勇者とは…
不安に反して道中の魔物をサクサクと倒す姿を見て、ちょっと余裕なんじゃないかと思った。
ビル達の連携や個々の技が凄まじく、本当に熟練した冒険者であることが分かった。
ん?初心者が分かるのかって?
見えないから凄いんじゃないかなー。
しかし密林で過ごした経験から体力的には自信はあったのだが、ついて行くのでやっとだった。
「マスターさん、防衛術くらいは身に着けてくれませんか?」
「あぁセシリアさん、指導して頂けると助かります」
目的地までは一か月程度の時間を有する。
それまではビバークする場所が決定すると、代わる代わる俺に戦闘術を指南してくれた。
彼らは実力もさることながら、教えるのも非常に上手であった。
基本動作から、敵の動きを想定した組手まで…
本当に世話になりっぱなしで、感謝の気持ちでいっぱいだった。
順調に進路を進んでいたある日の事、ビルが指南担当の時にこんな事を言ってきた。
「なぁ、巻き込んで悪かったな」
皆から離れたのを確認すると、いつになく神妙なような悲しい様な表情を浮かべていた。
「いや、見知らぬ地に来て死罪を宣告、そんな俺に道を示してくれたビルには感謝しているよ」
「ははっ…実はな、荷物持ちっていうのは口実なんだ」
「へぇ……なぜ?」
「あの酒な、呑める奴は俺しかいないんだ」
「なぜ?ギルドで酒なんて皆飲んでるじゃないか」
「特別な材料を使ってんだよ。普通は昏倒して起きなくなる」
…そんなものを飲ませたビル。
それを世間では殺人未遂と言う。
「あぁ、言いたいことは分かる」
いやいやいや、全然わかってない!
ギルド受付で昏倒し人生終了のお知らせだ。
「呑める自信はあった。お前が【白】だったからだ」
「白か…そんなに特別なのか?」
「勇者の資質がある者だ」
勇者…ねぇ。
俺は普通だし、何も特別なことがない。
トイレの転移は謎だが、俺の能力が関係してるとは思えなかった。
だから祀り上げられた時に混乱しないよう、真の勇者に聞いておきたかった。
「なぁ勇者って何なんだ?」
「良い質問だ。勇者とは……」
ビルも普段から考えていることなのだろう。
変な質問だが、同時に難しい質問でもある。物事の本質を問うような内容だからな。
俯いたビルはゆっくりと顔を上げて答えた。
「失敗と挫折を経験した、放漫な人間のなれの果てだ」
「…なるほど、よく分かった。使命感溢れる回答じゃなくて良かった」
「こう答えて真に受けたのはお前が初めてだ。はやり同じなんだな」
「ちげぇよ。俺は…サラリーマンだ」
「…ふふっ、最初にあった時もそう言っていたな。さて、構えろ」
そうさ。
いつだってサラリーマンは勇者だ。
上司(王)から来る命令には逆らえず、それでいて楽しくやれるように放漫に仕事をこなす。
圧倒的火力をもって機関銃で理論武装したつもりが、相手は装甲車を用意していて轟沈などままある。
作った資料では成す術もなく粉々に吹き飛ばされても、不死鳥のように理論武装を再構築する。
それはさながら、教会で復活しレベル上げをする勇者その者だろう。
俺はこの瞬間からビルという人間が、“遠い異世界の異なる種族である”と言う感覚が無くなった。
彼は間違いなく俺と同じ人間だった。
「ビル、お前は最高の企業戦士だよ」
「あん?よく分からんがサンキュー」
分からない方が幸せなこともある。それを今、ビルに指南してやった俺は優しい人間だ。
俺は立ち上がりビルと向かい合った。
ビルからの指南はいつも優しくないがな。
酒を飲んでる時以外のビルは…なんて言うか、怖いのだ。




