旧友と交わす幻杯
一か月後…
かつてこの街に帰還した冒険者たちは、いつも千差万別の表情を浮かべてギルドの門戸を叩いていた。
成功を喜ぶ者、失意の元に帰還した者、路銀を稼ぐ手立てを考える者。
その中でもひと際近寄り難い雰囲気を出している集団が、いま帰還した。
ギイイイィィィ……
建付けが悪いわけではないが、さび付いた部品が来訪者を知らせる。
このギルドでは見知った顔で有名人のご登場だ。
二か月前なら、歩けば道が開き歓声が上がった。
だが今はどうだ?
道は開くが、口を開く輩は一人もいない。
「今帰った。任務報告をする」
「は…はい。あのリーダーが報告する決まり……」
ダンッ!
受付に乱暴に置かれたそれは、リーダーの愛用品だった木製ジョッキ。
「俺が代行だ…いいな?」
「はい…伺います」
「待ちな。受付嬢を脅かしたって結果は変わらない。奥で聴こう」
スキンヘッドがトレードマークのギルド長バルザックは、三人を執務室へと迎え入れた。
通常の任務でここに入るような事はないし、成功していれば呼ばなかった。
柔らかめのソファーに腰かけるように言うと、三人は動かずにいる。
「どうした?座っていいぞ」
「結構です。豪華なソファーを汚しては叶いませんわ」
「汚すのは面だけでいい…」
「ムサイ……立って報告します」
そう言ってポーチから箱を取り出すと、それをバルザックの方に差し出した。
「リーダービル。以下四名にて求心者討伐を実施。ひと月前に想定地点にて見惚人ジェル・ジュエルと会敵し一度はこれを撃退」
「…やはり求心者は見惚人だったか。戦いは見惚人のそれか?」
ポールは静かに頷いた。
それを見たバルザックは、三人の肩を掴み抱き寄せて涙を流した。
「よくやった…よく、生きて帰って来てくれた…!ビルの死はお前達の命に繋がった…!」
だがその後に続く戦いが厳しかった。
それをしっかりと伝えないといけない。
「度重なる夜襲により、リーダービルが戦死…ぅっ……クッ!荷物持ち、いや仲間のマスター・ウォシュレットが隙を作り撤退戦に移行。四名のうち一名が仏で帰投しました」
「そうか。あの兄ちゃん頑張ったんだな…最後は見惚人になれたか?」
「分かりません!俺達にその雄姿を見せることを、彼は拒みました!」
バルザックは三人を労うと、執務机に戻り袋を取り出した。
その数は4つ。
「敵情視察ならびに敵戦力の分析任務遂行を確認した。報酬だ、受け取ってくれ」
受諾した依頼は『求心者討伐任務』だ。
失敗したポールたちは罵声を浴びせられる事があっても、恩赦を受け取る権利はないと思っていた。
「無理です。受け取れません」
「見惚人相手に五体満足で帰ってきたんだ。自分の身体に褒美をくれてやれ」
「ムサイはもう帰りたい…」
「そうね、とても疲れたわ。バルザックさんの恩赦受け取ります」
「お前ら…ハッ!」
ポールは頭に血が上り、報酬の受け取りを拒否した二人を攻め立てようとした。
だがそこでビルの言葉が脳裏によぎる。
『他人の意見を聞け…』
ポールはバルザックから報酬を二つ受け取り、それをセシリアとムサイに突き出した。
今までならそんな事はしない。彼がコウと決めたら微動だにしないのを知っている二人は、その光景に驚きと共に微笑みを浮かべた。
「ありがとうポール」
「礼…いい人になった」
「そうか?まぁ…こういうのも悪くねぇ」
「この旅で人として大きく成長したな。ビルのリーダー的素質を受け継いだようだ」
バルザックはポールの成長を褒めると共に、本当に惜しい人を亡くしたと改めて実感した。
三人が出ていくとバルザックは箱をソファーの上に置き、戸棚へと向かった。
「確かここに25年物が…あった」
古い写真立てを丁寧に動かし、黄色い液体が入った瓶を取り出すとグラスを二つ並べて注ぎ入れる。
一つをソッと箱の前に寄せると、残った一つを手に取り一気に煽る。
喉が熱くなり液体が体に染み渡るのが良く分かる。
それでいて熟成樽の芳醇な香りが鼻を抜け、爽やかさが後を引く最高の一杯だ。
「冒険者歴25年に幻杯…」
ギルド職員から勤務中に飲酒なんて…と怒られるかもしれない。
本部に言われたらクビだろうな。
「だけどそんなの関係ねぇ。ビル、今日は付き合ってもらうぞ」
写真立ての若い男が笑った気がした。
きっと彼はこう言っているに違いない。
『やっと俺と昼から呑む気になったか!』と。
最期くらい良いじゃないか。
この日、冒険者ギルドの執務室から夜遅くまで明かりが消える事はなかった。
しかし執務室の前まで聞こえる笑い声に対して、二人の間にある絆に水を差すような輩はいなかった。




