曲げられない思い
再びの王の間。
俺はチータとともにやってきて、彼に付き従う形で中へと誘われた。これで二度目だが、馬に引きずられてきた時とはえらい違いだ。
衛兵は俺に敬礼するし、もっぱらここの住人みたいになっている。
一人を除いてな。
「来たかマスター・ウォシュレット。この日を待ちわびたぞ」
うん?
時間的感覚が狂っているのか?気を失っていたのは確か一日、二日程度だったはずだ。
困った時のチータ先輩だ。
「そんなに日が?」
「いや、二日程度だ。社交辞令と思ってくれ」
「あぁ、ね?」
王の前に跪き、この厚遇に対して礼を述べる。
「此度は暖かい布団と食事に感謝しております。王よ」
「ふんっ。貴様が【白】でなければ首が宙を舞っておるわ」
「温情に感謝いたします。して【白】とはいかようの事でしょうか」
今の質問にザワザワと周囲がどよめき立つ。
何かまずい事を言っただろうか?チータ先輩に視線を向けると頷き教えてくれた。
「水晶で【白い靄】が出た者は特異な潜在力がある可能性を秘めている。通常はその性質を持ちえない」
「俺がクソ野郎でも殺せない道理を得た…という事ですか」
「そうだ。まぁ死んだほうが良かったかもしれぬがな」
死んだほうが…
あれ、おかしいな…涙が出てくる。
死ぬより辛いこととは…すでに経験済みだが?
「マスターのそれがどのように発揮されるかは分からない。故に覚醒前に暗殺されるやもしれぬ」
「先の屋敷と護衛はそのために?」
「左様。貴様という存在が我が国にとって切り札となり得るから厚遇を与えた」
つまり他国に対して軍事・政治的に優位になったり、貿易不平等を結ぶ手立てを得たという事だ。
俺は生きているだけでその手札になれる。
国を挙げて守ろうとするわけだ。
…最高のヒキニートじゃないか!
「だが一つ貴様に化す課題がある」
「無理のない範囲でお願いします」
「健全であれば問題ない。それは…」
ゴクリとつばを飲み込む。
ヒキニート宣言された直後に課題を出されたら、誰だってやる気がなくなる。
「子を成すことだ。今夜から…」
「ちょちょちょ!ちょっと待って」
「なんだ?【白】を増やす絶好の機会なのだから良い思いだけして終わりだと思うな」
「ヒキニート+ベッドメイキング=上級フォアグラだ。ダメ人間まっしぐら」
ここに来て一歩引いた自分が情けない。
突然の夜の都合にビビってる訳ではない!断じて違う!
いや…良い思いをしていると思ってるのだろう?
だがチェンジ抜きはまずい。相手が誰だろうとしなくてはいけない契約。
『生理的に受け付けなくて事を成せない』なんていう事があり得るのだが、契約義務違反は重罪だ。
「では貴様が自分で探すというのか?子を国に引き渡す条件なら好きにするが良い」
「子の安全が保障されるのならば」
「立場を理解しているか?貴様の存在価値は高いが…生きてさえいれば良いのだぞ」
例えば増田チルドレンに白い才能がなければ、捨てられたり抹殺の対象になるだろう。
この話を通過させるにはその辺りまで考えないと闇が深くなる。
最初から直感で王とは分かり合えないと思っていたが、まさかこれほど意見がすれ違うとは。
「後者の条件は飲めない。さもなくばこの国を去るのみ」
「なん…貴様ぁぁ付け上がりおって!」
ダンッダンッ!
再びの襲来。
どんだけ俺のことが嫌いなんだ?
俺も嫌いだが。
だが血眼で高速移動する王はやはり武術に長けているようだ。
そこにチータ先輩が王を止めに入った。
「マスター!先日の遠征で君の命に危機が迫っている事が分かったんだ!」
「離せチータ!ワシがこの首跳ねてくれよう!!」
「ふっ…断る!俺はこの世界に不幸な子供を作るために来たのではない!!」
「ぬかせ!」
王はチータを跳ね除け、大きく振りかぶり上段から斬り付けた。
俺は思わず目を背けて両手を突き出した。
キンッ!ドシャッ!!
恐る恐る目を開けると、俺は無傷でその場に立っていた。
そして斬りつけた王は玉座へと着席している。
何が起きた?
王の特殊能力か?
「なんていう力だ…王は時間を操れるのか!」
「ハッ!バカな…そんな……わしにこんな力が…」
えっ?
着席している王が驚いているのですが。
「すみません、席を外しても?」
「王、よろしいですね?」
「…だが、あり……ワシは…」
チータは肩をすくめて扉の方へとクイッと頭を振るった。
王も混乱しており何が起きたのか整理する時間が必要だったのだが、それは俺も同じ。
頭を下げて一度王の間を後にすると、自室へと戻った。
何が起きた?
あの時確かに斬りかかられた。
無意識に椅子へと腰かけると、先ほどあった不思議な事象を回想していた。
「俺はあの時死んだと思った。そうだ!前回の王の間でも確かに斬られた…」
だが俺に傷はなく、本当にあの時斬られたのかさえ分からない。
俺はどうなっているのだろう?
考えれば考えるほどドツボにはまり唸り声をあげると、扉が開く音がする。
ガチャ…キーッ……
ん?
なぜ音が目の前から?
顔を上げるとそこには見知らぬ女性が立っていた。
「キャ…」
「キャ……?」
「キャアアアアアアアアアア!!!」
しまった!
周囲を見渡すとそこは個室!
だが先ほどまでいた屋敷とは異なる宿屋のトイレ!
「なんでこんな所に!」
そこで俺はハッっとした。
監獄のトイレに腰かけた時もこの宿屋のトイレに転送された。
もしやこのトイレは他のトイレと繋がっているのではないか?
だが兎にも角にも、逃げ出した女性に釈明するため飛び出して追いかけた。
「待ってくれ!話を聞いてくれ!!」
すると先ほどの女性はピタリと足を止めて振り向いた。
分かってくれたのかと安堵し、足早に彼女のもとへと駆け寄る。
ズンッ!
不意の一撃。
俺はノーガードで頬に拳がめり込み吹き飛んだ。
ガシャァァァン!
「変態!追ってこないで!」
「ちがっ…ぅ……」
先に入っていたのは俺の方…
個室は一つ…
何一つ自分は悪くないが、なぜか罪悪感に苛まれた。
それを男の性と言う。




