悲劇と喜劇
言われて進んだ突き当りに『Rest Room☞』の看板があった。
不快指数マックスのこの洞窟で俺は用を足せるのだろうか?
ふッ…そんな事はどうでもいい。
命がかかっているのだ、用を足している場合ではない。
そんな事を考えながら奥へと進むと、素掘りから突然綺麗に壁が削り取られた空間が現れた。
「なんて言うトイレ……ベガスもびっくりだぜ」
岩盤を掘り進んだらそこは花崗岩(御影石)の岩盤だった。
そこを綺麗に加工して見事なトイレへと変貌させた。そこに照明として油の篝火…
なんていう白とオレンジの調和がとれた空間だ。
これなら落ち着いて物事を済ませられる。
「いやちがう。俺はここに用を足しに来たんじゃない……」
レストルームから飛び立ったあの時の事を思い出す。
そう、便座に腰かけて考え込んでいた…つまり祈るような恰好をしていたはずだ。
今なら自信があるぜ。
神にでも祈って逃げたいくらいだからな。
俺はゆっくりと隔壁を開け、いざ死地へと旅立つ。
だが目の前の光景に絶句した。
「ーッ!?便座が……!」
ない!
和式だ。
椅子の代わりに埋め込まれたオマル形状のそれ。
これでは祈りのポーズが取れない…!
いやまて、BE COOLだ増田よ。
水を流す先端部分に座ればいけるんじゃないのか??
…やや厳しいか。
かくなる上は…女子トイレ……だが、さすがにモラルに反する。
完全にコンプライアンス違反だ。
その前に法律違反か?ん、この国の法律が分からん。
想定外の事態だ…そうか!
バンッ!バンッ!!
俺は外に飛び出し三つある個室を手当たり次第に開いた。
すると一番奥に…
「あった……」
見慣れた椅子。
洗練されたその流線形は、全ての無駄を省いた究極形。
俺はズボンを下ろし、転移することに全神経を集中した。
…
……
…………?
何故だ!なぜ転移装置が起動しない!?
いや待て落ち着け。もしかしてあれか?あぁ…しないといけないのか??
しかし躊躇われる。
借りた手前、使うのはやぶさかではないのだが…途中で起動したらどうなるんだ??
考えるのはやめよう。
やはり便利な物にはリスクが伴う。
それが人としての尊厳だったとしても…だ。
さぁやろう…いや、ポーズだけな。
「神の力を見せてやろう、起動せよ!時空間転送装置」
全神経を集中して起動条件をいま…!
…いま!
………いま!!
「何もおきねぇ……」
コンコン…
「あの、大丈夫ですか?お腹痛いのですか??」
「…あ、大丈夫です。直ぐ出ます」
俺の尊厳が静かに息を引き取った。
この後は、ただ平然を装うことしかできない。
スマートに扉を開け、外に出て最高にクールなスマイルを向けて大丈夫な事を告げるんだ。
さぁ!
ゴォォ…ゴゴゴ……ガチャ…。
「セシリアさん、心配をかけました」
「きゃ…」
「えっ?」
「きゃぁぁぁぁぁ!」
もの凄い勢いでトイレから出て行く彼女の背中を見て、俺は額に手を当てた。
「下、上げてねぇじゃん」
社会的に死んだ瞬間であった。
だがこのままではどうにもならないので、俺はやる所までやることにした。
トイレから出てジュエルのいる部屋へと戻った。
開口一番、仲間から罵声の嵐。
「へんたい…!ムサイは軽蔑……」
「マスター、後から行ったセシリアが泣いて出てきたぞ!」
「きさまぁぁぁ!女子トイレで何をしていた!」
ストレートすぎて生卵の方が痛くない。
心的に。
だがここはもう引き下がれない。
押し通すしか俺に道は残っていないのだ。
「はっ!ぶら下げる物が小さいと言う事も小さいな!ポールよ」
「なっ、何を根拠に…」
「俺はお前のイチモツを…見てるんだぜ?」
「ムサイは知らない?セシリアは知ってる?」
「えっ?やだ…ビルの方が詳しい……」
もはや人類の命運をかけた戦いから、人と人の醜い低レベルな争いへとシフトチェンジしていた。
「今はそんな時ではないだろう!」
えっ?まさかの助け舟!?
ビルさんさすが!
「そうね…今は求心者を倒すことが先決。不毛な争いは後でいいわ」
いや、当事者が何を言う。
後でまた言われたくないんですが。
「いやダメだね。俺は倅をバカにされたんだ、引けねぇよ」
ポールさんナイス!
「そうだな。決着をつけよう……」
「喰らえ!!」
俺は目の前に迫る盾を構えた巨漢を受け流そうとした。
だがそんな計画などゴミ箱に捨てられてしまった。
ガンッ!
「なぜ…」
「へっ…酒飲みは放っておけないからな…!」
ビルさん超イケメン!
この一言に女性陣も顔を赤くして黄色い声を上げている。
「同じ趣味とあれば尚更な…」
…んん?
同じ趣味??
「見せたがり…だからなッ」
やべぇ、尊厳を自ら燃やし尽くしてる奴がいる!
誰か自警団呼んで自警団!
あ、俺も連行されるわ。
だが…ちょっと待ってくれ。
「なぁビル…俺はビルと同じ趣味などないし、あれは事故だった」
これで完璧に自己擁護できた。
無実だ。ふふふっ。
あれ?
って言うか……
「何でセシリアは男性用トイレに来たわけ?」
「「……えっ?」」
「べべべ別に見たいわけじゃないし!心配だったから着いて行っただけだし!!」
「お前…女子トイレに行ったんじゃなかったのか?」
俺とビルはセシリアの顔を見ると、どこかへと顔を背けてしまった。
その様子を見ていたポールは挙動不審となり、顔を真っ青にしている。
そういう事だったのか…
「セシリア…お前……」
「ちっ!違うわ!!」
「セシリーもう無理。ムサイも知ってる」
「あぁ…あぁぁぁもう!そうよ、私は好きよ?何が悪いっていうの?!」
まさかの告白!
でもポールがかわいそう過ぎて直視できない!
「まて、俺は今うつつを抜かせない…」
「そうだよ。マスターには大事な物がある」
そう言ってムサイが指さすのは俺のぶら下げた人形だった。
それは愛情込めて作られたお手製、誰がどう見ても大事にされている代物だった。
「お前…それは!?」
「チッ!バカやってないで来るぞ!スイッチ切り替えろ!」
「「おう!(えぇ!)」」
俺達の喜劇を見ていたジェル・ジュエルが、俺の人形を見た途端に突然唸りを上げた。
第二ラウンドはここからだ、負けるわけにはいかない…
だからみんな頑張れ。
カッコよく言うが、俺には何もできないからな!!




