敵の領域
昨晩ビルが「敵拠点のサーチ内に入る」と言っていたが、周囲の変化がそれをつぶさに物語っていた。
言うなれば異様の一言。
密林自体に大きな変化はない。
だが魔獣などの生命的な気配が弱くなっているのだ。
これまでなら、ムサイの時のように獣の方から襲い掛かってくる事が多かった。
だがこの地域はどうだろう?
まるで死んだ森だ。
そんなことを考えながらビルの後をついて歩くと、突然ビルが足を止めた。
「どうしたビル?」
「んー…王の軍隊はこの辺りで撤退したな」
「なぜ分かるの?大軍が押し寄せた足跡や伐採痕はないわ」
「直感だが…しいて言うならばこれだな」
そう言ってビル、セシリア、ポールの三人は何やら考察を始める。
荷物持ちの俺にはあまり関係ない話なので、周囲を見渡すとある事に気が付いた。
「この辺り…なるほどね。おいビル……」
俺はビルに進言するため振り返り歩み寄った。
そこで何かを踏んだ。
ぷよんっ……ツルッ!
「ふぁ!?」
「えっ?きゃっ!!」
「いつっ…大丈夫か?ムサイ」
「だいじょうぶ…くない。まぢ悲劇……あふっ」
ムサイから変な吐息が漏れた。
何かを踏んだせいでバランスを崩し転倒したのだが、すぐ後ろにいたムサイさんを押し倒してしまったのだ。
すぐにムサイを抱き起すと、ビル達が駆け寄ってきた。
「大丈夫か?あぁ、そこにもあったか」
ビルに言われて足元を見ると、足と同じ大きさ程度のジェル状の塊が落ちていた。
ムサイは俺の手から離れて周囲を警戒する。
「何もない…」
「あぁ、ひとまず大丈夫そうだ。それは敵の技の一部だ。そう言えば何か言おうとしてなかったか?」
「良い香りのする果実がテリトリーに入ったら一気に減った気がする」
「ん、そういえば…」
4人は周囲を見渡すと、俺の言ったことを理解してくれた。
だが一人…ビルはプルプルと震え始める。
「ばかな…!そんなことが……!」
「お、おいビルどうした?」
「あれよ!まずいわ…ストックは?!」
「…まだある」
そう言ってムサイはポーチから木製ジョッキを取り出しビールを注ぎ入れた。
「ビル…はい」
「ぁぁああ」
震える手でビルはジョッキを受け取り、それを一気に喉に流し込んだ。
しばしの時間、ビルがのどを潤す音だけが周囲を支配した。
「ビルはこの薬がないと…」
「そうね。本当に大変な病気だわ」
周囲が心配する中で俺だけ別の事を考えていた。
これあれだ。
アルコール中毒の禁断症状だ…呑みすぎだぜビル。
「マスターはまだ日が浅い…だがじきにこの病気とも向きあう事になる……」
ビル…それはアル中と言うんだ。
そう思っていたのだが、少し事情が違う雰囲気が出てきた。
「見惚人は魔力を摂取する必要がある…あのビールには緑の果実が使われているんだ…」
「…なに?」
「緑の果実を知らぬか。それは見惚人以外が食べると死ぬから俺専用のビールだったんだ」
「……なんだと!」
色々と突っ込みどころが満載だ。
まずそれならば『酒』にする必要性が全くない。やはりビルはただのアル中だ。
次に、俺は緑の果実を嫌と言うほど知っている…
血の気の引いた顔を見たメンバーが心配そうに声をかけてきた。
「まぁ強力な物には管理運用の大変さがある。がんばれマスター」
「そうねポールの言うとおりだわ。でもビルみたいに楽しみも見つけられるわ」
「へへっ…実は同じ境遇の友が出来て嬉しかったんだ…」
なんて事だ!
みんな盛大に勘違いしてやがる。
アル中になった自分など想像したくもないが…そうではなくてだな。
『エビー・フライは俺を殺す気だった』
その事実が驚愕に値するのだ……!
この世界に来て二日目、俺はエビーさんに貰った緑の果実食べて一年昏倒したぞ!
クィックィッ…
すると背後から上着を引っ張る感覚を覚えて振り向くと、さらに現実と夢の狭間に苛まれた。
「マスター…がんばる」
ムサイさんが…応援!
今まで浴びせられた罵倒の数々……それはご褒美じゃなかった!
いや、そういう趣味の話ではない。
彼女から「がんばる」と言われれば嬉しくないはずがないじゃないか。
「ありがとうムサイ。でも大丈夫だ、受け入れているから」
「ふあぁ…えぇっと……受け入れる?」
「この境遇をね?」
聞いていない。
手を顔にパタパタさせているが、なんだろうあれは。
なんか彼女は盛大に勘違いしていないだろうか?
昨日の一件から何かおかしいんだが…
まぁいいだろう。
「ビル、大丈夫そうなら先に進もう。在庫が切れたら大変だ」
「そうだな…すまない、求心者を探し出そう」
「待って、あれ洞窟よ」
セシリアが指さす方向に、人が二人入れるほどの洞窟があった。
それは木々で巧妙にカモフラージュされており、相当注視しないと気が付かない。
「香しい匂いがしてきたな…いくぞ」
「「「おう(ええ)」」」
洞窟へと誘われるように俺たちは入って行った。
ここは既に求心者の領域。
俺たちはその網に半分足を掬い取られていた事に、まだ誰も気が付かなかった。




