旅と探検と冒険
ひと月の間、よく俺は勇者パーティについて行ったと思う。
そんな自分を褒めてあげたい。だってそうだろう?
今のご時世、地球では荒野や密林を抜けて旅をする機会は作らないと訪れない。
だがそれ以上に困ったこともあるんだ。
それは盾技士のポールと短剣技士のセシリアがデキてたって事だ。
そう…あれは少し前の夜の事…
ビルと剣の鍛錬をしようとベースから離れた時の事だ。
「多少力がついてきたと実感するよビ…」
「シッ!」
ビルは俺の言葉を遮ると、静かにするように指を口元にあてた。
大木に隠れて気配を消すと、何やら怪しげな会話と吐息が聞こえてくる。
「ねーぇ。この旅が終わったら…もういいでしょう?」
「どうだろうな?ビルの事も心配だし…」
「とか言ってぇ、上と下の言ってる事がぁ…違うわよ?」
「…ック!今は甘んじよう……」
…という事があったのだ。
続きが気になるって?
仕方がないな。
「ビル、少し離れてやらないか?」
「……」
「おい、ビル」
俺は反応のないビルの肩を掴んだ瞬間だった。
あの時のビルの目を忘れないだろう。それは…血走った目をしていた。
「あぁそうだな。やろう」
「待て、ビル、お前…違う事を考えていないか?」
「何も違わないさ。俺たちは出会った時からそうだろう?マスター」
やはりおかしい。
俺の鍛錬をするためにここに来たはずなのに、何を言っているんだ?
「落ち着けよハゲ…ちがうビル。呑みすぎじゃないか?」
「あぁ、そろそろ溢れそうなくらい呑んだな」
「何が!?ちょちょちょ!その勇者の剣をしまって!!」
俺は危険を感じて、ビルから一目散に逃げた。
ドドドドドドドッ!!
「いいいいぃぃぃぃぃぃヤヤァァァァ!」
「………」
普段戦闘に使う筋力を全力投球で逃走に使う。振り向くと見える悪魔…
しかも光剣がチラッチラッと見えている。
「ッア!グヴァァァ!!」
木の根に躓き盛大にすっころんだ俺は5mもの距離を転がり、一回転してビルを正面に見据えた。
「アー…ユゥー……オーケィ?」
はぁはぁ…いてぇ…
目の前にビルが迫り、俺の膝を抑え込んだ。
「I can't do it !!」
「You can do it !!」
「アイ・キャント・ドゥイット!!」
俺は魂の叫びをあげた。
だがビルも負けていない。
「ユゥー・キャン・ドゥ…イット!!」
「わぉ……エクス…カリ……ボゥ」
目の前が神々しく光って眩しい。
いや、光ってるのはビルの頭か…今は下半身だ。
俺の貞操がここで終了することを悟り、勇者は勇んだ。
だが救世主現る。
「おいビル!またやったかっ!!」
「私たちの声に感化されちゃったの?まったく…」
ポールとセシリアが物音に気が付いて追ってきたのだ。
ギリギリのところでビルは抑え込まれ、そのまま引き摺られて行った。
その後をとぼとぼと戻ったら、ポールとセシリアから慰められて何事も無かったかのように振舞われた。
だから俺もそうしたんだ…でも思うんだよね。
悪いの、あの二人じゃね?って。
実はビルは呑み続けるとやがて暴走する時が来るようだ。
はた迷惑な話だが、呑んでいるビールが特殊な材料で作られているという事を後で知った。
こんな困った珍事もあったが、このパーティでは楽しいことも多い。
何だかんだとビルとの呑みは楽しいし、ポールと相撲をとるなどオフタイムはリラックスムードだ。
もちろんセシリアさんとも相撲をとったさ。
色々と不可抗力はあったのだが、セシリアさんもなぜか喜んでいたのでいいだろう。
その時のポール氏から受けた殺気は忘れない。
なんでだろう。ぼく分かんない。
だが解決すべき課題はもちろんある。それはムサイさんだ。彼女だけが中々心の壁を開いてくれなかった。
「ムサイはこの後どうするんだい?」
「…火起こし」
「それはビルに任せて、俺と一緒に果実でも探さないか?」
「……断る」
ムサイさんは攻略難易度高すぎないか?
ひと月も一緒に旅をしてまともな会話も成り立たない。
するとそれを片耳で聞いていたビルが立ち止まり、皆に指示を出した。
「よし、そろそろ敵拠点のサーチ内に入る。今日は早いがここでビバークするぞ」
「「「了解」」」
「ポールとセシリアは風よけを作ってくれ」
「おう、セシリアは向こうを頼む」
「魔物も強力になってきているから一緒に行きましょう」
そう言って二人は大きめの葉や木々を集めに行った。
ビルは自分もやる事があると言って、俺とムサイの二人で食料調達を依頼した。
「…一緒になったね」
「断る」
「えぇ…俺一人じゃ死んでしまう」
「まぢで無理」
俺は刺さる視線を受けながら、トボトボと歩いて果実や獣の捜索を開始した。
ジビエには慣れたもので、むしろ変な魔物の肉より美味かった。
ウサギに向けて投擲を繰り返し、仕留めた獲物の血抜きを行いながら果実を探す。
「んーこの辺りにありそうなんだが…」
距離はありそうだが芳醇な果実の匂いがする。
あれは間違いなく俺の大好物バナナだ。




