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やっと1日が終わった…。
疲れるだけの夜会から帰って来て、重くて苦しいドレスから寝衣に着替え、結い上げていた髪も梳いてもらい、寝付きが良くなる様にとベッドサイドに置かれている温かいハーブティーを飲みながら、やっと今日一日貼り付けていた笑顔をやめて、溜め息を付く。
夜会…婚約者であるエリオット様にドレスを贈られ、迎えに来てもらいエスコートされて会場に入りファーストダンスを踊る。そして帰りも丁寧に送り届けてくださる。
言葉にすると、とても良い関係の婚約者同士。
だが現実は…一緒にいる間、目も合わせずニコリともしないエリオット様と、微笑みの仮面を貼り付けている私…。
主催の方や、顔見知りの方々に挨拶をしてファーストダンスが終わると、エリオット様に次々と近寄る令嬢達に押し出され、壁の花になって夜会が終わるのを待つ。
令嬢達のヒソヒソと聞こえるように囁かれる、毒のような言葉と蔑むような視線。婚約者から、目も合わせて貰えない関係。
自分以外の令嬢と踊るときは、会話も笑顔も見せているのだから話せないわけでも、笑えないわけでも無いことはわかっている。
止む終えない事情で、仕方なく結ばれた婚約。
もう神殿へ行くことを決めた方が、良いのかも知れない。神殿に入るか婚約者を決めるか聞かれた時に、たった一人でも良い、愛されたいと願ってしまった。それが間違いだったのだ。もし今、あの時に戻れるなら間違いなく婚約をせずに、神殿で生きていくことを選んだだろう。
もしもあの時に、今の記憶を持ったまま戻れたなら。
この国では、5歳の誕生日を迎える朝に神殿に行くことを決められている。王族も貴族も平民も、全ての人が神殿へ行きギフトと呼ばれる物の有無を調べられるのだ。
ギフトとは、誰もが持つものではなく、稀に神様から授けられる能力だ。そのギフトは怪我を癒やす力、記憶力が良くなる力、草花を育てる力など様々な効果があって、どんなギフトを持っているのか判るのは5歳の誕生日と決まっている。誕生日より前に、いくら調べても神殿の石板には何も現れない。誕生日の朝から判るようになり、力を使えるのは誕生日の翌日からと決まっているのだ。
昔は王族や貴族にしかないと思われていたギフトだが、先々代の国王陛下が王太子の時代に、ある平民の平凡な娘クララに平民、商家、貴族の子息達が次々と求婚をして混乱を巻き起こし、ある高位貴族が平民の娘クララを調べて欲しいと申し入れをし、神殿が動き出したときは複数の貴族の子息が廃嫡された後だった。
平民の娘クララは、魅了のギフトを持っていたのだった。
その出来事が起こってから、平民も直ぐにギフトの有無を調べられ、子供が産まれたら身分関係なく神殿に届け出をし、5歳の誕生日になるとギフトの有無を確認することとなったのだ。
そう、ギフトは良い物ばかりでは無い。魅了や、破壊、洗脳、他にも明らかにされていないだけで、危険な物も沢山あるのだ。国と神殿が危険と定めているギフトを持った子供は、判明した時点で直ぐに封印の装飾品をつけられる。完全にギフトを無くすことは出来ない為、腕輪や指輪やイヤーカフ等、封印の装飾品を着ける事で対処するのだ。装飾品の種類は豊富で成長と共に付け替えをして、定期的に神殿で間違いなく封印がされているのかの検査を受ける。
そして危険なギフトを授かった者は、神殿からの紹介で相殺や対処を出来るギフトを持つものと婚約するか、成人後に神殿へ入り神官や巫女に成るかを選ぶのだ。
神殿からの紹介で見合いをするのは、ギフトの有無、内容は国王陛下、神殿の要職者、本人とその家族にしか伝えられないからである。
私も勿論5歳の誕生日に神殿へ行った、両親と可愛いドレスを着てお出かけ出来るのがとても嬉しかった。
「お父様、お母様、このお菓子食べて良い?」
「良いわよ、ジュリア。神官様がいらっしゃったらギフトの確認をして頂くから、それまでお茶を飲んで待ってましょうね」
「前にお母様が言ってた、神様からの贈り物?」
「そうよ、神様から稀に贈り物を貰える子がいるの。ジュリアが貰えたのか調べて貰うのよ」
「もしもギフトが貰えていなくても、ジュリアが私達への神様からの贈り物、ギフトだからな」
美味しいお菓子を食べている私を見て、笑顔で声をかけてくれる両親。神官様が石板を持ってきて、私のギフトを伝えられるまで、そこは幸せな空間だった。石板が光りギフトが授けられていると教えられた時の、両親の少し誇らしげな様子を、その時頭を撫でてくれていた父の温もりも覚えている。
だが、私のギフトが告げられてから空気は一変した。私のギフトは魅了、そう過去に混乱をもたらした平民の娘クララと同じギフトだったのだ。
私のギフトが判明してから直ぐに、神官長が封印の装飾品を持って部屋に来た。
私はキラキラしている綺麗な石が付いた様々な装飾品を見て、この中からどれが好きか?と父に聞かれて嬉しかったのを覚えている。
お誕生日に贈り物を貰えるのだと思って、父と母の瞳の色の石が付いた腕輪を笑顔で指さした。
まだ幼かった私にはギフトの内容も封印のことも知らされず、キラキラした腕輪をつけてもらい、帰りの馬車で父や母に見せて喜んでいた。両親は「良かったね」と言っていたが、先程までとは違う笑顔だったし腕輪を見ることは無かった。
そしてその日から、優しい言葉、態度をしてくれるが私の目を見てくれる事は無くなった。
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