がそのままだったから、エビーの人形を作って遊んでいたのだ。


 なんか5体も作ってしまったが、1体は貰って行くとして残りを置いていこう。

 彼女が子宝に恵まれて子孫が繁栄するように、ささやかな俺からの謝罪だ。


 どうせ集落を出るのならば、二度と合わない彼女の人形を持ち歩いても良いだろう。


 しかし厄介な問題に衝突した。

 トイレだ。


 部屋を見渡すと、一箇所だけ周りから見られない囲まれた隔壁がある事に気がついた。


「こいつは例の奴に違いない。ヒャッホー!」


 バンッ!


 扉を開くとそこは滑り台。

 えっ?なんで??


「きゃ、きゃぁぁあ!!」


 自然豊かな集落に俺の悲鳴が木霊した。それは寝ている者、鍛錬を積む者、飯を作る者。


 みんなに聞こえたに違いない。


 ……ーーぁぁぁぁぁあああああ!!!


 ズザァァァ!!


 砂煙を上げて盛大に滑り降りた。

 こんな長くて安全性を放棄した遊具は初めてだ。


 スリルが堪らなく良いじゃないか。あー…空が高いな。


「もう一回しようかな?」

「えっ?」


 そこで初めてフライ一族が俺を見ている事に気がついた。

 もうね、目が珍獣扱い。


「あ…ここの滑り台は最高です……」

「「……」」


 無反応!360度貫き通す視線が痛い!!


「大変お世話になりました!お達者で!!」

「あ、あぁ」


 俺は直滑降で頭を下げると、その場を離れた。

 いやね、離れるしかないでしょ!


 シューッではなくて、ヒュン!って感じ。

 あんな滑り台は初めてだから仕方ないじゃん……はしゃいじゃったよ。



「んー?誰だあいつは?」

「さぁ?」


 ここに寝込んで一年。


 この時俺はまだ知らなかった。

 フライ一族に認知されていなかった事をな!




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ