この世界の魔法
訓練のために剣を構えたビルは、普段より気合が入っているように見えた。
俺も借りている剣を構えると腰を落とすと、直ぐに打ち合いが始まる。
軽い剣撃が火花を散らし、それがウォーミングアップであると理解させられた。
空気が変わったのは、やや息が上がり始めて身体がいい感じに温まった頃だった。
ビルが突然構えを解いたのだ。
「よし良いだろう。今日は少し違うものを見せてやる」
「なんだ?新しいエールか?」
「ハッ!生憎だ。日は浅いがお前には見せておいた方が良いと思ってな。パーティメンバー以外知らないから誰にも言わないでくれ」
「…なんだよ急に」
するとビルの体が淡く輝きだし、月夜を遮る常闇の森林を照らし出した。
それはまるでホタルのようだった。
頭の薄さも含めてだが。
「ビル…死ぬ気かお前!」
ホタルは繁殖のために必死に光る。
そしてその晩のうちに命の灯火が消えるのだ。
だが俺のボケにも反応せず、ビルの眼差しは変わらないまま見据えていた。
あのビールの時もそうだった。
「動くなよ。死ぬからな」
「へっ?」
俺の素っ頓狂な声に対し、ビルは剣を横なぎに振ぬくと一迅の炎が頬を掠めた。
鋭い切っ先による出血はない。
軽い火傷を負い傷口が塞がったのだ。
炎はすぐに消え失せ、再びの常闇が場を支配する。
「《炎帝》が一つ、ヴォルカニックソードだ。本来なら蒸発している思ってくれ」
「…あっ……」
魔法を見た時の反応は大体同じなのだろう。
呆然とする俺の様子を見て、ビルは苦笑いを浮かべていた。
「今のが魔法だ。神に祝福された者だけが扱える」
「すごいな。まるで魔法だ」
「…俺の話を聞いていたか?まぁいい。魔法が使える俺達の事を【見惚人】と呼び、それを狙うのが【求心者】…今回の討伐対象だ」
「じゃぁ、この国はすでに見惚人を一人抱えていたのか?」
「そうだ。この世界に指折りしかいない内のな。そしてマスター、お前も…」
もしそうであるならば、やはりあの王様はクソ野郎だ。
他国に渡したくないのは分かるが、少数しかいない見惚人を二人も抱えようとするとは。
増長した欲望をむき出しにされると、本当に反吐が出るようだった。
そういえば俺、謁見の途中だった。
……まぁいいか。
カモがネギ背負って鍋に向かってると知れば、王の血圧はまた上がるだろう。
ざまぁねぇな。
「だが正確には見惚人と候補者一人だ。マスターは能力を使えないし見惚人と確定していない」
「なぁ、空間を転移する能力…とかあるのか?」
「いや、聞いた事がないな。まぁ祝福した神によって能力が変わるから分からないが」
それならば、あのトイレの清掃員が神だったとして便器転移を使えても不思議ではない。
だがあれだけでは俺の能力とは言い切れない。
「撃たれる前に撃つというのが今回の任務?」
「正確には“協調者”と“敵対者”の区別がつかなかった。だが王の遠征で明確な攻撃性を示した」
「協調するなら良し。敵対なら先手を打ちたい…と?けど、見惚人が行くのはリスクが高すぎないか?」
「正当だ。だが見惚人を倒せるのは見惚人だけだ」
「なるほどね。それで【見惚人】様は【勇者】様なわけだ」
「くくくっ…笑えねぇジョークだろう」
ビルは再び剣を構えると、俺の「能力を覚醒させる訓練をする」と言って斬りかかってきた。
普段と違って鋭い剣閃が光り俺は焦る。
なんでかって?
ただのリーマンだからそんな身体能力ねぇ。
この日夜遅くまで常闇の密林に鉄と鉄のぶつかる音が響き渡った。
それはもう…うるさいほどに。
翌朝。
「まぢ死ね」
「ムサイさんごめんなさい」
「ムサイだけじゃねぇ。うっせぇわ」
「あーも!肌荒れしたら最悪…」
三人は寝不足だった。
その理由は火を見るより明らかだ。
「「サーセンでした!!」」
ゴクッゴクッゴクッ……プハッ!
「プハッ!じゃねぇ!朝から何呑んでんだ!!」
「ちがっ!これは水です!!」
「いつもそう言ってるじゃねぇか!!」
「今日は本当なんだってぇぇぇぇ」
ビルはアル中なのかもしれない。
さすがにその言い訳と言い、朝からの飲酒は如何な物か。
俺は土の跡が額に残るまで擦り続けていたのであった。




