子々孫々まで護ろう
俺はいま蔓に絡まれて大木へ宙吊り状態になっている。
そして鋭い矛先でお尻をツンツンされているのだ。
…銀髪赤眼の美女に。
この新しい気持ちが芽生えそうな…あいや違う。
どうしてこうなったか説明しようと思うが、その前に聞いてほしいことがある。
少し時間を遡ろう。
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一先ず転移した個室と便器を隈無く調べる事にした。
するとワープホールが出現!
なんて事はない。
だが給水タンクの水が無限湧きする謎事象に見舞われた。
そして俺は迂闊にも給水口の浮力ボールを外してしまったのだ。
後になったら簡単に分かる事だが…俺はただのバカじゃない。
最高級のバカだ。
「どうなってるんだこれ?…ンブヴゥ!!」
水が止まらなくなった。
放射口を手を押さえてさらに大惨事。
なんの水か分からない物を顔から被って床まで水浸し。
まぁ、床は大地だが。
「くっそ…どうなってやがる……しかし腹減った」
顔面逆噴射を受けながら浮力ボールを元通り取り付け、食料を探し始めた。
食料がないのはまずい。
だが散策の過程であることに気がついたのだが、知的生命体の反応がまるでないのだ。
単に探すのが下手くそなだけなんだが、そんなものを一介のサラリーマンに求めるな。
それがあれば暗殺者かSPになっている。
しいて言えば人混みをぶつからずに進める不思議な能力だけだ。
あっ、失敗時オート謝罪は基本性能な。
お世話になっていないけど「いつもお世話になっております」。
試供品を試した人に「弊社製品をご愛顧頂き……」。
社会は不思議で一杯。
いや、よほど地球の方が謎で満ちていたのではないだろうか。
すまない。
話が脱線した。
蒸し暑い密林をずぶ濡れで歩いたせいで、予想以上に体力を消耗したのだ。
「くっ…こんな事なら高カロリービスケットを持ち歩けば…」
だがしかし、ビル群の建ち並ぶ大都会で誰が遭難すると思う?
しかもトイレで。
もうね、トイレなんて入らなければ良かった。
いや、これは極論だ。あのとき非常事態だったのは違いない。
辛い思いをして『二度と酒など飲むか』と誓うアレに近い。
実行不可能な約束で、政治家の口約より達成率が低い。
「おれは…こんな所で死ぬ奴では……ハッ!」
虚な瞳で見えたそれは、間違いなく果実。
しかも地球で言うバナナに似ていて、とても甘美な香りを遠くまで漂わせている。
「うおおおぉ!!今ある俺の全てを…出しきる!!」
ダッシュでそそり立つ樹を登り、勢いで手を伸ばす。
それまであと…指一本!
「まだだ…まだ!届けえぇぇぇ!!!」
眼前に青空が広がり、背中にGを感じる。
だが落下する中で確かに感じた。
俺の手にあの果実を。
ドサッ…
「ふふふ…ふははは!!どうだ!俺には出来る。できているぞ、見ているか!?」
誰も見ているはずはない。
ここはジャングルの僻地だ。
シャク…シャク……
わずかに抵抗を感じるが旨い。
水分は豊富にあり、一口食べるごとに体の不足した何かが補われるのを感じる。
まるで力が沸き立つようだ!
これが…異世界の食物!!
「ふふふ…舌まで歓喜に震えているようだ。すびゃらちい……?ひぶめこ……」
『あいうえお』が言えない。
…なんだと。これは神経毒では!!
でも美味い。
口に放る手が止まらないぜ。
シャク…シャク……
こう言う毒だいうことを知りませんでした。
良い子はよく分からない物を、直ぐに口に入れてはいけません。
「あひゃひゃひゃ……」
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「こうして今、俺は美女に突かれているのだ。幸せを感じずにはいられない」
「何言ってるの?バカなの?」
「あぁ、最高級のバカだ。ご賞味あれ」
……ブツッ!
「いでッ!何する…んですか?美しいお嬢さん」
「……敵意はない」
俺は去ろうとする銀髪の彼女に言葉を投げかけた。
「俺を連れて行ったほうがいい(もう一人じゃ無理です)」
「なんのメリットがあるの?」
「子々孫々まで護ろう(子供沢山がいい)」
「……ざーこ」
そのまま彼女は去って行ってしまった。
ふふふ…自分でもニヤけているのが分かる。手応えがあった!
「やべッ。BE COOLだ増田」
周囲を見渡すが誰もいない。
そう、俺はクールでなくてはならない。
なぜかと言うと、社会に出る前に親しい友人から言われたからだ。『お前は喋らなければ一級品だ』と。
彼とは仲が良かったが、彼との関係を周囲の人間は良くこう評価した。
『悪友である』と。
意味は分からないが良い響きだ。類義語に反面教師がある。
勉学に勤しむ若人は辞書を引くようにしなさい。