君の名は…
ツンツン…
「……」
ツンツンツン……
「……」
ツンツンツンツンツンツ…
「ツンツンすな!」
ツンツンしていた主は俺の大声にビクッと身体を震えると、その好奇の眼差しを崩し始めた。
瞳からは表面張力が限界を迎え、決壊したそれは重力に逆らうことも無く滴り始める。
子供か?
どの位俺は意識を失っていたのだ?
だが俺は、それ以上の気力が湧かない。
何故かって?
簡単な話だ。
荒野を準備も無しに独り歩きしたもんだから、飲料水も無くなり生死の境を彷徨っていたんだ。
「そこに川があるじゃないか!」
と言い始めた暁には、本当に危険な川を渡る所だったと言える。
まぁいい。
今はリズミカルに揺られる体に鞭打って、顔を上げることに成功する。
「コー…」
これは早朝のおばあちゃんが出す音だ。
太極拳がしたい訳ではない。
喉が上手く振動できないのだ。
もう一度、俺は喉を震わせるのだ…全身全霊を込めて!
いま!!
「コー…ハァー……」
ダメだ、完全に太極拳だ。
「水?水なんだね!?」
通じただと!?
俺は子供の言葉にブンブンと首を縦に振った。
「ツンツンすな!」なんて大声出すから悪かったんだ。二度としないと反省するしかない。
「さぁ、お飲みよ…さぁ」
革袋に入った水を飲むため、俺は僅かに口を開けた。
すると子供は先端に着いた鉄管を勢いよく口に突き刺した。
「ヒュ!」
「えへへー、たーんとお飲み」
んぎゅる!んぐ!ガバァ!
「はぁはぁはぁ!」
「あ!零したらダメじゃないかポチ!」
ポチ?
俺は犬か!
「死ぬわ!荒野で溺死とかどんだけ贅沢な死に方なんだよ」
「アーッ!チップ、また水で遊びやがだな!!」
クイッ!
ゴチッ!
「くあっ!」
「てめ、邪魔すんな!」
巨漢の男が振り下ろしたゲンコツは、チップと呼ばれた少年には当たらない。
代わりに俺の頭を動かして盾にしていた。
クイッ!
ゴッ!!
「ふぐぅ!」
「また!チップを庇うんじゃねぇ!」
「勘弁して……ほうぶ!!」
最後は横からのビンタだった。
完全にチップでは無く、俺を狙った気がする。
「水で遊んだのはチップだが…飲んだのはお前だからな」
正論でした。
だが考えて欲しい。
顔を上げた状態で水を流し込まれたら、誰でも高確率でリバースすると言う事をな。
「すまない。貴重な水を…」
「分かればいいんだ。ところでお前は何で倒れていた?魔物でも出たか?」
鉄拳制裁から始まる物語は、この世界の常識なのだろうか?
ならば非常識が常識だ。
「いや、飲料水を持たずに歩いていたら、次の街につけなかった」
「お前、地図くらいは持ってるんだろうな?」
「えっ?」
「「えっ??」」
会話が成立しない。
街道を歩けば街くらい直ぐに着きそうだが?
「お前なぁ、次の村まで500kmは離れてるぞ?」
「なんのジョークだ?」
「お前の存在自体がジョークかよ。それに賊も多いから、護衛をつけるキャラバンも多いぞ」
パチンッ!
やっちまったぜ!
距離感がまったく掴めていなかった。
「地図を買っておけば良かった…」
「話を聞いてたか?」
「いや、その前に買う金がない」
「……ポチ、貧乏かよ……」
「ポチ言うな、増田……マスターだ」
「何故言い直した?」
俺はここまでの間に嫌と言うほど名前に苦しめられた。
そう、俺の名前はマスター・ウォシュレット。
認めたくない物だな、私の名前と言うものを。
「それじゃ、今日から君の名はポチだね」
「お前も俺の話を聞こうな?」
これだから男児と言う……やめよう。
「出たぞ!全員構えろおおぉぉ!」
「なに!?兄ちゃん話は後だ!」




