見惚人の戦い
ビルが突然、漆黒の密林に向けて悪態をついた。
「やり方が小せぇんだよ、ジェル!」
「僕は元々こういう戦い方さ、ビル」
求心者ご登壇だ。
だが求心者なら狙いは俺やビルであって、他者から狙うやり方が汚かった。
「攻撃はあくまで求心者じゃなくて、見惚人としてなんだな?」
「手を出したのはそちらが先だろう?その小娘は警戒心が強くて厄介だからね」
「用があるならさっさと行きやがれ」
「ここにも用事があるさ」
そう言いながらジュエルは粘性生物を数体呼び出した。
ビルが警戒してヴォルカニックソードを構えた瞬間だった。
「がはっ!」
「「えっ!?」」
先程倒した…と思っていたスライムが死角から刺突を放ち、ビルの胸部を貫いた。
「ックソがぁぁ!ヴォルケーノ!!」
ビルが右足を地面に大きく踏みつけると、スライムとジェルの下からマグマが吹き出した。
だがジュエルはスライムを踏み台にして木へと飛び移る。
「相変わらず怖いね。一つ一つの攻撃に気が抜けなくて冷や汗が止まらないよ」
「ぬかせ!消し炭にしてやる…!」
「いきるなよ。もう使えないだろう?覚醒技…」
(痛い所をつきやがる…)
ビルは最後の一言に苦々しい顔をした。
これが意味する事は…
「奥の手は最後まで使わない方がいいよ」
「はっ!あの程度で…まだ使えるさ」
ジュエルはニヤリと笑い、そして顔を隠した。
そこから表情は読み取れない。
「我に真なる力の畏敬と見惚れを、その神の真名は……」
「我に真なる力の畏敬と見惚れを、その神の真名は……」
《炎帝雷桜》
《流転重奏》
ビルの周囲にマグマが吹きあがりプラチナソードは灼熱の剣へと成り代わる。
ジェルは地面から数十体の粘性生物を生成した。
「もう後には引けねぇぞ、ジェル・ジュエル」
「さぁ聴かせてごらんよビル。君のエビローグを」
両者が動いたのは同時だった。
ビルは左手でヴォルケーノランスを生成して地面へと突き立てた。
大地の土は一気に融解し、成分を変えてドロドロに溶けたマグマへと変貌する。
だがスライムは平然とその上を動いている。
「ふふっ…《流転重奏》ハウリングブレス」
スライム同士が互いに細かい光を撃ち合いだした。
それが次第に大きさを増していき、一つの光源へと変わっていく。
それを見たビルは何かを察して大声を上げる。
「屈め!《炎帝雷桜》溶岩ドーム」
大地が隆起し、中からマグマがスライムに向けて飛び出した。
すると頭からマグマを浴びたスライムは発火し、一気に溶け出して光が周囲に飛散する。
光の当たった箇所で小規模な爆発が生じ、木々がなぎ倒されていく。
そして集められた光源の塊が俺たちに向けて吐き出され、放射線状にそれは放たれた。
ズオオオオオオォォォォ!!!
……
………
眩い光が収まり、網膜が周囲の惨状をつぶさに読み取った。
だが理解が追い付かない。
「なんだ…これ……?」
俺たちの目の前には破壊の怨嗟から守るように溶岩が突き出していた。
だがそこ以外の場所は地面が抉り取られ、密林が消滅していた。
俺は溶岩の数を目視で数えると四つ。
どう考えても大事な仲間の数と合わない。
ポール…ムサイ…セシリア……
「ビル?どこなの?」
「あのビール飲みはくたばらねぇ。そんなはずはないんだ!」
「ビル…いない」
「おいビル。ビィィィル!!」
皆が心配してビルを呼びかけると、どこからともなく返事が返ってきた。
だが皆を安心させるような声ではなかった……
「マスター、酒みたいに呼ぶなよ…欲しく……なるだろ」
それは灰のように真っ白な塊。
わずかに人の形だと分かった。
俺はビルへと駆け寄り、煤を掃うように丁寧に撫でた。
「ビル…何してんだよ。ビールが…温まっちまうぞ……」
「わりぃ。飲み友達に呼んだのに、先に……変わってくれるか?」
そう言って後ろにいるビルパーティのメンバーへと変わった。
きっと何かを察している。そんなことは分かっている。
「ムサイ、お前はもう少しコミュニケーションをだな……でもその優しさを捨てるな」
「分かってる…だからポーション飲んで寝てろ」
ムサイの言葉は少ないが、彼女なりに長い言葉だった。
それに満足してビルはニヤリとする。
「ポールいいか、他人の意見を聞け…。お前の守ろうとする気持ちを前面に…」
「オヤジ…分かってんよ。いつもカッとなってさ」
ポールは俯いているが、それが何かを我慢するように歯を食いしばっている。
ビルが今度は息子を見るように優しく微笑んだ。
「セシリアは…生足が綺麗だ。ポールと仲良くな…花嫁衣裳が見たか……」
「ばか…エロジジィィィィ大好きだよぉぉぉ……ぅう」
ビルは悲しそうな表情を浮かべている。
「マスター…」
「おう、いるぞ」
俺はビールを取り出し、ビルの口に入れた。
「ゲフッゲフッ!死ぬわ…寝てる奴に炭酸入れるな……」
「あわわ…そういう意図では……」
「分かってんよ。結局お前の見惚人としての神は分からなかったが、頼む」
ビルは俺の手を強く握りしめてきた。
それが何を意味するのか俺には分かる。
「任せとけ。全員を王都に連れて帰る」
「あぁ…お前なら任せられる。ビール持って声かけて良かったぜ」
「右も左も分からないの俺に、声をかけてくれてありがとう…」
「本当にお前は…最高の…ともだ…」
握り締めるその手から、僅かだが……確実に力が抜けたのを俺は悟った。




