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レストルームは今日も宙を舞う  作者: びたみん
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快適な旅でした

 俺は今、人として当たり前の行動をしている。


 目的地へ向けて足早に歩いているのだが、それはごく自然な動作であって何一つおかしい事はない。


 流れる汗は熱した体温を低下させるためか、はたまた苦悶のためか…


「俺は今、すごくトイレに行きたい…!」


 腹部から溢れ出る大歓声が捻じるような痛みを訴えている。

 俺はそれを落ち着かせるために、いくつもの隔壁ドアを突破しなければならない。


(まず一つ…ん!あれは!!)


 ドアの手前に黄色い絶壁が俺の進路を阻んでいる……


 んん?

 フッ、とり越し苦労か。


『滑りやすいのでお気を付けください』


「ふぅ…規制なくば、どうという事はない」


 おっと、誰かに聞かれてはまずい。

 周囲に目を見張るが人影はなかった。


「焦る事はない。BE COOLだ増田よ」


 俺は鼻歌でも歌いたい気分で取っ手に手をかけ、いざ戦場への扉を開こうとした。

 だがそれは叶わない。


 取っ手が…ひとりでに……


 回った!



「くぅッッ!ばかな!!」



 開かれる楽園への扉から眩しい陽光(逆光)が降り注ぎ目を細めた。

 そして僅かに見える輪郭が心音を上げる。


「あらごめんなさいね。掃除終わったらからいいわよ」

「……あっ、はい」


 アングリー!

 いやまて、今は俺の腹がビートを鳴らしてエマージェンシーだ。


 腹を立てる前に腹が鳴っている。

 掃除のおばちゃんと行き違いで中へと入ろうとした。


「待ちな」


 まだ、何かッ!?

 俺はいま人生で一位二位を争う多忙さだ!


「…滑るから気をつけな」


 なんていう事はない注意。

 俺に親指を立て、肩に注意看板を背負い去って行った。


「まるで嵐だな…いや、それはこれからだ」


 ハリケーンのように唸る腹部をどうにかしないといけない。

 掃除の直後だ。第二の扉は全て解放されていた。


 俺は一番奥の個室へと入ると、所定の位置に腰かけた。



「これより死地に入る……!!」



 ありふれた日常において、全てを忘却してしまうほど異次元へ到達してしまう時がある。

 それは誰しもそうだろう。


 目をつむり全神経を集中する。

 勉強、食事、趣味。

 あらゆる事象の集中力を凌駕するそれは、ひとたび現実の音さえも消してしまう。


 小鳥のさえずり、小川の流れさえ聞こえてきそうだ。

 そして大自然にいる様な緑や土の香りまでしてくる。


 最近のウォシュレット便座はなんて高性能機だろう。赤く塗装したら回転率は上がるだろうか?


 いや、それはないな。


「ん?小鳥のさえずり??なぜ聞こえる!?」



 クイッ…ジャー……バンッ!



 俺はズボンを上げることも忘れて勢いよく扉を開けると、そこは不思議な光景が広がっていた。


 男性用便器がでかい。

 いや違う、樹木だ。


 その色は陶器の輝く白さではなく茶色。

 生い茂る樹木は陽光を遮るほど高く聳え立ち、小鳥はその間を滑空する。


 完全な密林地帯。


「…どうして……こうなった」


 そこは明らかに俺の知る空間トイレとは異なる世界。

 俺は誰かにドッキリを仕掛けられたのだろうか?


 だがそれはない。

 TVのドッキリ企画でクレーン車を使い個室を持ち上げるのを見たことはあるが、次元を超越することはできない。


「ふっ、俺はついにやっちまったか…だから隠された能力を……」


 ばかなッ!

 そんな物はない!



 その時、増田の脳内にイナズマ走る。



『滑るから気をつけな』



 滑る…すべる……


 スリップ?


 いや待て落ち着け。滑るとスリップをかける川柳がどこにある?

 とあるサラリーマンでもトイレを主題にはしない。


 ではなぜレストルーム(トイレ)が異次元の入り口に?!


「ノオオオオオオオオオ!あのクソババア!!図ったな!!」


 あれか、鬼門はトイレ…いや、俺は便器どころか個室ごと異世界にぶっ飛んだ。


 それも大自然の中に、だ。


 どこかの未来ロボットや、天才少年でもドアだけとかテープを繋げて通り抜けホールだ。

 100歩譲っても願いが叶う電話ボックス。


 トイレの個室、しかも本体はない。


「だがナンセンス!しかも場所が最悪だ!クッ、眩しい…」


 転移先が大自然の中と言うのが憎い演出だ。

 スコールなど来たら、こんな個室ひとたまりもない。


 なんでかって?

 個室に屋根なんかねぇから。


「落ち着け…トイレに行ったらこうなった。なぜだかよく考えろ」


 残念ながら、よく考えても辿り着く答えは一つだ。

 つまりこう結論付けられる。



「快適なトイレでした」



 ぶっちゃけそれ以外分からん。

 だが旅した便器が自宅じゃなくて良かった。


 なぜかって?

 簡単だぜ。


 トイレスリッパで異世界転移とかありえねぇよ!ハハハハッ!!


「いや笑えねぇから!歩くだけで大出血間違いなし!」



 それから俺は綺麗な小川の水の一口飲み、周囲を見まわたす。

 そしてスコールに怯えながら周囲を散策することにした。


 腹はどうしたって?

 そんなもの転移してる間にビートを刻んださ。


 だから異変(異世界転移)に気が付かなかったんだけどな!それほどまでに人間の持つ生来の集中力は凄まじいと言える。


 トイレだけはな。


「はぁ…どうなるのこれから…先行き不安だわぁ」


 この唯一の所持品である個室と便器を持って行くわけにはいかない。

 と言うか外れるのか?これ。


 下水管が繋がっていたと仮定して、地下水を辿って…


 おい待て!

 まさか天然の蒸留水として河川に……


 いや忘れよう。

 原初の時代から大地にしみ込む水はそうなってきていた。今更考えるだけ損をするだけだ。


 だが現段階で一つ分かった事がある。


「降臨した純白の天使(便器)は原生林とのコントラストが…最高に美しかった」




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