はじめてのお仕事
女性に殴られて宿屋の備品を破壊してしまった。
この世界の女性は強すぎるだろうと思ってしまう。
「なぁ兄ちゃん」
「はい…」
顔を覗き込んできたのは宿屋の店主だろう。
笑顔の裏で顔が引きつっている。
当然だ。
客でもないのにトイレを勝手に使って女性客から変態呼ばわり。
挙句に店を破壊されたのだ。叱責では済まされないだろう。
「あの…」
「ん?言ってみな」
「自警団は勘弁してください」
「そうきたかぁー」
ペチッ
店主は自らの額を叩いておどけて見せた。
それが本音でないことなど一目瞭然だ。
「出すもの出せばオーケー。いいよ」
「あぁ、そうだな。んぁ!!」
しまった!
冒険者登録をしたその日に連行されたから仕事などしていない…
俺は屋敷でヌクヌクしていたからお金持ちと錯覚していたのだ…なんたる不覚!
現在の所持金は0。
まだ道歩く少年の方がお金を持っているだろう。
「チータ…そうだ、チータに取り合ってくれ!お金は彼が…」
「チータだぁ?チータってぇと、あの騎士団長チータ様か?お前…罪過のサンドイッチを作るな」
なんとチータは騎士団長だった!
新たな発見とともに、今までの経過を考えれば当たり前である事が分かる。
王の間に入れる人間などそう多くはないのだからな。
俺は仕方なく身分証としてギルド証を提示しようとした。
だが困った物だ。
「ごめんなさい。ギルド証ってどうやって出すんですか?」
「あぁん?んなもんあれだ、気合いだ」
「あぁ…」
言われて思い出した。
タコ野郎のせいで群衆から罵詈雑言を浴びせられたことを。
またアレをやらないといけないのか…少し気が滅入る。
「なぁ、俺はあんたの為を思って言っているんだ。他にも方法は…」
「ギ・ル・ド・証」
ダメか。
ならば仕方ない、俺も本気を出そう。
後悔しても知らないからな!
「さぁ開け!ォォォオオーーープン・ジ・ステェェェイタァァァァス!!」
「「……」」
傾けた木製ジョッキはその角度を変えず、注がれるビールは栓が壊れたように溢れ出す。
まるで時が止まったかのような感覚だ。
そんな静寂を破ったのはシステム的な音。
ピコンッ!
やがてそれを見て何事も無かったかのように皆が動き出した。
「変な声出しやがって…ちゃんとギルド証あるじゃねぇか。それじゃそこにツケとくからな」
「あぁ…悪い」
そう言って宿屋の店主は俺のステータスパネルにサインを行った。
すると所持金欄に変化が現れる。
-2G 3047S
所持金が一気に増えた!
ベクトルがぶっちぎりで下方だがなッ!!!
「へぇ、ツケられるのか」
「あぁ、だがひと月で返済しないとならないし、ツケの買い物ができなくなる」
「このGとSはなんだ?」
「Gが金貨、Sが銀貨だ…今じゃパネル決済が増えたから金貨時代の名残を知らない者も多いな」
「なんていうデジタル革命!」
「当たり前だろう。それじゃ頑張って返済してくれ」
「あぁ、悪かったな。ギルドに行ってくる」
壊した宿屋を後にして冒険者ギルドへと向かったが、そこでも絶望的な現実を目の当たりにした。
俺は冒険者として初心者であって、受けられる依頼は採取系や雑魚魔物の討伐がメインだ。
掃除のお手伝いとかないのか?そう思っていたんだ。
だが…全部郊外任務で安全圏からかけ離れている。サラリーマンだった俺にそんな特別な訓練を受けた経験などない。
キーボードと電卓の叩き方しか知らんのに、魔物の叩き方なんか分かるはずもない。
だから受付嬢に職業訓練について聞いてみたんだ。
研修くらいあってもいいだろう?と言うか野に放たれても困るんだが。
「はいー。当ギルドは自己責任ですので研修、その他斡旋は行っておりません」
「……ブラックすぎじゃね?異世界」
「死亡者と出生者の均衡は保たれておりますー」
……死ぬことが前提の稼業だった!
だが失敗すればギルドの威信にも関わる。そういった意味でも冒険者を育てるのはギルドに意義があるはずだ。
「それじゃ、初心者の俺が高難易度を受けて死んでもいいんだな?ギルドの信用は地の底だぜ」
「ご随意に。遺体回収はしませんので遺書を推奨しますー」
「えぇ…」
「報酬は後払いだから依頼者は達成までの経過を知りませんー。ギルドに傷はつきませんーはいー」
このハイハイ野郎…
一度ぶん殴りたくなるが、今の俺はストレスが溜まっているのでただの八つ当たりになってしまう。
そうなるとやはり一人で安全に遂行可能な任務か…または、熟練冒険者に手ほどきを受けることだ。
だがそんなツテは俺にない。
「なぁ、安全な任務はないのか?」
「当ギルドは冒険者ギルドです。安全な任務はありませんです。はいー」
「えぇ…雑用任務はないのか?」
「雑用?餅は餅屋です。危険な任務を遂行するから高額な報酬を得られるハイリスク・ハイリターンが基本の稼業です。はいー」
「うぐっ!」
王に対して正論で攻め立てた手前、受付の言う事も正論すぎて何も言えない。
というかよく考えればロールプレイングゲームでも、ギルドから発行されるクエストで雑用など存在しない。
街中で依頼者から『お使いクエスト』を直接受ける事はあっても、ギルドからの斡旋で楽な仕事はないはずだ。
外に出る採取系は危険を伴うし、一体俺はいつからそんな勘違いをしていたのだろう…
「参ったな…ハハ」
「どうしたんだ兄弟。相談なら乗ってやるぞ?」
「…ビル?ビルじゃないか!」
「駆けつけ一杯どうだ?」
ダンッ!
ビルが木製ジョッキを置こうとしたら受付嬢が木槌を叩きつけた。
「ひっ!アン嬢こえぇよ…」
「ビルさんここはバーカウンターじゃないです。はいー」
「わ、わかっんてんよ!行くぞマスター」
「お、おう」
ビルに連れられて席に着くと、まずは駆けつけ一杯をおごられた。
それを朝っから喉に染み渡らせると、結構色々な事がどうでもよくなってきた。
「ビルよぉ、宿屋壊して借金してさ、何かいい仕事ないかな?」
「ぶはっは!やっぱ兄弟だぜ。俺もこの間バーの机壊して借金したんだ。いいぜ」
「だよなぁ、普通それ位するよな?えっ……いいの?俺初心者で弱いよ?」
「良いって、荷物持ちで俺達のパーティに入ってくれよ。依頼報酬の一割がお前の取り分だ」
「それっていくら位?俺ひと月で2.5G稼がないといけないんだけど…」
「そりゃ盛大に壊したな、でも大丈夫だ。次の仕事でお前は100Gを手に入れる……」
ビルはニヤリと笑い、指で丸を描いていた。
そんなビルを見て俺も不思議と笑みがこぼれていた。
「なぁビル、俺は最近すげぇ不幸だと思ってんだ…」
「知ってるぜ?だからビールが美味いんだろう。へへへ……さぁどうする?」
俺はジョッキを持ち上げ、前に突き出した。
それを見たビルはニヤリと笑い、同じように突き出す。
カンッ!
「「兄弟最高!」」




