夜襲
俺達は勝利の余韻を残しつつも、大きく騒ぐようなことはしなかった。
その理由はまだ危険な森の中という事だ。
大騒ぎをして獣を誘き寄せ、パーティが全滅しては何の意味もない。
おうちに帰るまでが冒険だ。
「ビルはもう寝たの?」
「あぁ、いつもより呑んでいないな。魔力の供給より体力的な消耗が大きいのだろう」
俺は少し離れた所でチビチビと呑みながら、彼らの話に小耳を立てていた。
だが珍しくムサイが話しかけてきた。
「ねぇ…エビー・フライと……」
「ん?あぁ、話してあげよう。少し前にあった不思議なお話をね」
俺はかつて別の世界に居て、突然密林に現れた。
その翌日にエビーに助けられ、一年間意識を喪失した。
目覚めた俺はエビーを怒らせ、お詫びに人形を作ってフライ一族の集落から逃げて来た事を全て話した。
「…と言うのが俺の直近の生き様だ。信じる信じないかは、あなた次第」
「私は……信じるわ」
「ムサイも信じる」
「俺は信じられないなぁ。白判定を隠すための蓑っていう線もなくはない」
ポールだけ信じてくれなかった。
彼は仲間思いの良い奴なんだが、硬い所もあって人と衝突する事がある。
仲が良い相手には多少気を使って違う意見でも同調したり、柔く違う方向を提示する場合がある。
しかし彼の場合は、自身が否と考えれば後先考えずに真っ向から相手の意見を全否定する。
それは議論にもなり得ないし得な性格ではない半面、結果的に良い方向に向くこともある。
まぁ彼が正解でも全否定する姿勢から、後の関係が悪化するんだがな。
「そうだな、ポールが正しいと言える」
「当たり前だ。突拍子がなさすぎる」
「ねぇポール、確かにそうだけど彼の今までの行動を見れば…」
「それが全て作り物だとしたら?」
「…っ、まぁいいわ。少し私も横になるわ」
「あぁそうしてくれ。特にセシリアは回復で体力を使ったからな」
「そうね、この話も時間の無駄だわ」
ほらこうなった。
ポール君めんどくさい。多少折れろよ。
「ムサイも少し横になったらどうだ?」
「…今日は警戒するに越したことはない」
そう言って俺の横から離れる気配がなかった。
焚火からはパチパチと爆ぜる枯れ枝の音が、全ての思考を放棄させる。
暖かな炎と小気味良い温度が俺の意識を徐々に遠ざけていった。
…
……
………
エビー…すまない。
マスターはよく頑張ってるよ。
エビー?俺はお前に助けられてそれで…逃げて。
んーん。私を唯一……ってくれたから。
良く聞こえなかったな。なんて言ったんだ?
そう、なら起きて。起きて…
……ピーッ……ピーッ!
ん?竹笛??
「起きて!!!」
ハッ!
半分垂れた涎を吸い上げ俺は立ち上がった。
ムサイが武器を構え、ポールは襲撃者からの攻撃を受け止めていた。
「敵襲!ビルは起きない!?」
「ダメよ!完全に落ちてるわ!」
「疲れてるのに酒なんて飲むからだ!」
ビルは熟睡して何をしても起きないらしい。
俺はポーチから解体用ナイフの入った革巻きを取り出してセシリアに放り投げた。
ガンッガンッ!!
「ちっ!もうだめだ、崩される!」
そう言って下がるポールの盾には穴が増えており『例のスライム』からの襲撃と察しが付いた。
ガキンッ!ふにょん…
手斧や短剣でスライムを攻撃するも、やはり効果が表れない。短剣は固くして防ぎ、手斧は柔らかくして包み込んでしまう。
ジリジリとスライムが動き、俺たちは焚火の近くまで防衛線を下げられていた。
俺は焚火の棒を一本拾い上げると、火のついたそれをスライムに突っ込んだ。
だが、スライムは炎ごと体内に取り込み鎮火されてしまう。
「ダメか…」
「ビルの火力がないと無理だ。と言うか覚醒しなかったらビルの炎も消されたしな」
「まぢぴんち」
スライムが一斉に膨らみ、俺たちに襲い掛かってきた。
だがそれを止める男の声。
「炎帝ヴォルカニックソード」
ヴワッと炎が一閃し、周囲のスライムが沈黙する。
「「「ビル!!」」」
「ッチ。ゆっくり酒も呑めやしねぇ」
斬られたスライムは水溜まりとなって沈黙を許していた。
「大丈夫か?」
「ビルの方こそ大丈夫なのか?」
「少し魔力が足りないな。マスター付き合え」
「あぁね。しかし俺まで飲んで平気か?」
「戦力外だわ。呑みすぎなければ好きにしてちょうだい」
「マスター、弱い」
さらっと酷い事を仰られる。
俺は気にしないがな。
焚火から少し離れた大木と葉で作った簡易テントで、ビルはポーチからビールを酌み入れた。
「ちと聞きてぇ」
「かしこまってどうした?」
「神からの声が夢で聞こえたり、不思議な力が使える兆候はあるか?」
さっきエビーの夢を見たが、彼女は女神さまであっても神様ではない。
しかもかなり寝ぼけていた感じがあった。
「ない。本当に魔力が使えるのか?」
「使える。このビールを呑んでも平気なのが何よりの証だ」
「そのヴォルカニックソードは使えない?」
「炎帝に祝福されなければ無理だ。お前は違う神の祝福を受けるはずだ」
「うーん…」
記憶の限り、それらしい事柄は一つも思い浮かばない。
「ならいいんだ。夜襲が獣じゃなくて見惚人ともなれば俺しか対応できない」
「すまない。何かあったら教える」
「そうしてくれ。それじゃ…」
「あぁそうだな…」
そこで難しい話は終了した。
ここから先はゲラゲラ笑うような事はあっても、お涙を流すような話ではない。
三人からの冷ややかな視線は受け流したがな。




