見惚人ジェル・ジュエル
洞窟の中は湿気を帯びていて、所々から水滴が天井より落ちてくる。
それが身体に落下してくるため不快極まりない場所だ。
ピチョン…ピチョン…
先頭を行くビルは、松明の明かりを頼りにゆっくりと進む。
跳ねる水滴を目の前にして、我々は平常心を保つのに必死だった。
ピチョン…ピチョン…
「気を付けろ。どこにトラップがあるか分からないぞ」
「…ンヴッフ……」
「えぇ…クッ……」
ピチョン…ピチョン…
先頭を行くビルの頭に皆の視線が集まる。
みんな笑いを堪えるのに必死だった。
「なんであんなに…ふふっ」
落ちた水滴がビルの薄い場所(つるつる光沢ヘッド)へ直撃。
しかも眩しい。
松明の明かりではない。それに反射したビルの頭だ。
「ビル」
「ん?どうしたムサイ」
「まぶしい…」
ピカッ!と光る頭にド直球。
誰かあいつを止めろ。
笑いで息の根が止められる。
「お前ら集中しろ。いま俺達は敵の胃袋の中だ」
「はぁはぁ…そうね。でもお願い」
「あぁそうだ。ビル交代してくれ。そうしないと俺たちの腹が死んじまう」
「チッ…ポール頼む。風の流れが変わったから、この先が開けてそうだ」
それを聞いてポールは真剣にうなずいた。
どのみち先頭を進むのは盾技士のポールが好ましい。
俺達は慎重に奥へと歩みを寄せた。
すると徐々に天井が伸びていき、やがてホールのような場所に出た。
例えるなら野球が出来そうなくらい広い場所。
その場所に一人の男が立って俺たちをお出迎えしてくれた。
奴がこの不快指数MAXの主…
「…よく来たねビル。僕は君を歓迎するよ」
「ケッ…やっぱテメェかジェル・ジュエル。郷に帰れよ」
知り合いだろうか?
だが4人が武器を構える様子から、それが好感の持てる相手ではない事が分かった。
「そっちの武器も構えない奴が白?いや…もう見惚人かな?」
「ただの荷物持ちだ。いいか、俺達は敵であって仲良くお手手を繋ぐ間柄じゃねぇ」
「やだなぁ。君と手を繋ぐ友達なんていないでしょう…」
それを聞いた仲間たちはビルの方へ歩み寄るとこう言った。
なんて仲間思いなんだろう…
「確かにな。ビルとは手を繋ぎたくねぇ」
「そうね、私もゴメンだわ」
あれ…おかしいな。
彼らは弁護のために立ったのではないのか?
「ビルへんたい。前も襲われた」
「えっ?今それを言うの??」
「「えっ??」」
驚愕の新事実!
ビルはムサイを襲っていた!
「まぁ…こんな奴でも大事な友人だ」
「そ…そうね。命とは別問題よ」
別問題にされた。
後で再沸騰して湧き上がる事だろう。
「貞操守った」
「……ジュエル。やはり白の調査が目的なんだな?」
ビル、話をすり替える。
まぁどうせビールのせいだろう。仲間内はみんなそう思ってるに違いない。
「くくくっ…僕たちは均衡が保たれている。いつだってそうさ。そうだろ?ビル」
「あぁ、だがお前も国境を越えて動けばどうなるか…」
「僕は寝床を持たない。僕を縛ろうとする国をいくつ滅ぼした?」
ジュエルは指折り数えながらそう告げた。
一人で師団クラスに匹敵する兵器人間はビルのように留まらないのだろう。
「分かっている、分かっているさジュエル。だから俺たちは手を繋いじゃいけないんだ」
「それなら、なぜ異分子を殺さない?」
「殺して良い理由はない。時期が来れば旅立ってもらう予定だ…」
「後天的に発現した者などいない。俺達とも違うのだぞ…ビル!」
ジュエルは凄みを効かせてビルに歩み寄った。
どうやら俺は相当イレギュラーで殺されてもいい人物だという訳だ。
要約しよう。
30才過ぎの見惚人候補が突如出現して世界がビックリ。
しかも既にビルを抱える国が、そのイレギュラーを取り込もうとしている。
これで世界が大混乱。
いやぁ、ひどい話だ!
絵本にも出来そうにない。
そして狙いが俺という事は、ビル達を無視して俺を殺そうとするに違いない。
それでビルは先ほど俺を『荷物持ち』とボカしたのか…
だが俺としては関係ないと言いたい。
この世界にトイレと一緒に飛ばされただけなのだからな。
早々に退場して身の安全を確保すべき案件だ。
災害級の危険人物を前に、棒立ちなどアホの選択。
しかしどうやって逃げ出したものか…
逃げるには、攻撃者より強いか足が速くないと逃げきれない。
地の利があればその難易度は低下するのだが、ビルの言葉を借りれば「敵の胃袋の中」だ。
到底逃げれたものではない。
「なぁ一ついいか?」
「マスター、今はただ黙っててくれないか?」
ビルが余計な事を口走るなと警告してきた。
折角ボカして少しでも相手の思惑を外そうとしているのだ。俺と言う存在が邪魔でしかない。
だが一つ言いたい。
なぜ、俺を連れてきたと。
「いやすまない。トイレに行きたくなってな…生活しているならあるだろう?」
「どうせその辺でしてるわ。聞くだけ無駄よ」
「トイレなら来る前にすませとけ…」
「まぢ空気」
辛辣なお言葉を頂戴した。
しかも仲間から。
そしてジェル・ジュエルからも…
「甘いなぁ…君たちは本当に甘いよ」
「悪いな、冒険慣れしてない奴でな」
「そこを入って奥を右手に曲がれ…左が男性だ」
「「あるのかよっ!!」」
「悪いね」
そう言って俺はソソクサとトイレの方に逃げ込んだ。
俺の仮説が正しければ、トイレから王都の宿屋に飛べるはずだ。
なんせこの世界のレストルームは宙を舞うからな!




