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レストルームは今日も宙を舞う  作者: びたみん
29/29

君の名は…

 ツンツン…


「……」


 ツンツンツン……


「……」


 ツンツンツンツンツンツ…


「ツンツンすな!」


 ツンツンしていた主は俺の大声にビクッと身体を震えると、その好奇の眼差しを崩し始めた。

 瞳からは表面張力が限界を迎え、決壊したそれは重力に逆らうことも無く滴り始める。


 子供か?

 どの位俺は意識を失っていたのだ?


 だが俺は、それ以上の気力が湧かない。

 何故かって?


 簡単な話だ。

 荒野を準備も無しに独り歩きしたもんだから、飲料水も無くなり生死の境を彷徨っていたんだ。


「そこに川があるじゃないか!」


 と言い始めた暁には、本当に危険な川を渡る所だったと言える。

 まぁいい。


 今はリズミカルに揺られる体に鞭打って、顔を上げることに成功する。


「コー…」


 これは早朝のおばあちゃんが出す音だ。

 太極拳がしたい訳ではない。


 喉が上手く振動できないのだ。

 もう一度、俺は喉を震わせるのだ…全身全霊を込めて!


 いま!!



「コー…ハァー……」



 ダメだ、完全に太極拳だ。


「水?水なんだね!?」


 通じただと!?

 俺は子供の言葉にブンブンと首を縦に振った。


「ツンツンすな!」なんて大声出すから悪かったんだ。二度としないと反省するしかない。


「さぁ、お飲みよ…さぁ」


 革袋に入った水を飲むため、俺は僅かに口を開けた。

 すると子供は先端に着いた鉄管を勢いよく口に突き刺した。


「ヒュ!」

「えへへー、たーんとお飲み」


 んぎゅる!んぐ!ガバァ!


「はぁはぁはぁ!」

「あ!零したらダメじゃないかポチ!」


 ポチ?

 俺は犬か!


「死ぬわ!荒野で溺死とかどんだけ贅沢な死に方なんだよ」

「アーッ!チップ、また水で遊びやがだな!!」


 クイッ!

 ゴチッ!


「くあっ!」

「てめ、邪魔すんな!」


 巨漢の男が振り下ろしたゲンコツは、チップと呼ばれた少年には当たらない。

 代わりに俺の頭を動かして盾にしていた。


 クイッ!

 ゴッ!!


「ふぐぅ!」

「また!チップを庇うんじゃねぇ!」

「勘弁して……ほうぶ!!」


 最後は横からのビンタだった。

 完全にチップでは無く、俺を狙った気がする。


「水で遊んだのはチップだが…飲んだのはお前だからな」


 正論でした。

 だが考えて欲しい。


 顔を上げた状態で水を流し込まれたら、誰でも高確率でリバースすると言う事をな。


「すまない。貴重な水を…」

「分かればいいんだ。ところでお前は何で倒れていた?魔物でも出たか?」


 鉄拳制裁から始まる物語は、この世界の常識なのだろうか?

 ならば非常識が常識だ。


「いや、飲料水を持たずに歩いていたら、次の街につけなかった」

「お前、地図くらいは持ってるんだろうな?」

「えっ?」

「「えっ??」」


 会話が成立しない。

 街道を歩けば街くらい直ぐに着きそうだが?


「お前なぁ、次の村まで500kmは離れてるぞ?」

「なんのジョークだ?」

「お前の存在自体がジョークかよ。それに賊も多いから、護衛をつけるキャラバンも多いぞ」


 パチンッ!


 やっちまったぜ!

 距離感がまったく掴めていなかった。


「地図を買っておけば良かった…」

「話を聞いてたか?」

「いや、その前に買う金がない」

「……ポチ、貧乏かよ……」

「ポチ言うな、増田……マスターだ」

「何故言い直した?」


 俺はここまでの間に嫌と言うほど名前に苦しめられた。

 そう、俺の名前はマスター・ウォシュレット。


 認めたくない物だな、私の名前と言うものを。


「それじゃ、今日から君の名はポチだね」

「お前も俺の話を聞こうな?」


 これだから男児と言う……やめよう。


「出たぞ!全員構えろおおぉぉ!」

「なに!?兄ちゃん話は後だ!」





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