受け継がれる志
俺はその手をそっと胸元で握り合わせる。この世界にそういう風習があるとか知らねぇ。
どうでもいい。
俺が知る
俺のやり方で
俺の大事な人を
弔いたい!
「ジィェェル・ジュエェェル!!覚悟しろ、この野郎が!」
「ビルのために最後の時間は何もしない。終わりなら教えてくれ」
余裕の表情を浮かべてジェル・ジュエルは腕を組み待っている。それは敵でありながら良識があり、俺たちにとって嬉しい行動だ。
だが関係ねぇ。
「お前は俺の知る中で最低のクズ野郎だ。パワハラ上司よりな」
「パワハラ?君は僕が知らない言葉をよく使うね」
「おい、マスター落ち着け。確かにクソ野郎だが…」
「勝てないわ。今は条件を聞いて撤退すべきよ」
「マスター…まぢむり」
ビルの仲間はなんて薄情だ!
そう思うかもしれないが、口から流れる血が『そうではない』と言っていた。
ギリギリと音が鳴るほど歯を食いしばっているのが分かる。
こうさせたのはビルだ。
彼の存在と言葉はそれほどまでに大きかった。
「経験者は語るだね。浅慮な考えで物を語らない方がいい」
「知ってるさ。無知は罪だ」
「君たちを生かす条件…それは」
ジェル・ジュエルの目的は最初から分かっている。
だから言われる条件も一つしかないし、ムカつくから俺から言ってやった。
やるからには徹底的に、だ。
「俺の命と引き換えなんだろ?みんなビルを連れて帰ってくれ」
「マスター…」
ポールが何かを言おうとしたが、手を止めて頷きビルを担ぎ始めた。
その後を追うように二人も荒地となった密林を歩き始める。
ザッザッザッ…………
徐々に遠ざかる足音に俺は満足し、ジュエルに視線を向けた。
「それじゃイレギュラー、覚悟はいいね?」
「ビルだけじゃねぇ、エビー達をどうするつもりだ?」
「フライ一族?消滅に決まっているだろう!あんな部族は!!」
ーッ!
こいつは…本当に……腹が立つ!!
訳も分からない理由で、恩人たちを次々に殺そうとするこのグズ野郎。
「おい、俺は社会人だから紳士的に振舞っていたけどな……我慢にも限界ってもんがあるんだ」
「奇跡は何度も続かないから奇跡だ。《流転》流動生物生成」
ハッ!
粘性の必要もないか…
俺は最後のあがきに、ビルから譲ってもらった練習用の剣を構えた。
「底辺なめんな!なぁビル!!」
「さぁ…終幕だ」
『祝福を…我が名を思い出せ……』
スライムは刺突を繰り出した。
セシリアの短剣よりは遅い速度で、俺はそれを斬り捨てた。
「ん?流動じゃ流石にダメか。武器に助けられたな!粘性生成!!」
スパッ スパッ スパッ……カランカランッ
粘性生物の刺突が棒飴のように切断され、硬い物体が地面に落ちる音が響き渡る。
「なんでかなぁ…もうちょっと早ければビルを……助けられたのに!」
「はっ!?バカな…覚醒したのか?チィ!僕は…始末する!!」
ジュエルは俺から一歩距離を取って、覚醒技を発動させる。
だが今の俺にはわかる…それに何の意味もない事が。
「我に真なる力の畏敬と見惚れを、その神の真名は……」
《流転重奏》ハウリングブレス
再びスライムを大量に生成し、再び光の粒子を交互に反射させて光の塊を作り出していく。
これを見る度に思い出す。
守ってくれたお前が最高にかっこよかった…
その大事な奴を守れなかった俺が、最低で無様だ…
そして…
「お前、ムカつくんだよ!《寵愛》リプロダクション」
「何を今更!覚醒技でもないのにハウリングブレスが抑えられるか!」
俺の剣に、相棒の志を借り受ける。
それは灼熱の炎にて、全てを灰塵と化す力の象徴。
《炎帝》ヴォルカニックソード
「な、なぜ!?」
「さぁジェル・ジュエル。お前のフィナーレだ」
ズオオオオオオォォォォ!!!
放出された光源の中に突っ込み、俺は一閃のもとに斬り伏せた。
すると破壊の光は真っ二つに切り裂かれ、その剣閃は炎を纏いスライムとジュエルを切り裂いた。
グアアアアアアアアア!!
今まで上げたことのない断末魔を聞かせ、灼熱の業火の中に消えゆく。
それを遠くから見ていた人物がいた。
「ーッ!マスター…」
「あの光は…ごめんなさいマスター……本当に」
女性二人は地に膝から崩れ落ちた。
自らの命を呈して助けてくれた人に、罪悪感を抱えて謝罪する。
ビルが生き残れなかった技を受けて生きているはずがない…
「二人とも立つんだ。約束を違えるかもしれぬ」
「…そんな言い方!マスターは!マスターは!!」
「ムサイ!ポールの言う通りだわ…今は彼の為にも歩きましょう…」
「…ッくぅ……」
再び地に足を付けて歩きだす。
目的も果たせず、失敗の報告をしに帰還するために。
俺はそんな事も知らず、ただ眼前の敵に対して軽蔑の目を向けていた。
ビルの要望もある。
これが最後だ。
「なぜ、ただのヴォルカニックソードで…負けた……」
「行け、ビルはお前の死を望んでいなかった」
「クッ!後悔するぞ!」
「フライ一族に手を出してみろ、その時が最後だ」
ジェル・ジュエルは俺にかまわず逃げ出した。2度も覚醒技を使ったから、恐らく魔力もないのだろう。
そんな中で頭に話しかけてくる言葉があるが、正直言うと鬱陶しい。
『我が名は炎帝。増田怜雄人に祝福を授ける…』
「今は祝福とか何でも良い。なぁビル、ビール…飲もうぜ」
山肌から登る日の出…それは新たな一日の始まりだ。
俺はポーチから木製ジョッキに注ぎ入れると、美しいオレンジの陽光に背に向けて王都方面に向かって杯を掲げた。
「良い朝日だなぁビル…らしくないか。最高の冒険者に捧げる……乾杯!」




