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アンノウン  作者: K.K
1/1

思念

ハロウィンが終わり、街はクリスマスのイルミネーションで埋め尽くされている。17時を過ぎると辺りは闇に包まれた。手袋は欲しいが、マフラーを着けるにはまだ早い。日が沈むと気温は下がり一桁台を記録する様になった。


テナントビルの2階にあるカフェの店内で、月麦(つむぎ)悠吏(トーリ)を待っていた。店内から眺めるスクランブル交差点は人が行き交い、金曜日という事で普段より混み合っている。


グラスの飲み物をストローでクルクルと掻き回す。氷が飲み物の中を泳いでいく。


付き合い初めて3ヶ月、悠吏と会うのは1週間ぶりだ。真面目な彼は、放課後はイラストサークルで活動しその後はアルバイトに勤しんでいた。


平日ばかりではなく土日祝日もバイトをする彼が心配になり事情を聞くと、私学な事もあり学費が高額な為、自分が使う分や学費の幾許かは自分で賄い家計を助けたいとの事だった。


カランとドアベルが鳴り響き扉が開く、中肉中背の細身の男が店内に早足で入って来た。月麦を見つけると嬉しそうに笑顔になり歩み寄って来る。


『ごめんね、遅くなっちゃって。』


側まで来ると拝む様な仕草を取り直ぐに席に着く。線が細く頼りなげに見える。こちらを窺うよう眉尻を下げるその姿は優しげで人が良さそうだ。


『ううん、大丈夫。』

『講義が思ったより長引いちゃって。』


急いで来たのか息が上がっており、額に汗をかいている。着ていた上着やカーディガンを手早く脱ぎ、椅子の背もたれに掛けた。


『走って来たんだ…、悠吏君も何か飲む?』


月麦はメニューを取り出し勧める。


『大丈夫だよ。月麦さんが行きたい所があればそこに行こう。』


悠吏は優しくこちらに笑い掛ける。また自分の事はさて置きこちらを優先しようとする。そんな所が魅力的で微笑ましくもあり心配でもある。この寒空の下の申し出だという事に苦笑いを浮かべる。


『汗が引かないうちに外に出たら身体が冷えちゃうよ。ここは暖かいし、私もまだ飲み物を飲んでいるところ。悠吏君も何か飲もう。飲み終わる頃には丁度汗が引くと思うよ。』


月麦はバッグからハンカチを取り出し悠吏に差し出した。戸惑いながらも小さく頷く。ハンカチを無理矢理受け取らせるが、遠慮して使わずにいたのでそれを奪い返し悠吏の額の汗を拭いた。


それから月麦は紅茶ラテを頼んで飲んでいる事を伝えた。悠吏は一度席を立ち注文カウンターへ向かった。少ししてご機嫌な様子で抹茶ラテを手に持ち戻って来た。彼は男性には珍しく甘党である。


考えてみると住む地域も学校も違う二人がこうして出会い、付き合う事になるとは不思議だ。


たまたま好きなバンドのコンサートがきっかけで出会えた。閉演後、出入口を出て直ぐの所で財布を落としたと背後から呼び止められた。彼は最初は大きい声で話しかけていたが、次第に声は小さくなっていった。自分と同じで内気な様だ。それが却って親近感と安心感に繋がった。


連絡先を教えてもらい、その週末には感謝の手紙とお菓子を送った。彼からは日が経たないうちに丁寧な返信が返って来た。


お菓子が送られて嬉しかったこと、余りの美味しさに毎日少しずつ大事に食べていること、男性としては繊細で読み易い筆跡で書かれていた。優しく素朴な物言いの文章に惹かれ、直ぐに返事を書いた。


それを繰り返す内に好きなものや楽しいと思うものが共通していること、穏やかで思いやりがある性格であること等彼の全てを好ましく思うようになっていった。


三ヶ月程手紙のやり取りを続け、日毎会いたい気持ちが高まっていった。お互いそう感じていたのか、夏を迎える頃には手紙の最後に「夏祭りの花火を一瞬に見よう。」とか「アーケード内にある甘味処でかき氷を食べよう。」とか二人が思い描く予定で締め括られる様になっていった。


思い出しつい微笑んでしまう。本当に幸せだ。顔がニヤついてしまう。それを誤魔化す様にドリンクを飲み終えるまでお互いどんな風に過ごしていたかを話した。


月麦は相変わらず朝から晩まで講義がぎっしり入っており、家と学校の往復だけで週末になってしまった事を話した。


悠吏は後期になり週に2日1コマ目からの講義の日が減り、遅起きが出来ていること、身体が楽になった分イラストサークルの会報誌発行に向け慌ただしく動いていること。バイト先では辞めた店員の代わりに穴埋めで入ることをお願いされ、不規則勤務が続いていることを話された。


他愛のない話ばかりだったが、月麦はこの緩やかな時間の流れが心地良かった。会えば会うほど悠吏が好ましい。


悠吏は時々月麦の顔を見て赤面したり、ドリンクを早く飲み終えようとしてなのか突然むせたりしていた。それもまた可愛いと思えた。


二人はドリンクを飲み終え、車が行き交う大通りを進み、信号を渡った先のアーケード街に入る。


クリスマスのイルミネーションはトナカイやリース、サンタやツリーを模したものが多くあり、彩豊かで華やかだ。陽気なクリスマスソングも流れている。


百貨店の二号館辺りで悠吏は突然月麦の手を握りその手を引く様に早足で歩き出す。付き合って初めて手を繋いだこともあるが、いつも月麦に歩調を合わせ少し遅い位で歩く優しい彼なのでその変化に戸惑う。隣から少し前を歩く彼の表情を窺うといつになく真剣な面持ちで見慣れないのでドキドキしてしまった。


『ど、どうしたの急にびっくりしちゃうよ〜。』


悠吏は歩みは止めずにこちらを一瞥する。


『驚かせてごめんね、身体が冷えたのかな、急にトイレに行きたくなって…。少し急いでも良いかな?』


『あ、そうだったの?全然良いよー、何なら走る?』


もしお腹が下っているなら急いだ方が良いと思い提案する。


『そこまではしなくても大丈夫そう。じゃあ、ここでトイレを借りるね。』


百貨店の本館の前まで辿り着くとそのまま店内に入った。


店内に入っても悠吏の歩みは止まらず、迷い無くエスカレーターに乗り込む。左側を上に向かい歩いてく。


月麦は1階にもトイレがあるのに2階に行くことが不思議で尋ねる。


『悠吏君、1階にトイレあったと思うよ。何階に行くの?』


悠吏は後方の月麦を振り返る。


『もう少し上の階かな…、上の方が男子トイレが広くて使い易いんだ。』


『へぇ、そうなの。』


4階を過ぎた辺りから悠吏の歩みは緩やかになり、5階に辿り着くとエスカレーターを降り、エレベーター脇のトイレに向かった。


先程の様に前に手を引かれることなく、同じ歩幅で歩いてくれる。お腹は大丈夫なのだろうか?


『お腹大丈夫?』


心配で悠吏の顔を覗き込む。顔色が悪く疲れた様な表情でこちらを見る。


『あ、うん。丁度波が過ぎたとこ。でも一応トイレに入っておこうかな。』


悠吏は気不味そうに、照れ臭そうにしている。


『分かった、じゃあ私も一応行っとこうかな。』


『長くなるかもしれないから…、落ち着いたらメッセを送るね。何かあったら心配だからトイレに入るまでは見届けさせて。俺がいない間一人でトイレの側に立ってないで欲しい。メッセ送るからそれまで化粧室にいて欲しいんだけど良いかな?』


悠吏は不安そうに眉根を寄せて月麦を見つめている。警備がしっかりしていそうな百貨店の中だというのに心配性だ。可笑しくて笑いを堪えつつ小さく頷いた。


『うん、分かった。トイレの化粧室で大人しく待ってるね。』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


悠吏は月麦を見送った後もその場に立っていた。辺りは誰も居らず静かだ。小さく安堵の息を漏らす。そこから来た道を戻り、エスカレーターを降りて行く。


周りに意識を集中させ聞き耳を立てる。悠吏は好むと好まざるとに関わらず人の思念や発言を拾う様になってしまった。善意も悪意も。強い思念であればある程大きく耳に聴こえてくる。


通常では多くの思念がガヤガヤと流れてきて、何を言っているか、どこから発せられているのか、距離や方角は掴めない。対象を一人に絞ると大体の距離や方角、発している人が分かる様になる。近付けば近付く程その精度は上がっていく。


百貨店の出入り口から外に出る。もうあの声は聞こえない。それでも念の為大通りの信号手前まで歩いて行く。


あの声は大通りの信号手前から届く様になった。最初は誰ともなく周りの人を嫉み恨む声であった為気にも留めずにいた。何が気に障ったのか対象を悠吏達に移した。


その声は徐々に大きくなり、酷い罵詈雑言に変わっていく。内容は嗜虐的なものであり、特に月麦に対して性的欲求を孕んだ内容であった。少しでも距離を取りたくて、視界から逃れようと百貨店に逃げ込んだ。


店内を移動する中で声は徐々に小さくなり消えていったが悠吏は安心出来ずにいた。外に出て確かめずにはいられなかった。


アーケード街には季節感あふれる音楽と、人が話し動く音が大小様々と聞こえてくる。実際話しているのか、直接届いているのかは別として。


悪意の声が聞こえなくなったことに漸く安心し、また月麦の待つ店内へと戻って行った。


エレベーターで5階に上る。10分程経過してしまっただろうか、待たせている罪悪感を感じつつ月麦にメッセを送る。


『待たせてごめんね。やっとお腹が落ち着いたみたい。もう出て来て大丈夫だよ。』


『全然平気。携帯触ってたから大丈夫。うん、分かった。今出るね。』


月麦は直ぐにトイレから出て来て、ニコニコと笑顔で悠吏に近付いて来る。


『落ち着いて良かったね。先にご飯食べちゃう?それともアーケードを見て回る?』


ウキウキしているのか、無意識に手に力が入りグーを作っている。


『月麦さんはどうしたい?待たせちゃったから、月麦さんの希望があればそうしたいな。俺食事って言ってもチェーン店のファストフードか牛丼屋かカレー屋しか分からなくて…。』


『大丈夫、私もおんなじ。安ければ派だから。いつも友達と行くとこは一緒だよ。』


月麦は少し考える素振りをして答える。


『そうだなぁ…。じゃあ広瀬通りまで歩いてご飯にしようか?』


悠吏の顔を正面から見つめて目を輝かせる。


『私ね、一度行列が出来てるお店に入って見たかったの。絶対食べ切れない量だから普段は行かないんだけど…。今日は悠吏君がいるから…。』


期待の籠った目で満面の笑みだ。


『そうなんだ、どこのお店?』


『中華屋弥勒』


弥勒といえば、学生が行列を成している盛りが半端ないと評判の店だ。


悠吏は思わずゴクリと唾を飲み込む。


『うん、自信は無いけど頑張ってみるよ。』


百貨店の外に出た後、二人で並んでアーケード街を歩く。


悠吏には月麦の心の声が聞こえていた。


(悠吏君、もう手を繋がないのかなぁ。何かちょっと寂しいなぁ。でも自分からはやり辛いしなぁ。…あ、そうだ。信号を渡る時とかチャンスじゃない?うん、絶対そう。何か自然な感じを装えるんじゃない?)


良くも悪くも丸分かり過ぎる。信号が近付くにつれ、月麦の声は大きくなる。


(頑張れ、頑張れ、自分。いける、いける!)


悠吏の心臓の音も声に呼応する様に大きくなっていく。緊張し指先が冷たくなっていく。


『悠吏君、信号青になったよ。渡ろう!』


月麦の声は震え顔は赤面していた。


月麦は悠吏の手を取り、横断歩道を渡ろうと前に進んで行った。信号を渡り切る頃には悠吏は月麦の手を包み込んだ。月麦の手も指先の方は冷たくなっていた。


中華屋弥勒の前には男子学生が列を成していた。一列に並んでいた為前を月麦に譲る。


高速のインターを降りた車が合流する地点が近い大通りに面している事もあり、車が次々と横を通り過ぎて行った。30分程並んだところで漸くカウンター席に通された。


『ふふふっ、炒飯とあんかけ焼きそば頼んじゃうね。』


メニューを一通り眺めた後、月麦は店員に料理を注文した。


料理が届くまでの間、斜め右上に設置されたテレビから流れるニュースを何とは無しに眺めていた。  


『昨夜未明、青葉区北山で帰宅途中の女性が何者かに刃物で斬りつけられる事件がありました。容疑者は逃走中で未だ捕まっていません。…………………○△□……。』



『怖いね、北山ってそんなに遠くないね。』


『そうだね。』


相槌を打つ悠吏はテレビをじっと見つめたまま詳細に耳を傾けていた。

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