炎帝ビル・ヴェルガノ
もう一体。
セシリアの背後から刺突を繰り出し腹部を貫いた。
「うおおおおぉぉぉ!!」
ビルは再びヴォルカニックソードで攻め寄せる。
スライムはその動きを察知してビルに向けて鋭い刺突を放った。
「ふんッ!」
先ほど斬れなかった刺突を斬り伏せ、スライムを斬り刻むとセシリアを抱き寄せた。
「きっさまぁ!覚悟しろ!!」
「覚悟するのは君たちの方さ」
《流転》粘性生物生成
先ほどのスライムを所狭しと呼び出し、囲うように配置した。
「僕にはやる事ができた。生きて帰れるといいね」
「待て!ジェル・ジュエル!!」
《炎帝》ヴォルケーノランス
ビルの手から溶岩が吹き出しジュエルを追撃する。
だがスライムを生成して壁を作り、追撃を躱して去って行った。
「チッ!マスター、セシリアの介抱を頼む!」
「分かった!」
「殺したら承知しねぇからな!」
「善処する」
俺が殺したみたいに言われても困るが…
ポーチから切り傷に効く薬草と細胞活性剤を取り出した。
まず細胞活性剤を傷口から体内へと流し込む。
「んっ…あ、ぁぁぁぁぁぁああああ!!!」
ピクンッと反応があり、直後にセシリアが苦しそうに悲鳴を上げた。細胞活性剤は凄まじい回復能力を得るが物凄く痛い。
…その間にも俺達を狙ってスライムが攻撃を仕掛ける。
だがポールは盾に穴を開けながらも全ての攻撃を守り、回復作業に専念させてくれた。
セシリアが痛みで失神して沈黙すると、今度は薬草をすり潰しながら傷口に練りこんでいく。
このまま暫く安静にしていれば綺麗に傷が塞がるはずだ。
「応急処置が終わった!」
「よし、セシリアが目覚めたら追撃する!」
えっ?この状況で追撃!?
ビルは何を…そう思った瞬間だった。
ムサイとポールがビルを守るように位置を変え、ビルが淡く輝きだした。
「我に真なる力の畏敬と見惚れを、その神の真名は……」
《炎帝雷桜》
ドガァァァァァン!
火柱が昇り洞窟の天井を突き破ると、洞窟内に陽光が降り注いだ。
さながら噴火に近い状況が巻き起こる。
そこに神々しさはなく、まさに地獄の一光景である。
空気を引き裂く雷鳴が轟き、周囲には稲光が縦横無尽に走る。
だがそれはチリとホコリの摩擦による静電気が原因による副次効果。
炎帝の本領は、煮え滾る焔にこそある。
「ポール、ムサイ、動かないでくれ」
「あ、あぁ」
「…わかった」
『動かない』のではなく『動けない』が正解だ。
周囲を溶岩が生き物のように浸食しスライムをかく乱している。しかも大気中には稲光の嵐だ。
そんな中を走り回る愚か者はいない。
「《炎帝雷桜》ヴォルカニックソード…」
ブワッ!と剣に炎が迸り、一気に素材の融解温度限界にまで上がったのが分かった。
鉄の融解温度は約1500℃。
そんなものに触れただけで、あらゆる物質は形状を維持できずに気化する。
スライムが溶岩を避けるように飛び出すが、数体は稲光にあてられ地面に落ち水溜まりとなった。
それはまるで打ち上げられたクラゲのようだった。
「俺の剣はプラチナソードなんだ。いい装備だろう?」
「プラチナソード…騎士団長クラスでないと手にすることもできない代物だぞ!?」
「ビル金持ち…こんどオゴれ」
「ははっ…借り物さ。俺の本気は鉄じゃ耐えないからな」
「本気?熱って事は…それでプラチナソードか」
「良く知ってるな。白金鋼の熔解温度は約1750℃…鋼鉄製と打合えば相手の武器が熔解する」
アンビリーバヴォ!
人力ビームサーベル…ビルさん最強じゃないっすか。
ビルはヴォルカニックソードでスライムの刺突を撫でると、触れてもいないのに燃え上がり蒸発する。
そして目の前に炎の壁を作り出した。
すると勝手に飛び込んできたスライムが壁にぶつかり熔解していくではないか。
だがビルの凄まじい技にも弱点がある。
それは消費魔力の大きくて長続きしない事と、外気温が物凄く高温になる。
洞窟の天井が破壊されて熱が外へと吹き出してるにも関わらず汗が止まらない。
よく見ると薄いオレンジ色の幕が周囲を覆っており、ビルが熱波を防いでいるのが分かった。
ヴォルカニックソードを振るい、通常の武器ではまるで歯が立たなかったスライムを容易に熔かし斬り捨てていく。
それが気化して燃えながら飛ぶ様はまるで…
桜まい散る炎舞。
「炎帝雷桜…」
「神の祝福を覚醒させた御業だ。マスター…君も祝福を受ける資質がある」
「……」
だが冷や汗が止まらない。
俺にこんな人外の力があるとは思えないんだが。
ジェル・ジュエルの粘性生物生成はそれ単一で軍隊を作れるレベルだったし、恐らくそれ以上の業もあるのだろう。
そんな力を手に入れて俺は正気でいられるだろうか?
そんな思いを察してか、パーティメンバーは優しく声をかけてくれた。
きっとセシリア事件の事は忘れているだろう。
「マスターなら大丈夫」
「安心しろ。本人の使い方次第で武器にも盾にもなるって事だ。セシリアをありがとう」
「ムサイ…ポール……」
「んん……えぇ…なぁにこれぇ」
タイミングの良い所でセシリアが目覚めて周囲の状況に絶句していた。
天井は崩れてるし、周囲は灼熱溶岩地獄。
しかもまだ雷は縦横無尽に駆け巡っている。
それを見て言う事はあるな。
「ビル、これいつ収まるんだ?」
「……そのうち?」
「「えぇ…」」
まさかのコントロール不能。
と言うか複数の事象のうち一部は自然現象だ。
「まぁなんだ。ビル・ヴェルガノ様についてくれば大丈夫だ!」
「いい兄貴だな。でもなビル」
「なんだ?言ってみろ」
「良い名だな」
本当にうらやましいです。
ヴェルガノとか格好良すぎるだろうが。俺なんてウォシュレットだぞ。
お前の炎、ノズルから消火してやろうか?
だがビルはそれを聞いて初めて意表を突かれたような顔をした。
出会ってからずっとビルは俺の事をお見通しと言った感じであったのだ。
「まぁな」
すこし照れ臭そうにそっぽ向いたビルは少しかわいかった。
熱が徐々に引いて歩けるようになると、固まった溶岩を踏まないように気を付けながら出口を目指した。
一見すると熱が取れているが、実際は靴が燃え上がり溶ける超高温の塊だ。
所々から上がる煙がそれを物語っていた。
「んんーッ!でたぁ!」
「セシリア、もう大丈夫なのか?」
「えぇ、マスターの治療が適切だったわ。本当にありがとう」
「いや、戦闘じゃ何もできないから役立って何より」
ビルとムサイは足元を確認しながらジュエルの痕跡を探っていた。
だがご丁寧にスライムを這わせた痕と思われる道が数本に分かれており、どこに行ったか分からない。
「これはダメだな」
「えぇ、今日はひとまず昨日ビバークした場所まで戻りましょう」
「それがいい…なんか疲れた」
それにビルのアルコール…いや魔力を補給する必要があるから、今日のところは休むという事で全会一致した。
補給中に襲われたら一溜りもないからな。
なんせこっちは飲酒運転だ、ジュエルが止まってても斬れないぜ。




