もう、私に依存しないで。
なぜこの世の中は誰かに依存し合って生きていかなければならないのだろうか?
絆社会という、病んだ社会が人々は悩み、悲劇が起きる。今日も絆社会が充満しすぎたせいで事件が起きる。人間は知能が発達しているから、苦悩する。
その永すぎる呪いは人類がいる限り永遠に続くのだから。
「よーし、絵の通信講座が修了したから人脈作りに専念できるぞ。友達五千人作るぞー!」
亜梨実が将来イラストレーターになりたくて、デザイン系の高校を卒業してアルバイトをしながら絵の通信学校でイラストを習っていた。亜梨実は容姿は二重瞼がかわいい顔で黒髪のロングで一つにまとめている明るい女の子だった。性格ははっきりモノ言う性格で、嘘を言わないから皆から好かれている。ただ、はっきりモノ言うところがあるから煙たがられる所もあるが、スーパーのアルバイト先のスタッフからよくチラシのイラストを可愛らしく描いてくれるから、好かれている。それから亜梨実は中学の時にイラスト雑誌のコンペで入賞した経験が何度かあり、高校の時にも絵画のコンペで入選した経験があるので知り合いの家族が経営するレストランで自分が描いた絵を飾らせてくれた事がある。
亜梨実は友達をすごく多くは持たないが、深い繋がりを作れている。イラストレーターになるにはツテが必要なので、イラスト友達を作って、切磋琢磨したいなと思った。
「フィーマスの会報誌で友達募集のコーナーに募集してますって、書こう! さあ、はがきに自己紹介を書いて、ポストに出そう!」
亜梨実はさっそくきれいに整頓された机に向かって、はがきに絵の通信教育学校フィーマスの会報誌のコーナーの一つである友達募集のコーナーにはがきで自己紹介を書いて、友達になってくれる人を探すことにした。
「ええと、吉田亜梨実、二十三歳、埼玉県に住んでいます。イラストレーターを目指しています。可愛くて面白いイラストが得意です。
スーパーでアルバイトをしています。長く付き合ってくれる人を募集しています。優しい人が良いです。どうかよろしくお願いします」
机ではがきに自己紹介を丁寧な字で書く亜梨実。亜梨実の部屋の中はイラストの道具とパソコンとプリンターとスキャナーと本がたくさんあり、壁には可愛らしいイラストのポストカードが張ってあった。
書き終えた亜梨実は外へ出て、郊外のアパートに住んでいる亜梨実は一人暮らしだ。両親は近くに住んでいて、たまに遊びに行っている。
近くの団地にある赤いポストにはがきを投函した。
「さて、来月のフィーマスの会報誌に乗るのを待とう!」
ワクワクした顔の亜梨実は新しい出会いがやってくるのを楽しみにしている。
アパートに戻り、パソコンを見た亜梨実は友達からのメールが来ていて、さっそく返信した。マメにならないとイラストレーターになれないのが知っているから。報連相は常識だ。
「大阪に住んでいる睦美さんだ。こんばんは
睦美さん、夏真っ盛りですね。私は最近、フィーマスを卒業したばかりです。これから人脈を作りたいので、友達を募集しようと思います。良い人がいたら良いなと思います。睦美さんは最近何かされていますか? 去年のグループ展で一緒に撮った写真、部屋に飾っています。睦美さんのお仲間はみんな良い人で素晴らしかったです。絵も人格も素晴らしいです。今年も行きたいです。またよろしくね」
亜梨実はパソコンでメールを返信した。
睦美さんとは、大阪に住んでいる四十代の女性だ。既婚者で四人の子持ちのイラストレーターだ。
睦美さんは小さい頃は実家が借家で普通科の高校しか出てない貧乏だったが、家族とも仲良くし、どんな人に対しても分け隔てなく接する事が出来る心が綺麗な女性だ。
壁に飾っている睦美さんと亜梨実の写真がある。亜梨実は長い黒髪を一つに結んで、普通体型でフェミニンな赤いワンピースを着ていて、睦美さんは黒のボブカットでぽっちゃりとした体型でピンクのセーターを着ている。二人はとても仲が良い。
睦美さんと出会ったきっかけは、フィーマスの郊外講座で出会ったのがきっかけだ。大阪城公園でスケッチ大会で、亜梨実はまだ十代だった。睦美さんは亜梨実よりもっと年上で、一番上の子供が大学卒業したばかりだ。
知り合いがいなかった亜梨実は一人じゃ心細いから、話しかけられそうな睦美さんに話してみたら、大阪人らしい明るい睦美さんはすぐに亜梨実にニコニコ話してくれて、亜梨実はすぐに打ち解けた。
「こんにちは、私は吉田亜梨実です。埼玉に住んでいます。大阪城って凄いですね。かっこいい造りで歴史を感じさせますね」
亜梨実はちょっと緊張しながら、大きく聳え立つ大阪城を指差しながら、ちょっと愛嬌溢れる睦美さんに言った。
「こんにちは、うちは和辻睦美です。よろしくね。ありがとう、大阪城褒めてくれて。内子の大阪城が大好きなんや。吉田ちゃん、あんた愛嬌ある顔やな。うちそういう顔好きや。これからも仲ようしよな」
睦美さんは明るい大阪人らしく、ふっくらとした顔でニコニコしてくれて答えてくれたので、亜梨実はホッとした。
「え? 良いんですか? 私と友達になってくれるのですか? ありがとうございます。ぜひとも仲良くさせてください」
「ええで、あんたは良い人だからずっと友達でいましょうや! これからもよろしくや。亜梨実ちゃん!」
亜梨実と睦美さんは友達になり、文通やメールや電話する仲になった。独身で若い亜梨実にダメな旦那を抱えている睦美さんから、男は真面目に働いてみんなに優しくする男が良いとアドバイスしてくれたり、亜梨実が描いたイラストを褒めてくれたり、亜梨実が睦美さんにスヌーピーのキーホルダーをプレゼントしたりした。
睦美さんは友達が多く、様々な業種の人とも交流がある。明るくて純粋だから皆から好かれている。亜梨実はそんな睦美さんを尊敬している。
亜梨実が友達募集のはがきを出してから、一か月後に次のフィーマスの会報誌が届いて、亜梨実の紹介が載っていた。亜梨実は載っててよかったと、喜んだ。
次の日に何通から手紙が届いてきた。色んな地域の所から手紙が来て亜梨実はやったーとジャンプして喜んだ。
「ええ、さてさて、沖縄から二十代の男性と東京から三十代の女性と、埼玉から三十代の女性が来たのか」
吉田亜梨実様へ
こんにちは初めまして。吉田様。フィーマスの会報誌を見ました清水優美と申します。三十八歳です。あなたに興味を持ち、手紙を書きました。
吉田様のイラストコンテストの受賞作を何度か拝見しています。私も漫画とゲームが好きです。特にドラゴンクエスト5が好きでよくコミケで同人誌を買っています。
一人っ子で両親と埼玉の志木市に住んでいます。仕事はしてなくて家事手伝いです。父親は七十二歳で会社員です。母は八十二歳で専業主婦です。母が四十四歳で私を生みました。
私は友達がいないので、長くお付き合いしてくれると嬉しいです。ヤキモチ焼きなので他の子と仲良くしすぎないでくださいね。
ずっと友達でいてください。私はあなたの永遠の絆を信じています。どうか末永くよろしくお願いします。
清水優美より。
亜梨実が注目したのは同じ埼玉に住んでいる三十代の女性だった。名前は清水優美さんという名前で、志木市に住んでいて一人っ子の家庭で育った女性だ。漫画とアニメが好きで、ゲームのドラゴンクエストが好きで特に5が好きでよくコミケで同人誌を買っている。
優美さんの親の年齢は父親が七十二歳で母親が八十二歳という高齢だ。
優美さんは七月十五日生まれの三十八歳だ。亜梨実は十二月十五日生まれだ。亜梨実は公務員の両親と広告代理店勤務の兄と高校生の妹がいる。両親と兄と妹はアニメと漫画とゲームが好きで、株主優待で映画に観に行ったりゲームを割安で買っている。
亜梨実は年上の友達が出来て本当に良かったと思った。平成生まれの亜梨実は昔のアニメや漫画の事を聞いてみたいので優美さんに教えてもらおうと思った。
亜梨実はさっそく、優美さんに手紙の返事を書くことにした。
こんにちは初めまして、清水優美様
初めまして、私は吉田亜梨実です。埼玉県在住の二十三歳です。フィーマスの会報誌を見てくださりありがとうございます。
私はイラストレーターを目指していて、アルバイトをしながら絵を描いています。私も漫画とアニメとゲームが好きでガンダムや女王の花やファイナルファンタジーが好きです。
私は両親と兄と妹がいます。両親は公務員です。兄は広告代理店勤務で東京に住んでいます。妹は私立高校に通っています。
清水様はどんな絵をお描きになりますか? もしよかったら私とイラスト交換をしませんか? 私は可愛いイラストを描くのが好きです。
私はイラストで人と繋がりたいので、芸術は人を幸せにすると信じています。
清水様と出会えて本当に嬉しいので、どうかよろしくお願いします。わたしたちはずっとともだちでいましょう!
亜梨実は嬉しい気持ちをそのまま文章に書き表した。亜梨実が描いた猫のイラストを添えて、白い封筒に入れた。
早速、書いた手紙をポストに投函して優美さんからの手紙を待った。
手紙を待ちながら亜梨実はTwitterに発表するためのイラストを描いていた。今回のイラストは世界の悪女をアレンジしたイラストだ。亜梨実が描いてみようと思った悪女は朝鮮三大悪女の一人であるチャン・ノクスを描いてみる事にした。
亜梨実は韓国ドラマはあまり興味がなかったが、ある韓国ドラマで好きな吹き替え声優が出てて、その声優の演技が良かったため結構好きになったそうだ。
亜梨実は割と声優オタで、渋い声の声優と低音の大人の女性の声の声優が好きだ。海外ドラマも好きで良い声の声優のは割とよく見ている。
亜梨実が観た韓国ドラマでたまたまチャン・ノクスが主役の話をテレビでやっていたため面白いと思ったからイラストにしようと思った。ラフスケッチを描くため、クロッキー帳を机の上に出してシャーペンでラフに描いてみた。昔の人の絵を描くのはすごく難しい。ちょっとでも間違ったら批判されるのは当たり前。きちんと描かなければ説得力がないから。
「うわー。難しいな。髪型の編み方がなかなか難しいよ。チョゴリの合わせも間違えないようにしないといけないな」
亜梨実はシャーペンで人物を描いている。韓国の時代劇のキャラクターを描くためにきちんと資料を見て描いている。完全に書き写すのではなく、少しアレンジ加えて描いている。
ラフスケッチが完成した。長い黒髪を結っていて、妖艶な顔立ちで踊りを踊っているチャン・ノクスのラフスケッチが出来た。ラフスケッチをスキャナーで取り込んでパソコンで線画と色付けをして完成させるのだ。
スキャナーでラフスケッチをスキャンしてイラストを描くためにソフトを立ち上げて、ペンタブレットを巧みに操って線画を描いて修正しながら線画を完成させて一度置いてから、色付けをしている。パソコンのイラストソフトはクリップスタジオというイラストを描くのに特出したソフトで、水彩画やエアブラシと油絵のブラシがある。簡単に色んなタッチで絵が描ける。
模様も簡単に張り付ける事も出来る。モザイク画も簡単に描ける素晴らしいソフトだ。デジタルイラストの進化はすごくて、良いもんだ。
亜梨実はパソコンに向かって、真剣に絵を描いている。完璧な作品を描くために一切の妥協はしない。亜梨実は昔から絵が好きで、テントウムシ一匹描くためにわざわざ外まで行ってテントウムシを探して捕まえてくるほどだ。後、太った人を描くために学校ですごく太ったブスの女性と友達になってくれと頭下げて頼むほどだ。
亜梨実はやると決めたら最後までやるので、厄介な部分もあるが創作者としての才能はあると思う。意欲のない創作者なんか取材もせず、ネットに頼ってコピペするバカもいる。それでは駄目と思うのに、最近のイラスト業界はお金がなく取材費用も出せなくて困っているのでどうしょうもないご事情だ。
亜梨実はパクリなんかやりたくないので、想像力もフルに使ってイラスト描いている。タッチの一つ一つも加工したり色を変えたりしている。
何時間か経って、亜梨実は椅子から降りて体を伸ばしている。作品が完成したらしい。
完成したイラストは派手な髪型で妖艶な顔つきで踊るチャン・ノクスだ。背景はサイケデリックな色使いだ。これならみんな驚くだろう。
出来上がったイラストを見て、フッと笑う亜梨実。どうやら満足しているらしい。亜梨実は一度確認して間違っている所がないか確かめた。少し手直ししてからTwitterに書いたイラストをアップした。
すごっ! 派手なイラストだ!
こんなチャン・ノクス見た事ない!
いいね! すっごく素敵だね!
イラストはすごく好評だった。いいね!が五十個くらい付いて、十回くらいリツイートされた。亜梨実は今まで韓流のイラストを描く気はなかったが、これだけ好評ならまた書こうと思った。
(ああ、イラストを出して良かったわ。やはりやったもん勝ちなのは本当ね。これからも描くぞ!)
亜梨実は嬉しくて目をキラキラさせながら、心の中でつぶやいた。
明日はスーパーのバイトの日なので早めに寝る事にした。早めにお風呂に入って六畳の部屋に戻って布団を敷いて、明かりを消して眠りについた。
深夜の真っ暗な部屋の中で何か呻き声が聞こえる。布団で眠っている亜梨実が夢でうなされているのだろうか、歯を食いしばって苦しそうだ。
「う、う、う、私を追い詰めないでよぅ、何でそんなにしつこくするの?」
悪夢にうなされている亜梨実は目をギュッと閉じて、苦しい声を上げていた。
「やめて、やめて! どうしてあなたは私に依存するの? 私は、あなたの、人形、じゃない!」
「何でよ! 友達だからって私を監視しないでよ! あんたは心の病気だからって、私にすがり付かないでよ。私はあなたのお医者さんじゃない。あんたは何度も人を傷つけたくせに、偉そうなこと言わないでよ!」
「バカ! あんたなんか、いなくなれ! あんたは死神よ。恵まれた人間に擦り寄ってすべてを奪って、不幸にさせる死神よ! バカァ!」
亜梨実の叫びは何度も聞こえる。夢の中で誰か付きまとわれているのが分かる。見た目ははっきりしないが、心が病んでいる人に付きまとわれていると亜梨実はうなされている。優美さんから手紙が届いた日からずっとこの誰かに付きまとわれている夢を見続けている。
この悪夢が本当になる事は亜梨実はまだ知らない。心が病んだ人間に付きまとわれる日が来るという事を。
次の日の朝、亜梨実は最悪な目覚めで朝を迎えた。誰かに付きまとわれる悪夢を見たから。
「あー。なんて最悪な夢だったんだろう。太っている女の人にしつこくされて、その女の人がずっと私と一緒にいて! すべてやめて私と一緒にいてって、変なこと言われ続けてもう最悪」
亜梨実は鏡で悪夢のせいでむくんでしまった顔を、疲れた感じで見ていた。むくんだ顔を何とかしないと、亜梨実は顔のリンパマッサージをした。むくんだ顔を引き締めるかのように手でしごいた。
「やだなあ。何か変な事が起きるのかな? ストーカー? それは嫌だなあ。同姓でも嫌だよ」
顔のリンパマッサージをしながら、亜梨実はつぶやいた。最近はストーカー犯罪が多いのでネットでも警戒しなければならないこのご時世。何で人間は繋がりに執着するのだろうか? いくら災害や経済状況、家族関係にグラグラする現代社会は誰かにすがり付きたくなるのは分かるけど、人間は自分の足を地につけて歩かなければならないのは知っている。それを分かって堅実な人生を歩んでいるのはごく一部。
亜梨実はバイトに出勤した。駅近くのスーパーに勤務する亜梨実はスーパーのレジ担当だ。
レジ担当は笑顔と素早い対応が肝心だ。クレームをつけてくる客もいるから、こっちも怒るとクレーマーがさらに怒って謝罪をさせてくる可能性もあるからとにかく笑顔で対応すればオッケーだ。
「いらっしゃいませ! いつもありがとうございます!」
レジでお客様に笑顔で挨拶する亜梨実は、早く丁寧に正確な動きで商品をバーコードリーダーでピッと着けていく。
「五千五百円でございます。カードはお持ちですか? はい」
お客様からクレジットカードを受け取って、カードリーダーで読み取っていく亜梨実。クレジットカードで決済を行ってから買い物を終わらせたお客様。
「ありがとうございましたー! またお越しください!」
買い物を終わらせたお客様に笑顔で対応する亜梨実。亜梨実のバイトは夕方まで続いていく。夕方までレジ担当のバイトをして、ようやく終わった。バイトを終えた亜梨実は帰ろうとした時、背の高いガチャ歯の副店長から声を掛けられて、
「吉田さん、今度みんなでカラオケでも行かない? 僕のおごりでやるから来ない?」
みんなでカラオケ行こうと亜梨実に誘って来た。ガチャ歯の副店長はバツイチで前の奥さんと不仲になったから離婚したそうだ。副店長は良い人だが、結構オタクでゴジラグッズを買い集めすぎて散財して、奥さんに嫌われて離婚したらしい。亜梨実は副店長が生活苦しいのを知っているので、悪いと思って小さい声で
「えー。でも、悪いですし。副店長も生活苦しいですよね? 前の奥さんの慰謝料払わなければならないですよね? 副店長にお金払わせるわけにはいきませんよー」とやんわり断った。
「そうかい? じゃあまた今度ね」
副店長は亜梨実に気を使われて、へへっと笑って手を振りながら亜梨実を見送った。
亜梨実は鮮やかなオレンジに神秘的に輝く夕焼けを眺めながら、アパートに帰っていった。アパートに帰った亜梨実は郵便ポストに封筒が入っていたため、封筒を取ってから部屋に入っていった。
亜梨実は封筒の差出人に優美さんである事に口角を上げて喜んだ。さっそく封筒をハサミで開けて手紙とイラストを見た。
吉田さんへ
こんにちは、清水です。お手紙ありがとうございます。お礼に私が描いたイラストを同封しました。私もセーラームーン好きです。少女漫画がすごく好きで、少年漫画はほとんど読んでいないですね。女の子は少女漫画の方が良いかなと思っているので。私は女の子らしいもの好きですね。服もフェミニンなの着ています。
最近パワーストーンのブレスレットを買いました。毎日つけています。ターコイズとクリスタルのブレスレットなんです。すごくきれいですよ。吉田さんは良いイラストを描いていますね。私すっごい涙が出てきたんです。あんな人の心を打つイラストを描く人がいるなんてすばらしいと思いました。涙が止まりません……どうやったら人の心を打つイラストを描けるのですか? 教えてくださいよ
吉田さんのご家族って何をされているのですか? 私の父は工場で働いています。DVDのケースを作る仕事をしています。給料は普通ですね。母は昔は銀行員で今は専業主婦です。
吉田さんはスーパーでバイトしているのですね。私は昔、服飾の学校に通っていたけれどトラックにはねられてケガして働けなくなったのです。私は父からお小遣いをもらって生活しています。結構可哀そうでしょ? 働ける人って羨ましいですね。私お金持ちが大好きなんです。
お金持ちっていい人多いですよね。お金の使い方が上手いし、節税対策もしっかりしているし、うちなんかお金の使い方が下手で困ってますよ。
ねえ、あなたの事名前で呼んでもいいですか? 私の事を優美って呼んで欲しいのです。私とあなたは永遠の友達ですよ。
優美より
亜梨実はこの優美さんの手紙を読んですごく嬉しくなった。永遠の友達という素敵な言葉を言ってくれる優美さんは亜梨実は良い人だと思った。亜梨実は優美さんが描いたイラストを見た。フニャフニャとした線で女の子の絵だった。あまり上手くないけど亜梨実は嬉しかった。
亜梨実はさっそく返事を書いた。
優美さんへ
こんにちはお手紙ありがとうございます。大丈夫なの? ケガは良くなったのですか? まさかこんなつらい過去をお持ちだったのですね。私がついているから安心してください。
ずっと友達でいるから。
お金持ちが好きなの? 私の家は結構お金はあるよ。
父が公務員で兄が広告代理店で働いていて、株もやっているからお金も一応ある。お金は大事だからね。フィーマスで勉強できたのはお金があったから。
優美さんは親がいなくなったどうするのですか? 自分でお金稼ぐの? 障害年金でも貰うの?
すみません、こんな事聞いて。私がバイトを紹介できるのなら紹介するけど、困った時には聞いてね。私の事、亜梨実って呼んで。私も優美さんって呼ぶから。私達ずっと友達だよ。
亜梨実より
亜梨実と優美さんの手紙のやり取りが続く。
亜梨実さんへ
こんにちは優美です。お手紙ありがとうございます。
とても嬉しいです! 私、フィーマスにも友達がいたけどその友達結婚して子供いて忙しいから、手紙が来なくなって寂しかったの。あなたは良い人よ。今度何か欲しいです。プレゼント交換できたら良いですね。
私の誕生日は七月十五日です。あなたの誕生日にも何かあげますよ。私、あなたに沢山尽くしてあげますから。
私の父が昔の漫画やアニメのフィギュアやカードや、クリエイターの直筆サインとかたくさん持っているんです。なかなか父の部屋に入れないけどね。
今度、あなたに会いたいです。その日が来るようにと祈るわ。
優美より
優美さんへ
こんにちは亜梨実です。お手紙ありがとうございます。
優美さんのお父さんって、昔のアニメと漫画のグッズがたくさん持っているの? すごーい! 良いなあ。私も欲しいな。私もたくさんイラスト集持っています。ジブリアニメや、ガンダムのアニメーターの画集も持っているし、天野こずえ先生のイラスト集持っています。
優美さんは最近絵を描いてますか? 絵ってね。たくさん描かないとだめなんですよ。一日描かないとすぐにダメになるんですって。私は毎日描いているんです。SNSにアップするためのイラストを毎日描いているんです。
今度、コミックイラストのコンペを出そうと思っています。ネットで公募するものです。三か月後だから頑張って描きます。私も優美さんに会いたいです。楽しみにしています。
亜梨実と優美さんはほっこりとした感じで手紙のやり取りを続けていた。
手紙のやり取りをし始めてから、二ヶ月後が経った。亜梨実はコミックイラストのコンペに作品を出すために必死に描いていた。
平和がテーマなので、原爆の資料などを図書館で本を借りたり、映画を観て参考にしながら描いていた。パクリと言われない様に、オードリーヘップバーンやマリリンモンロー風の服を着たキャラクターを出したりしていた。
「ああ、まだ時間がある。今頑張れは早く終わる!」
一生懸命イラストを描く亜梨実。とにかく頑張って描かないと、受賞できないのは確か。
後、運も必要だが。もう亜梨実は描くしかない。
ピンポーンと、インターホンの音が聞こえた。
亜梨実は何だと、不満をあらわにしながら玄関に行ってみた。ドアを開けると「電報です」と知らせがあり、亜梨実は電報を受け取った。
亜梨実は誰だと思いながら、電報を見ると
父が亡くなった。私、どうすればいいの? 助けて。
優美さんからだった。優美さんの父親が亡くなったらしい。亜梨実は心配になり、優美さんの家に行ってみようと思った。
次の日、バイトを休みにしてもらって優美さんの家に行くことにした。優美さんの家は志木市にある。志木駅から三十分くらいある所で、結構遠い。亜梨実はスマートフォンのアプリを使いながら優美さんの家まで行ってみた。
駅から離れた所なので都会っぽさがあまり無く、住宅街という感じだった。優美さんの地元に着いた亜梨実は歩きながらスマートフォンのアプリで優美さんの家を探した。
「あっ! あそこが優美さんの家かな?」
門の前に自転車が二台ある小さな一軒家を見つけた亜梨実は家の表札を覗いて、清水っていう古そうな表札があった。優美さんの家であることは間違いない。雨戸が締まっているため、家に誰がいるのか分からない。
亜梨実は初めて会う友達にドキドキしながら、インターホンを鳴らした。
「はい、どなたですか?」
インターホン越しに、年老いた女の声が聞こえた。優美さんの母親だろうか? 亜梨実はドキドキしながら、「はい、優美さんのお友達の吉田亜梨実です。優美さんはいますか?」と、緊張しながら答えた。
「ああ、優美の友達ですか。私は優美の母です。どうぞ入ってください」
優美さんの母親がゆっくりと話ながら、亜梨実に家の中の入る様にと促した。
亜梨実は門を開けて、優美さんの家にお邪魔した。家の中に入ると、バタバタ足音が聞こえてきた。優美さんの母親が優美さんに知らせているのだろうか。亜梨実はゴミがたくさんある玄関で待っていると、
「亜梨実さーん! ああ、会いたかった。父が急に亡くなって寂しかったんだよ!」
すごく大柄の女の人がドタドタ走って来て、玄関で待っている亜梨実にギューと抱きついてきた。亜梨実は急に大柄な人に抱きつかれてびっくりしている。
「ゆ、優美さんなの? す、すごく大きいね」
まさか優美さんがこんなに大柄だとは思っていなかったから、少女マンガ好きの女の人が大柄な人もいるもんだなあと、思った。
「亜梨実さん、私が清水優美っていうの。私、体重八十キロあるんです。亜梨実さんって細いのね。結構可愛い顔してるね。二重だし、私なんか一重でニキビがすごいの」
「あ、あなたが優美さんね。私が吉田亜梨実です。よろしくね。お父様が亡くなられたと聞いて、来たけど元気そうね」
「父が急性心筋梗塞で七十二歳で亡くなったの。お金が無いから密葬で済ませたわ。父の姉二人来たけど、父とその姉は仲があまり良くなくてね。お墓は父の両親のお墓に納骨したけどね」
「そ、そうなの? あなた大丈夫なの? 電報見た時すごく心配して、来たんだけど」
「あ、そうですか。ごめんね。心配かけさせて」
亜梨実と優美さんは初対面なのに、テンポよく会話が弾む。優美さんの父親は一週間前に亡くなって、お金が無くて密葬にしたらしい。優美さんの母親の親族は誰も来てないらしい。優美さんの亡くなった父親の姉が二人来たらしいがほとんど会話をせずに、それきりらしい。
「まあ、とにかくリビングに来てくださいよ。お茶用意するから」
優美さんがニコッと笑うと目が無くなっている。優美さんの容姿は結構太っていて、髪は真っ黒でセミロング、輪郭が丸く二十顎がある。目は一重で団子鼻でラベンダーのシャツを着ていて、黒のロングスカートをはいている。右手にはパワーストーンのブレスレットを着けている。お世辞にも美人ではない。
亜梨実は優美さんが女の子らしいものが好きなのに、迫力のあるルックスにギャップを受けた亜梨実。亜梨実は悪い人じゃなさそうだから、大丈夫だろうと安心していた。
優美さんの案内でリビングに来た亜梨実。リビングは物が多くて、落ち着かない。リビングの椅子に座った亜梨実。
「ねえ、あなた。コーヒーはホットとアイスどちらにします?」
長い白髪で一重瞼で細身で背中の曲がった優美さんの母親が亜梨実に聞いてきた。
亜梨実は優美さんの母親に「アイスでお願いします」と答えた。
亜梨実と優美さんは、優美さんの母親が作ってくれたアイスコーヒーを飲みながら話をしていた。
「亜梨実さんって、友達いるの?」
優美さんがほっこりとした感じでアイスコーヒーをごくごく飲む亜梨実に聞いた。亜梨実はうんと頷いた。
「そうなんですか。良いなあ、友達がいて。亜梨実さんって恵まれているんですね。私なんかブスで親が年取っているから、みんなから嫌われているんです」
「そ、そんな事ないよ。優美さんだって一人くらいは友達いるよね? 全然って事ないでしょ?」
友達がいないと苦笑いして答える優美さんに亜梨実はそんな事ないよと、優しく言う。
「まあ、私も高校の時一人いましたよ。その友達だけずっと付き合ってくれたけど、最近彼氏が出来たから、さよならするって言われちゃったのよぉおおおお!」
「ちょっと優美さん!」
「何であの人は、浮気するのよ! 私の事裏切るなんて絶対許さないから! 男でも女でもよ! 私以外の人と付き合うのは絶対ダメ!」
優美が急に烈火の如く怒るから、亜梨実は驚いた。何でおっとりした優美さんが友達に裏切られたと怒るのか、人間だから仕方ないのにと言いたいところだが、優美さんに恨みを抱かれるのは困ると、亜梨実は当たり障りのない様に、
「だ、大丈夫だよ。私は裏切ったりしないよ。私は優美さんが大好きだよ。ずっと友達でいようね? ね?」優美さんを励ましてあげた。
亜梨実の優しい言葉に感化されたか、優美さんは怒りの表情から一変してウフフと嬉しそうに笑った。優美さんの機嫌が良くなってくれた良かったと安堵した亜梨実は優美さんに向かってこう言った。
「一人じゃないよ。私がいるから安心して。これからは怒ったりしちゃダメだよ。神様に見放されちゃうからね?」
「本当に? 亜梨実さん、私とずっと友達でいてくれるの? 嬉しい! 大好きよ! ずーっと友達だからね!!! 何十年も何百年も何千年も友達だよ!」
大きな声を上げた優美さんはすっごく嬉しそうに亜梨実を抱きしめた。ずっと友達という言葉に亜梨実の心にジーンときた。
「優美さん」
亜梨実と優美さんが固い友情を築いているところを優美さんの母親がじっと見守っている。
亜梨実は優美さんと談笑を続けていた。アニメの話や父親の話、お金の話を楽しそうにしていた。
「優美さんのお父さんって株失敗して借金返済のために働いていたの? 大変だねー! 株って怖いね」
「そうなの。父が死んだら父の遺品を売って借金返済しようと思っているの。父は厳しくて女の私に女は家事をするものだと言うのよ。父は古い人間なんで。アハハ」
「そうなの? 優美さんのお父さんって家事やらないの?」
「まあね。洗濯した事ないし、包丁を一回も触った事ないくらいですよ」
「でも、借金どうするの? 本当に返せるの?」
「大丈夫ですよ。二百万だし」
株で儲けようとするのはやめた方が良いと亜梨実は心の中で思った。優美さんは笑っているが、優美さんは仕事していないし、母親だって年金生活だし借金を返すのにすごく時間がかかりそうだと心配する。優美さんは亜梨実がこんなに心配してくれているのに、フフフと余裕ありげに笑っていて不気味だった。
優美さんは光がほとんど入っていない不気味な黒い瞳を亜梨実の方に向けておっとりとした口調で、
「亜梨実さん、最近絵描いてるよね?」
と亜梨実に聞いてくる。
「そ、そうだけど。最近コンペに出す絵を描いていて」
「本当に? 私、その絵を私にくれませんか?」
亜梨実がコンペに出す絵を欲しいと薄く笑う優美さん。亜梨実は優美さんがどうして自分がコンペに出す絵を欲しがるのか、不気味に思った。亜梨実は戸惑った。恐る恐る優美さんに聞いてみた。
「どうして、私の絵を欲しがるの? 最近描いている絵はコンペに出す絵なの。まだ人に見せるわけにはいかないし」
「どうしてですか? 私はただあなたの絵が欲しいだけですよ。悪い事に何か使うわけないですよ」
亜梨実がコンペに出す絵だから優美さんにも見せるわけにはいかないと、断ったが優美さんは頬を膨らませて悪い事はしないと不満を漏らす。優美さんが怒っていると察した亜梨実はやんわりとした口調で、
「でも、コンペに出す絵だから」と断った。
それでも優美さんは亜梨実に向かって、甘えた顔をして亜梨実に絵を欲しいと縋ってくる。
(どうしよう、このまま断ったら優美さんと友達ていられなくなるし。優美さんだけに見せれば良いかな?)
眉間にしわを寄せて考える亜梨実。
「じゃあ、他の人に見せなければ良いよ。今度手紙と一緒に送るから」
亜梨実はにこやかに優美さんに言う。優しい言葉を言われて嬉しくなった優美さんは、亜梨実の手を握ってこう言った。
「本当に? ありがとうございます! あなたは最高の人よ! 嬉しい! 大好きです!」
「ゆ、優美さん。ちゃんと絵をあげるから待っててね」
「はい。待っています。絶対に楽しみにするからね」
亜梨実は純粋な少女のように振る舞う優美さんにすっかり、乗せられて亜梨実は優美さんの言う事をそのまま従う。年下の亜梨実は年上の優美さんに従うのは当然だと思っている。
上下関係は大事だが、それ以上に大事にするのは良くないと思う。古今東西の歴史には上下関係を大事にしすぎて悲惨になった出来事もあるので、注意したいものだ。
夜になり、亜梨実は家に帰る事にした。優美さんは玄関まで亜梨実を見送った。その時に優美さんの顔は生き生きとしていた。父親が無くなって大変だろうに、亜梨実に出会えてよかったと思っているのだろう。
「ああ、優美さんはぽっちゃりしてたんだな。パワーストーンのブレスレットを着けてたんだ。どこのブランドのだろう? 今度聞いてみよう」
優美さんの家から出てしばらく歩いて志木駅まで向かって、志木駅に着いて電車に乗った亜梨実は電車に揺られながら呟いた。夜だから会社帰りや学校帰りのお客さんがいっぱいで電車が混んでいた。
「あっ、そうだ。あのイラストを優美さんにあげるんだったな。帰ったらさっそく手紙書こう」
亜梨実は優美さんの約束を思い出して、手紙にイラストを添える事だ。一日外に出ていて疲れている亜梨実は、疲れた頭の中でしっかりと覚えている。約束は守る。人は約束を守らないといけないから。そうでないと優美さんに嫌われる。
電車に揺られながら亜梨実は優美さんとの友情を守ろうとしているが、肝心の優美さんは人をどれだけ大事にするのかまだ分からないのに、亜梨実は優美さんを信じ切っている。
夜遅くに家に着いた亜梨実は、疲れて机の上に倒れ込んでいく。一日外にいたから疲れている。机の上で眠りそうになった亜梨実は、ハッと目を覚ましていかんいかんと顔を横に振った。メイクを落としてないから、メイクを落としてから寝ようと思った。
眠い気持ちを我慢しながら亜梨実は洗面所に向かって、洗面所に置いてあるクレンジングオイルを手に出して顔に黄色いクレンジングオイルをクルクルとなじませた。
メイクを落として、疲れてるので布団敷いて寝る事にした。亜梨実は相当疲れているのか、布団に入ってすぐに眠りについた。
カーテンの隙間から光が差し込んでくる。光に包まれて目を覚ます亜梨実。もう朝七時になっている。今日はバイトの日で八時半からバイトなので、布団から出て朝ごはんを作って食べて、バイトに行く準備をした。八時になり、バイトに向かった亜梨実。いつも通りにバイトをして帰った亜梨実。
家に帰った亜梨実はコンペに出す絵を描いて、あと一ヶ月で締め切りだから、頑張って描いた。夜十一時になっても机から離れずにひたすら書き続けていた。
今描いているイラストは全部点描で描いている。ひたすらタブレットペンで点描を打っている。点描で描いた方が面白くてインパクトあると思うからそうした。亜梨実は夜中の二時になってもひたすら点描を打っていた。
ひたすら描いている中、窓の外は朝日が昇っていて、朝まで描いていた。亜梨実はタブレットペンを置いてふっと息を吐いた。パソコンのモニターに映る鮮やかな色遣いの点描で描かれたマリリンモンロー風の人物とオードリーヘップバーン風の人物のバックにはパリの凱旋門がある鮮やかで楽しい点描のイラストが完成した。
「ふう、できたぁ! 完成だ!」
鮮やかで楽しい雰囲気のイラストを完成できた亜梨実は今までの苦労が吹き飛んで、嬉しくてモニターを眺めていた。
「そうだ、さっそく優美さんに見せてあげなきゃ!」
モニターのイラストを見ていた亜梨実は優美さんとの約束を思い出して、早速プリンターを用意して、自分の描いたイラストを印刷する。プリンターの印刷設定をして、早速印刷した。A4サイズに印刷した。
プリントアウトしたイラストは、インクジェット出力なのか、とても鮮やかに出ていて嬉しい。
亜梨実はにんまりとイラストを眺めて、優美さんも喜ぶはずだと、喜んだ。
亜梨実は封筒と便箋を用意して手紙を書き始めた。
優美さんへ
吉田です。先日はお世話になりました。私初めて会ったのに、優美さんは気取ったりせずに私に良くしてくれて感謝の気持ちでいっぱいです。
お礼に私が描いたイラストを同封します。
大切なお友達だからイラストをプレゼントします。どうか大事にしてください。
亜梨実より
亜梨実は丁寧な字で優美さんへの手紙を書いた。書き上がった手紙をイラストと一緒に同封して、外へ出て郵便ポストまで行って手紙を投函した。
手紙を出してから一週間後、亜梨実はコンペに出す絵を少し手直ししてからコンペに出品した。結果は半年後、頑張って描いたからきっと良い結果が出ると、亜梨実は前向きに捉えていた。
亜梨実さんへ
こんにちはお元気にしていますか? 清水です。あなたの素敵なイラストありがとうございます。
すごく心に残るイラストで鮮やかな色彩と、人を惹きつける構図が素晴らしいです。絶対に優勝すると思いますよ。だって私の大切な友達だから絶対優勝しますよ。私、嘘ついてないですから。
優勝したら私に何か奢ってくださいね。約束ですよ。
三週間後に優美さんから手紙が届いた。亜梨実のイラストを見た優美さんはすごく感動したと書かれてあった。ちょっと震えた字で書かれているが、亜梨実のイラストの事を褒めてくれたから嬉しかった。
亜梨実は優美さんの事をもっと好きになった。亜梨実は優美さんを大事に思っているが、優美さん自身が亜梨実の事を大事に思っているかどうか、この先知る事になる。
それから半年後、バイトから帰った亜梨実は家のポストに分厚い封筒が入っていた。何だと思って、亜梨実はポストから封筒を取り出した。
「何々、あっ! イラストコンペからのお知らせだ!」
ハッと声を上げた亜梨実は、イラストコンペの主催する会社からの通知だった。亜梨実はすぐに封筒の中身を取り出して、イラストコンペの結果をじっと見た。
「え、ええ?」と、がっかりする様な声を上げた亜梨実。
「ら、落選って。そんなあー!」がっかりして肩を落とす亜梨実は落選したという通知だった。
なぜ落選されなければならないのか、その理由が書かれていないから、亜梨実は納得いかなかった。亜梨実は落ち込んだ顔でもう一枚の紙を手にする。コンペの受賞作を載せた紙だった。亜梨実はもう一枚の紙を眺めてみると、ギョッとした顔をした。
「な、何で!? ウソでしょ?」
驚きの顔で受賞作を見る亜梨実。その大賞作に驚きを隠せなかった。大賞作の絵が亜梨実が描いた絵と全く一緒の色遣いと点描で描かれたマリリンモンロー風の女性とオードリーヘップバーン風の女性がパリの凱旋門をバックにしたイラストだった。亜梨実が描いた絵と完全一致したイラストだった。亜梨実はこの大賞作の絵を見て腹の中から不満のマグマが一気に噴き出した。
「何で、私の絵が他の人が受賞しているの? どういう事? 盗作なの? 一体誰が私の絵を使ったのよ? 許せないよ!」
自分の絵を盗んでまで受賞する様な卑怯者に怒る亜梨実。亜梨実はその受賞者の名前を良く見た。受賞者の名前は「フィ・ユミリー」という名前だった。年齢は三十八歳の女で埼玉県志木市在住と書かれていた。このコンペはペンネームでも出品できるので、本名で出品した亜梨実はペンネームで投稿できるのがおかしいと思った。
(何で、優美さんがこんな酷いことしたのよ? フィ・ユミリーなんて優美さんだよね? 嘘つかないでよ)
亜梨実はこれをやったのは優美さんだと、怒りを震わせた。亜梨実は優美さんに自分の絵を勝手に使って、コンペに出したことを聞き出すために手紙を書くことにした。
優美さんへ
こんにちは、吉田です。優美さんに聞きたいことがあるけど、私の絵を勝手に使ってイラストコンペに出して、大賞取るなんて酷いじゃない。
私の描いた絵が欲しいって言ってたのはそのためなの? 何で私を貶める様な事をするの? 謝って欲しいんだけど。
私はあなたの事いい人だと思ってたけど、失望しました。あなたが私に謝ってくれない限り、あなたと縁を切る事にするわ。私は傷ついたから。一生懸命描いたのに、あなたのせいで台無しにされたから。
とにかく私はイラストコンペの会社に電話で抗議するから。覚悟してください。
吉田より
亜梨実は優美さんに抗議の手紙を書いた。次の日の朝にポストに投函した。怒りに燃える亜梨実は、さらに行動を起こした。イラストコンペの会社に抗議する事だ。
スマートフォンでイラストコンペの会社に電話した。
『もしもし、長英社ですが何か御用ですか?』
スマートフォンから編集者らしき声が亜梨実の耳に入ってくる。
『はい、お尋ねしたいことがあるのですが、お時間よろしいですか?』
亜梨実は低い声で、編集者に問いかける。
『はい、何でしょうか?』
編集者は明るい声で亜梨実に電話で応える。亜梨実はすうっと深呼吸して、編集者に話し始めた。
『実は、イラストコンペの受賞作の事ですが。大賞作のイラストの事ですが、あれ実は私が描いたイラストなんです。フィ・ユミリーって人が私の描いたイラストを勝手に使ってたんです』
『え、えええー? 本当ですか? あの点描のイラスト本当はあなたが書いたのですか? 勝手に使われたって事ですか?』
『はい、私が描いたイラストを私の友達にプレゼントしたんです。その友達が私が描いたイラストを勝手に使ってコンペに出したと思います。フィ・ユミリーについて聞きたいのです。その人の本名は何ですか?』
亜梨実は固い声で編集者に問いかける。
『す、すみません。その受賞者の個人情報を教えるのはちょっと出来なくて、すみません。本当にあなたの絵を勝手に使われたのなら、その大賞を取った方は副賞としてライトノベル雑誌の表紙を描き下ろしイラストを描く依頼があります』
亜梨実に問い詰められた編集者は困った声で、亜梨実に大賞を取った人は副賞としてライトノベル雑誌の表紙を描き下ろしイラストを描く依頼があると言った。
『描き下ろしイラスト……』
亜梨実は真剣な顔で編集者から描き下ろしイラストを描く依頼があると聞いて息を呑んだ。
『その受賞者が描き下ろしイラストが全然違う絵を描いたなら、その受賞者が嘘を付いたことになり、受賞取り消しになりますね。それでもあなたが落選の事実は消せませんが……』
『それでもいいです。私の絵を勝手に使って賞を取ろうとした悪党をやっつける事が出来るのならそれでいいです。私は正々堂々とやってきましたから。今後そういう事がない様にして欲しいだけです』
亜梨実は強い口調で編集者に卑怯なやり方で大賞を取った悪党を罰してほしいと訴えた。
『分かりました。さっそくその受賞者に連絡して、描き下ろしイラストの依頼をしてみようと思います。何かあったらあなたにご連絡しますので、では』
『ありがとうございます。では失礼します』
亜梨実は出版社の編集者に礼を言い、電話を切った。
亜梨実は待つことにした。それから一ヶ月後、長英社から連絡が来た。『はい吉田です』
『あ、もしもし。吉田さん。今お時間あります?』
『はい、何かありましたか?』
『実は、その大賞者に仕事の依頼をしてみて、とりあえずラフスケッチを描いて欲しいと連絡したんです。そのラフスケッチが……』
『ラフスケッチが? 何々、どうなったのですか?』
『……それが、実際に彼女が描いた絵が受賞作と全然違うんです。緻密に描いてないし、デッサンもすごく狂っているし、色使いも全然違うんです。やはり彼女は盗作したのだと、分かったんです』
『やっぱりそうなのですね! 受賞取り消しになるのですね?』
『おっしゃる通りです。彼女は受賞取り消しの通知を出しました。彼女は盗作してないと言い張っているのですが、絵が全然違うのなら、信用できませんよ』
亜梨実はやはり取り消しになるのかと思い、ホッとした。亜梨実の心に何か変化が起きてきた。自分を貶めるような奴に仕返ししたい、地獄のどん底に堕としてみたくなってきた。
復讐するのは神の意志に背く事。目には目をというやり方は正しいと言う人もいる。復讐してもやりきれない思いを一生残す可能性があるというのに、亜梨実は黒い笑いを浮かべながら、こう思った。
(私、優美さんを地獄に堕としてやりたい……だってあいつは泥棒だもん。泥棒には罰を与えてやりたいよ。あいつは金もコネもないもん。私はツイッターのフォロワーがたくさんいるし、睦美さんもいるし、仕事もあるんだもん。あいつは無職のくせに泥棒なんかしてるからこうなるんだよ。あいつに色々と個人情報引き出して、貶めてやるわ。ハハハハッハハハ!)
編集者は亜梨実が黙っている事に疑問に思ったのか、声をかける。
「す、すみません。どうなさいましたか?」
「いえ、何でもないです。私にお電話いただきありがとうございます。またイラストコンペに出品します。その時はよろしくお願いいたしますぅー!」
「あ、そうですか。またいい作品をお描きください。あ、こちらでもイラストの持ち込みを募集していますので、一度はイラストを持ち込んでみてはどうですか?」
「ありがとうございます。作品ファイルが出来たら、ぜひとも持ち込みに行ってまいります。これからもよろしくお願いします」
「では、失礼いたします」
「はい」
編集者とのやり取りを終えて、電話を切った亜梨実。亜梨実はフフフと黒い笑いを浮かべていた。亜梨実は新たな行動に出る。
次の日、郵便ポストに手紙が届いていた。あいつだ。亜梨実はさっそく手紙を読んだ。
亜梨実さんへ
すみませんでした。あなたを貶めようとは思っていません。私が悪いから、この罪を背負って生きていきます。私、亜梨実さんのためなら何でもするから! だから許して!
私はあなたの奴隷です。あなたの命令をすべて聞きます。
亜梨実さん、私の友達をやめないで。何でもあげるから捨てないで!
ごめんなさい、あなたの創作を邪魔して申し訳ございませんでした。
優美より
優美さんの震えた字で亜梨実への謝罪の言葉を書き綴っていた。亜梨実の言う事なら何でも聞くという文章に亜梨実はフッと冷たく笑った。
(あんたは私に酷い事をしたんだから、それなりの覚悟があるんだよね? 私、あんたに骨の髄までしゃぶってやるんだからね? 全部壊してやるんだから)
亜梨実は優美さんの人生を壊すという悪どい思いを吐露した。
さっそく優美さんに手紙を書いた。
優美さんへ
こんにちは吉田です。私が悪かったです。
私が優美さんに絵をあげなければこんな事にならなかったのにね。ごめんね、あなたを傷つけてしまって。
でももういいの。過ぎてしまった事は水に流してしまいましょう。私はこれからもあなたの友達よ。その代わり、優美さんが私の言う事を何でも聞いて欲しいの。プレゼント交換も必ずだし、あなたの秘密もすべて私に話して欲しいの。これが条件よ。
私とあなたは一心同体、離れられないのよ。
ずっと友達よ。一生ね。
吉田より
亜梨実は自分の思いをすべて書いた。手紙を出してそれから一週間後、優美さんから大きな小包が亜梨実に届いた。
亜梨実は冷たい目で小包の中身を見た。
小包の中身は驚くものだった。
「う、うそでしょ? 昔のアニメのセル画に、資料集とフィギュアだー! すごーい!」
優美さんから父親が持っていた昔の人気アニメのセル画やフィギュア、資料集をたくさん送ってくれた。無条件に喜ぶ亜梨実。
表向きは昔のいい作品のグッズに目を輝かせているが、裏は優美さんが自分に屈服しているのを嘲笑っている亜梨実。
亜梨実はフフフと不敵に笑いながら、優美さんと家族が持っているものすべて奪うという、人としてはやってはならない企みをした。
亜梨実は今度は優美さんの家にもう一度行くことにした。
優美さんの家に着いた亜梨実。インターホンを鳴らして、優美さんが玄関を開けてくれた。優美さんは亜梨実にペコペコと頭を下げて、
「亜梨実さん、また来てくれるなんて嬉しいわ。この間のプレゼントどうだった? 死んだ父も亜梨実さんみたいないい人に貰ってくれて喜んでるのよ。また欲しかったらあげるわ」
「うん、ぜひとも欲しいわ。あなたは私の友達ですもの。大好きよ」
「本当!? 嬉しい!」
亜梨実と優美さんは仲良く話していた。
優美さんが亜梨実に自分の家を案内してくれた。初めて優美さんの部屋に入った亜梨実。
優美さんの部屋は女の子らしい部屋で、たくさんの少女漫画が本棚にあって、韓国ドラマのCDが十何枚かあり、アニメグッズもたくさんあった。
「すごいねー。優美さんの部屋って夢がいっぱいあるねー!」
亜梨実は表向きは無邪気に喜ぶが、裏では
(ふん、あんたの物全部横取りしてやるんだから。あんたは私のものを奪ったから、それなりの謝罪をしてもらうよ)
亜梨実が何か企んでいるのを知らない優美さんはニコニコしながらこう言った。
「亜梨実さん、何か気に入ったものある?」
「うーん。そうねえ、あの美少女戦士のフィギュアが欲しいなあ」
亜梨実は棚の上にある可愛い女の子の戦士のフィギュアを見て呟いた。
「そ、そうなの? あのアニメすっごく面白かったのよ。美少女戦士って当時、すごく画期的だったよね! アクションも良かったし、キュンキュンする所もあるから名作アニメだよね! 亜梨実さんはこのフィギュア欲しいの?」
優美さんは恭しい表情で亜梨実に言う。亜梨実は高慢な態度で優美さんに向かって、
「ねえ、私にくれるよね? 私の言う事聞いてくれるって約束したよね? だってあんたは私を貶めたからね」
「う、うん……亜梨実さんの言う事なら何でも聞くよ。私は無職だから」
「じゃあ、貰っていいよね! 嬉しい! 優美さんのお父さんが集めてたアニメグッズ全部欲しいけど、良いよね?」
「い、良いよ。亜梨実さんが喜んでくれるならあげるよ」
優美さんは亜梨実にぐいぐい押されて、困惑しながら亜梨実にアニメグッズをあげると言った。それを聞いた亜梨実は無邪気に優美さんに抱きついた。
亜梨実は子どもの様な笑顔で優美さんを見つめて、「ありがとう! 嬉しいです!」と喜んだ。
友達がいなくて寂しい思いをしていた優美さんは亜梨実という友達を得て、本当に喜んでいた。
しかし、当の亜梨実は優美さんの友達という仮面を被り、自分の絵を勝手に使って賞を取った優美さんを許していない。人の心は生きるために何重もの仮面を被ってのらりくらりとやって生きている。
亜梨実は何重もの仮面を被ってこの世に生きている。社会経験がない優美さんはそれを知らないだけだ。
亜梨実は優美さんからアニメグッズをすべて貰って、大きいものは郵送してもらう事にした。亜梨実は昔の貴重なアニメグッズを手にしてホクホクしている。
嬉しくてニコニコしている亜梨実は、帰るとき優美さんに向かってこう言った。
「優美さん、今日は本当にありがとうございます。すごく嬉しかった。あなたは良い人ね。私はあなたのような人と友達になれて良かったわ」
亜梨実の笑顔に感化されて、優美さんも笑顔でこう言った。
「ありがとう。あなたって本当にいい人ね。まるで聖母マリア様みたいね。大好きよ。あなたと友達になれて本当に良かったわ」
お人好しの優美さんは亜梨実の本当の心を知らないまま、亜梨実に乗せられてしまう。亜梨実を持ち上げる優美さんを見ていた亜梨実は、心の中で
(ふん、あんたはいつか用が済んだら捨てるんだからね。優美さんは私を貶めたからね。イラストコンペの事一生忘れないからね。こっちだって策はあるんだからね!)
優美さんを嘲笑っていた。
自宅に戻った亜梨実は、玄関前に宅配便の段ボールがたくさん置かれていた。それを中に入れた。
段ボールからアニメグッズを取り出した亜梨実は、懐かしい貴重なグッズをフフフと嬉しそうに眺めていた。
「ああ、うれしい。今じゃ買えないもんね。セル画とか今のアニメ使われてないからね。メンコとかすんごく懐かしいな」
セル画を手にした亜梨実は、ツルツルした質感で昔はすべて手で描いていたという、手描きの素晴らしさを実感していた。こんな貴重なアニメグッズを家に置いているだけじゃ、もったいないと思った亜梨実。どうしたらこのグッズを活用するか考えていた。
亜梨実はインターネットで検索していた。アニメグッズの買取サイトやアニメ団体が運営している美術館に寄贈するところもあるし、色々面白いと思っていた。
亜梨実はあるサイトに目を付けた。日本で一番有名なアニメ制作会社だ。九十年代に一大ブームになった美少女が華やかな戦闘衣装を着こなして、ファッショナブルに悪と戦うアニメを作った所だ。この美少女アニメは現在でも世界中で人気を誇っている伝説のアニメだ。亜梨実は小さい頃この美少女アニメがきっかけでイラストを描くようになった。
「なになに、アニメグッズを寄贈してアニメ会社で漫画やイラストの持ち込みをして、採用されたらそのアニメ会社で働けます……って、すごーい!」
亜梨実は目を輝かせながら、このサイトを見ていた。もし採用されたら輝く人生が待っていると確信した亜梨実。
「私もやりたいわ! アニメ会社で働けるなんて良い事よ! イラストいっぱい描いているから、ファイルに入れて持ち込もう!」亜梨実はこのアニメ会社にアニメグッズを寄贈しようと思った。
亜梨実は部屋にあるアニメグッズを眺めた。自分で買って持っていたアニメグッズは最近のアニメばかりだ。アニメのコラボコスメやクッションカバーばかりで、どうしようと思った。
ふと思ったのが、優美さんからもらったアニメグッズだ。良く思えばあのアニメ会社の古い作品のものだ。今では売っていない貴重なものばかりだから、もしかしたら上手くいくかもしれないと。
「別に……あいつの事友達だと思った事ないもん。あんな事されちゃあね。だって私を貶めたもん。私の夢をかなえるためなら何でもしても良いよね?」
亜梨実は優美さんから貰ったものを他人に渡してもいいかと迷ったが、優美さんに貶められたことを思い出しながら、アニメグッズを寄贈しようと考えた。
「私の夢を叶えるのが優先よ。私は税金払ってんのよ。社会に貢献したいのよ。社会に貢献できない優美さんが、何で優遇されなければならないのよ? 私の方が苦労してんのよ! あいつにいい思いばかりされたくない!」
たとえ優美さんを踏み台にしてでも、自分の幸せを絶対に掴むという思いが勝った亜梨実は、憎しみに満ちた顔で吐露した。
亜梨実はさっそく、そのアニメ会社にアニメグッズを寄贈して自分の作品ファイルを持ち込みに行くとメールした。次の日にそのアニメ会社から返信が来て、
(申し込みありがとうございます。こちら東紅アニメーションの人事担当の沢辺と申します。アニメグッズを寄贈は三日以内に宅配便でお願いします。作品ファイルは二十ページまで作って、アニメグッズと共に送ってください。採用されたら就職案内の資料を送りますのでどうかよろしくお願いします。
沢辺より)
このメールに喜んだ亜梨実は、優美さんからもらったアニメグッズをすべて段ボールに詰めて、自分の描いた作品をプリントアウトして、ファイリングした。作品ファイルを段ボールに入れて宅配便で送った。
亜梨実は楽しみにしていた。まさかこんなに良い事があるとは、自分の前世で徳を積んでいたからと有難く感じていた。確かに自分は小さい頃からコンビニで買い物した時、いつもお釣りは募金箱に入れていた。東日本大震災の時も募金したし、熊本地震の時も募金していた。徳を積むのは当たり前と親から教えられていた。亜梨実はフフフと笑いながら、小さい頃からいじめられて苦しい思いばかりしていた優美さんを嘲笑った。
それから二か月後。亜梨実はバイトとイラストを描くことに精を出していた時、自分のスマホから電話がかかって来た。誰だろうと思った時、東紅アニメーションの人事担当の沢辺さんだ。
「何か連絡が来たのかな? 採用されたかもしれない!」
さっそく電話を取った亜梨実はワクワクしながら、沢辺さんに聞いてみた。
「お電話ありがとうございます。吉田です」
『こんにちは、東紅アニメーションの沢辺と申します! 吉田様ですか? お電話ありがとうございます。今お時間ありますか?』
「はい、大丈夫です」
『吉田様から寄贈されたアニメグッズを東紅アニメーションの資料館に展示されることになりました。いやあ、まさかこんな貴重なグッズを寄贈されるなんて思いもしなかったですよぉ。本当にありがとうございます』
「いえいえ。私の父が持っていたものですから」
亜梨実は東紅アニメーションの沢辺によいしょされて、気分が良くなる。沢辺は電話で亜梨実にある事を言った。
『そうですかー! いやぁ、素晴らしいお父様ですねー! 吉田様はだからああゆう素敵な絵をお描きになるのですね! 実はうちの社長からあなたの絵を見てこう言ったんです。この子の絵は九千兆円の経済効果をもたらす絵だと!』
『もう、社長がね、今すぐあなたを採用したいと言ってるんですよ! あなた、うちで仕事してくれるよね? 給料は出来るだけよくするからさ? もうぜひとも来て欲しいんですよ!』
「ほ、本当ですかー! ありがとうございます! 私……涙が止まりません……」
亜梨実は社長から九千兆円の経済効果をもたらす絵だと、壮大なスケールの言葉を受けて、感激して大きな目から涙があふれてしまった。生きててよかった。自分は地道に頑張っていたからこんな感動する事が巡り合ったと、亜梨実は実感した。
イラストコンペは失敗したけど、チャンスが巡ってきたから絶対に逃したくない、亜梨実は決意した。
「ぜひとも東紅アニメーションで働きます。一生懸命頑張りますので、どうかよろしくお願いいたします!」
『良かったー! じゃあ、就職案内の資料を郵送しますので、どの部署にしたいのか考えてくださいねー! じゃあ、吉田様。ぜひともよろしくお願いします!』
「ありがとうございます! これからもよろしくお願いいたします。では失礼します」
東紅アニメーションで働くと言って電話を切った亜梨実。ようやく第一歩を踏み出せたと、嬉しくなった。亜梨実は睦美さんにメールしようと、パソコンに向かった。
ピンポーンとインターホンが鳴って、誰が来たのだろうと思って玄関に向かった。ドアを開けると不気味はオーラをまとった人影が映った。あの女だ。
「亜梨実さん、お元気にしてますか? 清水です」
丸々太った優美さんがシュッと痩せていた。亜梨実は優美さんの変貌にギョッとしていた。亜梨実はやな顔を見せない様にと、笑顔で迎えた。
「優美さん、今日はどうしたの? 私、良い事があって。アニメ制作会社で働かせてくれるって電話が来たの」
「そうなんですか? 良かったですねえ! 亜梨実さん、アニメーターになるんですか? 素晴らしいですね。私なんか、絵が下手だから採用されないと思うわ。すごいですね! 亜梨実さんは何か神様からのお恵みをたくさんもらっていますね!」
「ありがとうございます! あなたのおかげよ。あなたがいたから、今の私がいるの」
愛嬌ある笑みで優美さんに向けるが、亜梨実の心の中は違った。
(ふん、アンタなんかデッサン狂った絵だから盗作したのをバレたんだよ。私は毎日絵を描いていたから、採用されたんだからね。あんたに復讐するためにアニメグッズを寄贈したんだから)
亜梨実の本心を知らない優美さんは、純粋に亜梨実を褒めていた。
(あんたはもう用なんかないんだから。縁切ってやるから。あんたなんか、邪魔なだけ。生産性のない奴なんか、私が消してやるからね!)
亜梨実の笑顔の裏で優美さんへの憎悪を募らせていた。亜梨実は普段は皆に優しいが、自分の得にならない奴はすべて消すような残酷さを持った女だ。昔、亜梨実は高校のころにクラスで一番成績の良いハンサムに恋をしていた。その背の高い王子様みたいなハンサムは美術部で一番絵が上手くて、化学も得意でクラスの女子たちにすごく人気があり、バレンタインデーには下駄箱からあふれるくらい、チョコレートをもらう程だ。亜梨実もそのハンサムに恋をしていた。
亜梨実はそのハンサムの心を掴みたく、手描きのイラストを同じ部活だったハンサムにいつもあげていた。可愛らしい亜梨実からイラストをもらったハンサムはすごく喜んでくれた。しかし、同じ部活の地味なメガネの太った佐藤佳代子という腐女子から亜梨実は妬まれてしまう。佐藤佳代子はボーイズラブの漫画がすごく好きで、どこでも構わずボーイズラブの漫画の話をするのでみんなから煙たがられていた。例えば、人参とジャガイモのボーイズラブとかとんでもない組み合わせをBLにすることが腐女子特有の想像力が鬱陶しい亜梨実達。服のセンスもダサくて、ブリブリのフリルの服ばかり着て全く似合ってない。皆から嫌われていた。
佐藤という腐女子のブスに嫌がらせされた亜梨実は、ブスに蔑まされて嫉みブスに対する憎悪でいっぱいだった。そこで亜梨実は、何とかあの腐女子のブスを追い出すために策を練った。
あの腐女子のブスを貶めるためにデマを流すことにした。
亜梨実は学校の闇サイト掲示板で匿名で、『あの子は下級生の財布を盗んだんだよ』とか、『コミケで不細工なおっさんと不倫してたんだよ』とか、『あの子は不細工な男子生徒達と乱交してたんだよ』と、悪質なデマを流した。
掲示板に書き込まれた根拠もない話を信じた学校の生徒たちは一気に思考停止して、その佐藤という腐女子をいじめるようになった。亜梨実が想いを寄せていたハンサムも悪質なデマに乗せられて、腐女子をいじめて退学まで追い込んだ。悪いのは佐藤じゃない、亜梨実だ。佐藤はただ漫画やアニメが好きなだけで、嘘を付くことはなかった。亜梨実は皆にいい顔をして、裏では人を貶める様な悪女だ。気に入らない腐女子を追い出して、ハンサムの心を掴んだ亜梨実。しかし、学校を卒業するとそのハンサムは亜梨実に一切連絡をしなくなった。忙しくて会う暇がないのか、それとも亜梨実の腹黒さに呆れて離れたのか、何の連絡もしなくなった。
亜梨実はそのハンサムが好きだったのに、別れた事にずっと尾を引いていた。その事だけは誰にも言わなかったのだ。
誰にも見せなかった亜梨実の裏の顔は自分の幸せのためならどんな卑怯な事をしても厭わない所がある。表では堅実ないい子を振る舞う所が怖い女だ。
優美さんは亜梨実の過去を知らない。一生知ることはない。亜梨実は自信満々な笑みで優美さんに向けた。
「ねえ、優美さん。うちに泊まってよ。お風呂とご飯はただで提供するから、泊まりなよ。私、夜になるといつも一人だから寂しくて泣いちゃうんだよね」
穏やかな聖母の様に優美さんに言う亜梨実。
「だから、優美さん泊まってよ。美味しいご飯作るからさ? 私が東京に行く前にいっぱい話そうよ。友達でしょ? 私達?」
「う、うん、でもいいの?」
「良いのイイの。泊まってよ。今晩御飯作るから待ってて!」
優美さんにそう言った亜梨実は、キッチンに向かった。冷蔵庫からジャガイモと人参と玉ねぎと、豚バラ肉としらたきと卵二つ、わかめと豆腐。味噌と醤油をキッチンに出した。
亜梨実はフフフんと鼻歌を歌いながら、キッチンで料理を作っている。リビングで料理を作っている亜梨実を見つめる優美さん。優美さんは亜梨実がなぜこんなに優しくしてくれるのか、疑問に思っていた。確かに優美さんは褒められたくて、亜梨実の絵を勝手に使ってイラストコンペに出した。
奇しくも盗んだ作品がグランプリを獲った。優美さんに勝手に絵を使われて憤った亜梨実は出版社に抗議した。優美さんは亜梨実みたいに上手な絵を描けないから盗作がバレて、取り消しされた。優美さんは後悔して、亜梨実に懺悔した。亜梨実はそんな優美さんを友達だと言ってくれて、優美さんは安心した。亜梨実に父が遺したアニメグッズをあげたりして友達付き合いを続けていた。そのアニメグッズが亜梨実の部屋に一切置いてない事に疑問に思っていた優美さん。実家に置いているのか、クローゼットに入れているのか聞いてみようと思うが、亜梨実が怒るといけないからあえて聞かない。
亜梨実がキッチンでふんふんと鼻歌を歌いながら肉じゃがを作っていた。肉じゃがを作る鍋はホクホクと夢の様な世界が広がっていた。もう一つの鍋には赤味噌のほっこりとした匂いが立ち込めるみそ汁を作っていた。
しばらくして、ニコーッとした亜梨実が
「できたよー! 亜梨実の心のこもった夕飯の出来上がりー!」
出来立ての夕飯をお盆に乗せて、テーブルに持って行った。
「出来たんですか? じゃあ食べます」
優美さんは夕飯が出来て、お腹の音が鳴っていた。優美さんは遺族年金と母親の年金のみで暮らしている。質素に暮らさなければならないから、食事も一日二回でやらなければならない。安いスーパーで一日三百円以内でやりくりしないといけない。漫画も買えないし、服も最近は一枚も買っていない。
優美さんは亜梨実と違って人との交流があまりにも薄いから、仕事のツテもないのだ。人との関わりが紙の様に薄い人は悲惨だ。誰とも関われないから何もできない。お金を持っている人は人との関わりが厚みのある板の様に関わっているから、お金が入ってくる。コミュニケーション能力を持ってないと生きていけない辛さがある。
優美さんは亜梨実が羨ましかった。会報誌で亜梨実のキラキラした個性ある絵に称賛されていて、自分はデッサンの狂った稚拙な絵しか描けないのだ。
優美さんは亜梨実の言う事を聞けば、良い事があると思って手紙を出していた。決して亜梨実の傷つけずにただ褒めて、亜梨実を持ち上げていた。人に尽くす事しか生きる道がなかった。
そんな優美さんに亜梨実はどう思っているのか、亜梨実の深い暗闇にある部分を知ったら優美さんの心は確実に壊れる。いつも笑顔の亜梨実は自分自身の暗闇を隠しながら人々と渡り歩いた。
亜梨実は穏やかな笑顔で優美さんと一緒に夕飯を食べていた。優美さんはお腹が空いているせいか、ハフハフと丸い頬をさらに膨らませながら、美味しそうに食べている。亜梨実は安いスーパーで買った食材で作った夕飯が美味しいのかと、口元を上げて満足げな顔をした。優美さんはご飯を頬張りながら、
「亜梨実さんの作るご飯って本当に美味しいわ! すごくあったかくて、ホッとする……懐かしい味がする」
無邪気に美味しいと言った。優美さんに美味しいと言ってくれた亜梨実は、ウッと手で口元を隠して涙ぐむ。
「本当ですか……嬉しい……そんなこと言ってくれるのはあなたが初めてです。うっ、何でこんなに胸が熱くなるのかしら……涙が止まりません!」
大きな目から涙を流す亜梨実に優美さんは慌てて、亜梨実に白いハンカチを渡す。
「あ、亜梨実さん。泣かないでください」
「ありがとうございます……私、昔ね忙しい両親のためにオムライスを作った事があるのです。一生懸命作ったけど、それを食べた両親が食中毒になって救急車に運ばれて病院行ったのです。幸い症状は軽かったけど、両親のすごく怒られて二度と料理を作るなって。私……すごくトラウマになってしばらく料理できなかったわ。高校卒業して一人暮らしして、久しぶりに包丁を握った時すごくドキドキしたわ。久しぶりに誰かに料理したの後悔してないわ。ありがとう、優美さん。あなたは心の恩人よ」
「亜梨実さん」
亜梨実が清らかな涙を流しながら自分の過去をぽつりぽつりと語る。それを何の疑いもなく純粋に聞く優美さん。亜梨実が言っている事は実は全くの嘘。
(ふん、何の疑いもなく聞きやがって。両親が私が作ったオムライス食べて食中毒になったのは嘘だよ。一人暮らしする前から毎日料理作ってたよ。私の作り話に騙されてバカだわ)
自分の悲しい過去を優美さんに涙を流している亜梨実の心の中で、優美さんを嘲笑っていた。亜梨実は嘘ついて優美さんを貶めようと企んでいた。美人は性格が良いと言われているが、人は見た目では判断できない。人の顔は万華鏡のようにたくさんある。優美さんはそんな万華鏡の様な亜梨実を信じ切っている。
優美さんは、亜梨実に向かってこう言った。
「亜梨実さん、どんな事があっても私がいるよ。また美味しい料理を作ってよ。たくさん素敵な絵を描いてよ。私はそれを見るよ」
「ゆ、優美さん!」
優美さんの優しい言葉に亜梨実は号泣した。うれし泣きした亜梨実は優美さんを抱きしめた。夕飯を食べ終えた二人は、片づけをしていた。流しで皿を洗っている亜梨実はフフフと笑いながらこう言った。
「ねえ、この後散歩に行かない? 食べ終えたら運動しないとね」
亜梨実の言葉にきょとんとした優美さん。
「な、何で? もう九時だよ。夜遅くに散歩なんて危なくない?」
「何言ってんのよ。ここは指扇だよ。新宿よりは怖くないわよ。下手な都会より治安は良いのよ。大丈夫よ!」
もう遅いからと渋る優美さんに亜梨実はグイグイと優美さんを引き込もうとしてくる。
「でも」
「ねえ、優美さん。私の言う事なんでも聞くって言ってたよね? だから散歩行くのよ。安心しなさいよ」
亜梨実は強い表情で散歩に行こうと懇願する。生命力あふれる亜梨実に優美さんはちょっと顔を引きつりながら、目を輝かせる亜梨実の目をじっと見て、
「う、うん」と亜梨実と一緒に散歩行くことにした。
「じゃあ、先に外に出てね」
トレンチコートを着る亜梨実は、ジャンパーを着ていた優美さんに向かっていった。優美さんはうんと頷いて、先に玄関に向かった。
優美さんが玄関に行った隙に亜梨実は自分の机に向かった。引き出しを開けて、何か取り出した。
カッターだ。亜梨実はキラッと光るカッターの刃先を暗い瞳で凝視した。フフフと不敵に微笑んだ亜梨実。
(もう、あいつに用はない。私は幸せを掴みためなら何でもするんだよ。いい、人間はねしたたかな奴だけが生き残るんだよ。どんな手段を使ってでも、生き残るんだよ。あいつは頭悪いから、金もコネもないんだよ。生きる資格なんかないんだから、この世からいなくなって欲しいのよ)
心の中で亜梨実は優美さんを消そうとしている。でも本当にそんな事をしてでも幸せになるのはいつか仕返しが来る日があるという事を皆知っている。
亜梨実は人間らしかった。欲は相当あるし、嫉妬もする。褒められるためなら何でもするという悲しい自己顕示欲にまみれた現代っ子そのものだった。
「亜梨実さん! まだなの?」
優美さんが玄関から大きな声で亜梨実を呼んだ。ハッとした亜梨実は急いでカッターをコートのポケットに忍ばせた。亜梨実は急ぎ足で玄関に向かった。
「ごめんごめん。じゃあ行こうか」
「どうしたの? 冬なのに汗かいてるよ? 暑いの?」
「何でもないよー! アハハ!」
亜梨実の様子がおかしいと思った優美さんは眉をひそめた。しばらく玄関に来なかったのはどういう事か、化粧でもしてたのかと思っていた優美さん。
そんなそぶりを見せない亜梨実は軽やかな足取りで寒々とした冬の夜の指扇を出た。
人通りが少ない夜の指扇の道。明かりも少ないし、不審者がいたらどうしようと心配してる優美さん。こんな暗い夜道でも平気な顔して夜道を闊歩する亜梨実。臆病な優美さんと対照的だ。
信号を渡り、暗い森がある道を歩く亜梨実と優美さん。どんどん深い森が道を暗くしている。年寄りが多いこの町はもう九時過ぎだから、寝てる人も多い。明かりが少ない夜道を歩く優美さんは隣にいる亜梨実に向かって、
「亜梨実さん、どこに行くの? コンビニ?」と聞く。
亜梨実はうーんと呟きながら、「秋葉神社よ。すごく静かなところよ。春には花祭りやるの。花祭りは良いよ。たくさん屋台あるし、よく焼きそばとチーズハットグを買うの。チーズハットグって伸びるのよ。あれ、自分で作る事できるんだって」
「そうなの? どうやって作るの? 伸びるチーズは何でやればいいの?」
「ああ、チーズはね、さけるチーズが良いんだって。あれ使えば、揚げれば伸びるんだって。私作った事あるもん。結構おいしんだよ」
「そうなの? すごいね。亜梨実さんは最高だね!」
「まあね」
優美さんに無垢な顔で褒められているのに、亜梨実はどこか上の空にいた。そんな亜梨実に優美さんはぽつりと語り始める。
「そういえば、亜梨実さんって他人から仲間外れにされた事ないの? 私、あるんだ。中学の時に流行ったキム・ユミっていう韓国の歌手いたじゃん。一生我が君を愛すっていう歌結構テレビで流れたじゃん。知ってる? 亜梨実さん」
「ああ、知ってるよ。結構ぽっちゃりしてるけど、歌は上手かったね」
「知ってるんだ。……私、そのキム・ユミにすごく似てるって中学のヤンキー男子に言われて、私結構気持ち悪いって嫌われていたの。あだ名はね、キモ・ユミってみんなから呼ばれてたの。気持ち悪いからキモ・ユミってね。なんだかひどくない? 私日本人だけどね、一重だから日本人ぽくないって嫌がらせされてたの。靴とか隠されたし、みんなから無視されたりね。それに私オタクだから、絵を描くことしかできないの。絵を描いてみんなを喜ばせたいなと思ってイラストレーターになりたいなって。でも私、人と話すのがすごく苦手だからもう無理だなって思ってるの」
中学の時に男子にキモイ女呼ばわりされていたこと沈んだ顔で話す優美さん。一重でブスだから自信が無いから大きな一歩を歩めず、社会に出れなかったと諦め切っているような発言をする。
「へえ、大変だったね。そういえばアンタ絵を描くの好きだからイラストレーターになりたいと思ってたんだ。でも絵の世界って大変だよ。パクリやって干されるし、原稿料一銭も払ってくれない所もあるから、結構黒い世界だよ」
「そうだけど、でも真剣にやれば良いんじゃないの?」
優美さんの言葉に癇に障った亜梨実は、ポケットに手を入れて、カッターを触れていた。
「そうね、ネットでもプラットフォーム形式のサイトとか作ればいいと思うけどね。頭良くないと生きていけないのが今の世の中なんだけどね。私はアニメ会社に就職して仕事を始めたら、そういう企画を立てようかなと思う。実は私、企画部を希望してるの。絵を描く方にしようかと思ったけど、すごくいい原作でもあまりメジャーじゃないジャンルじゃ売れないって、お蔵入りなったの結構あるの。最近のアニメなんかすごく売れた原作ばっかでオリジナル作品なんかすごく少なくなったのよ。だから普通じゃない作品の企画を立ててみたいなと思ってる」
「そうなんだ。私働いたことないから、全然そういうの知らなくて。すごいね亜梨実さんって、本当に賢いね!」
歩きながらガールズトークをする二人。しばらく歩くとたくさんの樹々がある神社がある。神々しく聳え立つご神木が神社の入り口にあった。近くに古ぼけた公衆便所がある。
公衆便所を見た亜梨実は何だか厳しい表情を浮かべていた。
(ここでやれば、バレはしない……)
亜梨実は氷の様に冷徹な瞳で優美さんを見つめた。亜梨実は優美さんに固い声で言った。
「ねえ、トイレでも行ったら? しばらくしてないでしょ?」
亜梨実の突然の言いに優美さんはピクッと震えた。
「あ、亜梨実さん。どうして?」
「いいから入りなよ」
亜梨実の冷たい表情を見た優美さんは、何か悪いものを感じ取った。でも逆らうと嫌われる。また一人ぼっちになる。優美さんは亜梨実に頭を下げて、
「わ、分かったよ。入るね」と焦って公衆便所の中へ入っていった。
誰もいない公衆便所の中は明かりはあるが薄暗くて、幽霊が出るんじゃないかと優美さんは怖かった。一緒に入っていった亜梨実は怖がっているような感じはしていない。
亜梨実は優美さんを睨んで、入れと無言で示していた。優美さんは鬼のように怖い亜梨実に逆らえずに個室に入ろうとしたその時、ザクッと優美さんの太い首に鋭い衝撃が走った。鋭い刃物で刺されたような痛みを覚えた優美さんは首に手をやった。
「え、え、えええ……! ど、どうして?」
手には真っ赤な鮮血が染まっていた。遅れて強烈な痛みで声が出ず、力なく後ろを振り向く。
「フッ、アンタと散歩に出た理由、これで分かったでしょう? ハハハ、ハハハ!」
後ろには残忍な笑みを浮かべ、カッターナイフを優美さんの首を容赦なく突き刺す亜梨実の姿があった。首を刺されて思うように動けない優美さんを容赦なく背後からドスドスと容赦なく切りつける。
「う、ああああ、あああああ! ど、どうして、刺すのよ!」
「あんたが、アンタが邪魔なんだよ! アンタを消さなきゃ私は自由になれないんだよ! だぁからあんたを殺すんだよ!」
仄暗い闇を持つ亜梨実が自分の事を貶め、人生のどん底に堕とされた恨みを優美さんにぶつける。鋭いカッターナイフの刃が朱色の鮮血で染まっていた。
「あ、亜梨実さん! 確かに私、悪い、事した。だ、か、ら、罪を償って来た、の、よ。ど、どうすれ、ば、亜梨実、さん、は、許して、くれ、る、の?」
「く、くく、く、ッはは。優美さん、アンタが死ねばいいんだよ。私はね、周りの人から思う程いい人じゃないんだよね~。自分の思い通りにならない奴なんか、他人から見えないやり口で蹴落としてきたんだよ。私はね、小さい頃からいい子キャラでやってきたけど、本当はいじめっ子なんだよ。あんたみたいなうじうじした女なんか嫌いなんだよ!」
ドスの効いた声で優美さんを罵倒し、何度も優美さんの背中をカッターナイフで刺し続ける。背中を刺されて「ウギャアァアア!」と、地獄の叫びを放つ優美さん。優美さんの背中は真っ赤な血で染まっていた。優美さんはあまりの痛さに床に倒れ込んだ。
床に倒れ込んだ優美さんは、虫の息をしていた。
意識が朦朧として憎しみに満ちた亜梨実の姿がぼやける。
「ハハハッ! 痛いだろう? あんたは今まで現実から逃げてばっかだから、相当痛いだろうな!?
優美さぁん? あんた、私に酷い事したのを覚えているよね? 私の絵を勝手に使って投稿して、賞取ったんだよね? 私、どんだけ傷ついたと思ってんだよ! 一生懸命描いたのに、めちゃくちゃにされて!」
悪魔の形相でケガで床にうずくまる優美さんを睨む亜梨実は、腹の底から憎しみを叫んだ。さらに亜梨実はカッターナイフを振り回し、ザッと優美さんに切りかかった。
「ウアアアアアアアー!」
亜梨実に喉を切られて、断末魔を叫ぶ優美さん。喉を切られて、息が思うようにできない。
「う、うう、ああ、あ、あ、あ」
のたうち回る優美さんを冷たい目で見る亜梨実は、もっと切ってやろうかとカッターナイフを構える。
「何だよ。まだ死ねないのか? もっとやってやろうか?」
「ふ、ふ、はは、は、あ、り、み、さ、ん。あん、た、はばか、ね。あん、た、の方が、クズなのに、ね、優しい、ひ、と、の、ふり、を、して、まで、構って、欲しい、のね、ばか、みたい、ハハハ」
血をカッと苦しそうに吐きながら、一重の目を思いきり開いて亜梨実を睨む優美さん。その睨んだ目から亜梨実に対する激しい憎悪が溢れている。
「何だよ。私がクズですって? ふざけんなよ。私の方が税金払ってんだから、アンタみたいな税金払わないでのうのうと生きているようなデブスなんか、こうされればいいんだよ!」
「フギャア!」
優美さんに逆撫でされるようなことを言われて、激しい怨根をむき出しした亜梨実は優美さんをカッターで顔を切りつける。
「フン、亜梨実さんは、この、まま、良い人の、ふり、をして、生きていくん、だろうね、みんな、は、そんな、亜梨実さんの、表面、だけを見て、一緒に生きていくんだろうね、あなたの、本当の姿を、見れば、きっとみんな、あなたを、悪魔呼ばわり、さ、れるだろうね、ガッ……」
「優美さん、私が悪い女だと言いふらせないよ。だってあんたは間もなく死ぬんだから。あんたは私に殺されたことは永遠に知る人は誰もいないから。だってこんな郊外に事件なんか起きるとは誰も思わないからね」
「く、く、うう、そんな事、いえ、るな、んて、ずいぶん見損、なったよ。あなたが、犯した、ことは、いつか、バレる、日が、くる、よ! ふ、ふふ、くぐ、ぐ、だって、こんな血を、な、がす、事なんかし、たら、ばれ……る、から!」
「うるさい! このキモユミ! キモキモキモォオオオオオオオオ!」
怒り狂った亜梨実は、優美さんを罵倒した。どんな事でも自分が得するように生きてきた亜梨実は小さい頃から公務員の父親に器用に生きるコツを教えられてそれを実行していた。例えば自分の父親が公務員なので皆から非難されない様に自分は節約して生活しているとアピールして好感度を上げたり、安い画材で上手に絵を描いている事をSNSでアピールしてたりしていた。後、東日本大震災の時も学校で募金するときも正月にもらったお年玉をすべて寄付したりした。良い人でなければ人間関係も仕事も上手くいかないのが分かっているから、良い人で通して生きてきた亜梨実。
人は何千もの仮面を持って生まれてきた存在。一つの仮面しか持っていない人は厳しい世の中を生きてはいけない。人は器用に生きていかないとお金も権力も手にする事が出来ない。世界の権力者は何千もの仮面を駆使して金と権力を得てきたのは事実だ。
優美さんはそれを知らないで無駄に生きてきた。だから彼女は底辺の女だ。何千の仮面を駆使してアニメ会社に採用された亜梨実は底辺の優美さんを見下している。
亜梨実は血にまみれた優美さんを侮蔑するかのような目と口で見ていた。息絶え絶えの優美さんは自分を見下す亜梨実をクハハと嘲笑った。
「何がおかしいんだよ!?」
「ふ、ふん。亜梨実さん、あなたは良いね、器用に生きていけるから幸せね。こ、んな、わ、たしに、もう、依存、する、事は、無いからね。もう、私に依存しないでね」
「黙れ! キモユミ! 黙れ! 黙れ、黙れ! 黙れぇえええええええええええー!」
「……さよなら。亜梨実さん。もう、私に見たいな人に依存、しないようにね」
亜梨実に切られて体から大量の血を失った優美さんは安らかな顔でフーッと息を吐いてから、そのまま体が動かなくなった。死んだのかと思った亜梨実の体が一瞬止まった。
優美さんが短すぎる生涯を終えた。冷静な顔のままの亜梨実は動かなくなった優美さんの瞳孔が開いたままの黒い目をじっと見た。脈も途絶えているし、瞳孔も開いたままだからもう大丈夫だとホッとした。
優美さんを殺した亜梨実は、キョロキョロと辺りを見回した。もう深夜だから皆寝ていると思うし、ここの神社は正月と花祭り以外、そんなに人が来るようなところではないし、バレることはないだろうと思った。亜梨実は優美さんの遺体をトイレの中にしまい込もうとした。亜梨実は重たい優美さんの体をズズッと持ち上げ、個室トイレに引きずりながら入れた。個室トイレの奥まで入れて鍵を掛けた。
「早くここから去ろう」
フーッと息を吐いた亜梨実は血で汚れたコートを脱いで、ショルダーバッグすら持っていないから手で持つことにした。
早く逃げなければ、捕まってしまう。顔の冷や汗が噴き出してハラハラしている亜梨実。アニメ会社に入るから、この事がバレたら終わりだ。焦る亜梨実は辺りをキョロキョロ見回して、誰もいないと分かったからダーッと勢いよく神社の公衆便所から走り去った。
私は悪くない、悪いのは自分の幸せを壊そうとする無能な奴らだ。私はちゃんとバイトしているし、毎日絵を描いているし、公募展で賞も取っているし、そんな自分にどうして邪魔されなければならないの?
大体無能な奴らが、世界をダメにしているのが事実なのに何で罰しないのか? 有能な奴らだけ幸せになって欲しいと思わないのか?
私は間違っているの? 何で無能な人まで平等にしなきゃいけないの? おかしいよ!
冬の星空の下で白い息を吐きながら一生懸命逃げる亜梨実は走りながら、心の中で自分の気持ちを叫んでいた。人も車もほとんど通らない道を選びながら走る。
やっとアパートに着いた亜梨実はものすごい汗をかいていた。必死に走って体力が消耗している。
血の付いたコートを持っている亜梨実はコートを見つめながら、
「このコートを決して誰も見つけられないようにしないと……」息を切らしながら呟いた。
亜梨実はバレる恐怖で震えながら、コートをクローゼットにある衣装ケースに画材屋の紙袋の中に乱暴にしまい込んだ。
絶対にバレてはいけない、一週間後にはここを出るんだから。とにかく逃げ切るしかない。絶対に逃げて幸せになりたいんだから! と亜梨実の心の中で叫んでいた。
亜梨実は一週間後に、埼玉を出て東京に引っ越した。その直後に埼玉県の郊外にある神社のトイレから血まみれの女性の遺体が個室から出たというニュースが流れていた。ワイドナショーのコメンテーターが殺人だと絶対に犯人を捕まえる事が大事だと、わんわんコメントを出していた。このニュースを観た亜梨実は一瞬体が凍った。でも、バレることはないとハハッと笑って余裕だった。亜梨実はもう東京に住んでいるし、すでにアニメ制作会社で企画部で仕事を始めていた。東京にいるんだから、こっちまで来ることはないと。
それから十五年の月日が流れた。日本は様々な考えを持つ人間達が画期的な発想を生み出し、人間達の生活を潤して新しい時代が到来していた。亜梨実は東紅アニメーションで優秀だが生活が苦しいクリエイターに直接支援できる『信頼ファンド』というSNSで直接評価されると支援者が持っている共通ポイントを使ってそのクリエイターに支援できるというシステムを開発した。
この直接支援できる『信頼ファンド』は生活の苦しい才能あふれるクリエイターたちに大きな光を与えた。この共通ポイントで自由に美味しい食料を買ったり画材を買う事が出来るようになり、クリエイターの生活向上する事が出来るようになったため、世界中のメディアで称賛されている。投げ銭システムがクリエイターを輝かせ、収入もアップしたから国の税収も上がったのだ。
亜梨実は自分で開発したシステムが賞賛されたことに大変誇りに思っている。
今日は大阪でアニメフェスタに出演すべき、大阪のホテルにいた。亜梨実は豪華な赤いドレスに着替えて、上品に見せるメイクを施し、女らしいヘアスタイルに仕立てた亜梨実の姿はアニメ制作会社の社員とは思えない豪華さだった。
「吉田さん、今日はいい日になりますな。あなたの開発した信頼ファンドを全世界に広めるための記者会見に出るんですから」
亜梨実に付き添うオタクっぽい社員が恭しく言った。その社員の言葉に亜梨実はにこやかにこう言った。
「ありがとうございます。私はただ、困っている人を救いたくて信頼ファンドを開発したんです。見返りもなく困っている人達を救いたくてやってきただけですから。ホホホ」
「やっぱり、吉田さんは良い人ですね! 困っている人を救いたいって気持ちだけでここまでやる人なんていませんよー! 涙が止まんないですよ」
オタクっぽい社員が亜梨実の慈愛に感動して号泣した。号泣する社員を慰めるかのように、亜梨実は優しく社員の肩をポンポンと叩いた。
「そんな泣く事じゃないでしょ? みんなが幸せならいいじゃないの? これからも頑張りましょう?」
「は、はい~! これからもあなたについていきます!」
亜梨実と社員のほほえましいやり取りをホテルのロビーで遠くで見つめる人影をあった。その人影は黒髪のおかっぱで眼鏡をかけていて真ん丸とした体型で黒のかっちりとしたスーツを着ていた。もう一人は背の高い頭髪の薄い中年の紺のスーツを着ている男がいた。
「あの女が十五年前に埼玉県の神社で……」
女が遠くにいる亜梨実を鋭い眼で見ていた。もう一人の男も鋭い眼で亜梨実を疑うように見ていた。
もうそろそろトークショーの会場へ向かおうとした時、何か鋭い視線を感じてロビーの方へ眼をやった。ロビーのソファに座っている二人の人物に何かみられていると思った。何で自分を見るんだろうかといぶかしげな顔をした。
ロビーに座っている女と男は何者だろうかと思った。記者か、それとも公共関係の仕事の人間だろうかと思った。関わると嫌だから無視しようと、目線をそらした。
「ねえ、そろそろ行きましょう」
「はい」
亜梨実は社員と共に会場へ向かった。会場へ向かおうとする亜梨実達をロビーにいる真ん丸の女と頭髪の薄い中年の男がそれを見逃さないと素早い足取りで追って来た。
(何なのよ。あの二人、邪魔よ!)
後ろから張り付いてくるようについてくる二人の男女に亜梨実は鬱陶しく思った。少し早足で行こうとするが後ろの二人もそれに合わせるかのように早足で付いてくる。会場がある階へエレベーターに乗ろうとするが、後ろの二人も粘ついてエレベーターに乗ろうとする。亜梨実は粘着されてイライラが募っていた。化粧もしたのに汗で崩れて、最悪な気分だった。怒りが頂点に達した亜梨実は後ろの二人を追い払うために振り返った。
「ちょっと、あんた達。何で私の後を付けるのよ!」
振り返りざまに眉間にしわを寄せた憎々しい顔で二人の男女に吐き捨てる様に叫んだ。すると真ん丸の女は冷静な顔でこう答えた。
「ちょっと、吉田亜梨実さんですよね?」
真ん丸の女は眼鏡を直しながら、亜梨実の顔をじっと見た。亜梨実は太った眼鏡の女に見つめられて、ギョッとした。
「そうですが、何でしょうか?」
「私、埼玉県警の刑事佐藤佳代子という者ですが、ちょっとお話を聞かせていただけないでしょうか?」
「え? 何であんたが……」
亜梨実は目を丸くした。なぜ腐女子の佐藤佳代子が刑事をやっているのか、なぜ自分の後を付いてきたのか、驚きと衝撃で頭がいっぱいいっぱいになった。
「吉田さん、久しぶりね。私、高校を辞めた後大検合格して警察学校に入学して刑事になったの。あなたの活躍ぶりにはテレビとかで知ってるわ。すごいわね、良い人キャラでやっているから皆から好かれているのね。裏では違うのにね」
「佐藤佳代子。あんた刑事になったの? すごいわ。ただのキモイ腐女子のくせに刑事になるとは大したもんね」
亜梨実はあの佐藤と再会した事で終始不機嫌だった。太っているの変わらないが顔つきが違っていた。きりっとした目つきになり、だらしない口元がきりっと引き締まっていた。しかも刑事という職業についている事に亜梨実の心の中でざわついていた。
「ねえ、佐藤。あんた私に何か用なの?」
佐藤にぶしつけな態度で聞く亜梨実。すると佐藤は厳しい表情になり、警察手帳をバンと亜梨実に見せつけた。突然警察手帳を出されて思わずひッと声を上げてしまった亜梨実。
「そうよ。私はあなたをずっと追っていたんです。十五年前の埼玉県の神社で人が殺されていた事件を追っているんです。被害者は三十八歳の女性で、名前は清水優美という無職の女性です。事件が発生した時、私達県警は被害者の家族から交流関係を聞き出しました。友人があなた一人って言う事しか聞き出せず、遺体に相当の刺し傷があった事から恨みによる犯行だと県警の捜査で確信しました」
(何で、何で、何で! あいつは優美さんを殺した犯人が私だというのか? ふざけんな!)
佐藤が十五年前の事件を淡々と語るのを亜梨実は憤りを隠せなかった。自分は悪くない、悪いのは優美さんなのにどうして自分を追い詰めるのか、佐藤を過去に貶めてやったのに何で仕返しされなければならないのか、憎しみで拳を握っていた。
「そのあなたが指扇のアパートにある防犯カメラから調べたんだけど、あなたと被害者の清水優美さんと一緒にいた映像が残っていたの。それとアパートに戻ってきたあなたの姿に血の付いたコートを持っていた映像があったの。事件が発生した時、あなたはすでに埼玉から出て行ったからすぐに容疑者であるのを特定できなかったの。でも調べていくうちにだんだんあなたが清水優美さんを殺した犯人であることが分かったのよ」
「は、っはは。そんな陳腐な捜査で私が犯人だとでもいうの? DNA審査でもしたのかよ? そうでもしなきゃ分かんないんだよ?」
「ええ、あるわ」
佐藤が鉄の様な固い顔で憎たらし気に佐藤に接する亜梨実の顔を見つめながら、犯人が亜梨実である証拠があると言い張る。
「神社の公衆便所にある個室で清水優美さんの遺体があったの。あなたは清水優美さんを殺して個室に入れたわよね? その時にドアに付着していた血痕に指紋の跡がついて、それを調べてみたらあなたの指紋と一致したの。それが一番の証拠なの」
「バカにしないでよ。そんなもんで私を脅すんじゃないわよ! 佐藤、あんたブスのくせによく刑事になれたわよね。高校の時、あんた高校で一番のハンサムの事好きだったんだよね? 私も好きだったわ。その人を手に入れるために私、何でもしたわ。人を貶めてでも手に入れたからね! でも、高校卒業してからは一度もしてないけどね!」
「フッ、あなたはかわいそうな人ね。皆に嫌われたくないから、誰でもいい顔してねえ。得する人間には優しくて得しない人間には誰にも見つからない様に闇に閉じ込める。自己防衛のためにいい人を演じるんだから、すごく可哀そうな人ね。吉田さん」
「な、何だと! このブス!」
佐藤に自己防衛のためにいい人を演じていると的を得る様に言われて、亜梨実の腹の底から激流が噴き出した。自分が優美さんを殺した事がみんなに知られたら自分がこれまで積み上げてきたものがすべて崩れる。恵まれない優美さんみたいになってしまう。何としてでもここから逃げないといけない。
亜梨実は汗をかきながら考えた。あの二人の刑事から逃げるために。
「どうしたの? 体調悪いの?」
黙って俯く亜梨実を心配した佐藤は亜梨実に声を掛けようとする。佐藤は亜梨実の細い肩に触れるが、その一瞬のすきにドンと鈍い音が広いホテルの空間に鳴り響いた。その間に亜梨実は二人の刑事から必死の形相で素早く離れた。
「くっ!」
佐藤は足を亜梨実にぶつけられて、痛みで足を押さえている。
「あっ! おい! 待て!」
「ぎゃあ!」
中年の刑事はこの場を離れようとして逃げる亜梨実を力一杯走り、大きな体の男の力で細い亜梨実をギュッと押さえつけた。大きな男の刑事に床に押し付けられて、憤怒と焦りでこの刑事から逃れようと暴れるが、亜梨実はたくさん悪さをしているからその罰を受けなければならない。
「ふざけんなよ! 離せ! このクソ親父が!」
「黙れ! お前を逮捕して、警察所へ連行する!」
「何だよ! 離してよ! バカ!」
大きな中年男の刑事に床に押し付けられて泣きじゃくりながら、逃れようとするが男の刑事に強い力で体を押さえつけられているから無理だ。
「吉田さん、もう逃げることは出来ない。あなたを殺人容疑で逮捕します。そして署に連行します」
佐藤が上から亜梨実を鉄のように冷たい表情で亜梨実を見つめ、亜梨実を殺人容疑で逮捕すると言った。逮捕するという言葉に亜梨実はカッかしていた熱が一気に冷めた。
亜梨実はもう逃げることは出来ないと、悟った。自分は小さい頃から皆に嫌われたくなくて、みんなに優しくしていた。どんな嫌な事でも笑顔で引き受けた。残業も快く引き受けていた。質素な生活を楽しんでいた。でもそれで幸せになるとは限らなかった。亜梨実は皆に依存していた。幸せになりたいから依存していた。本当の幸せは自分を強く持ち、ありのままに生きる事が何よりも幸せであるという事。
「あなたは皆に嫌われて一人になるのが怖いから、いい顔してたのね。でもそんな事では誰も幸せになることはないわ。人って嘘を付くとね、不幸になるの。自分だけじゃない、周りの皆にも不幸になるの。私は何も欲しくないなんて、一度も思った事ないわ。私は自分のために刑事になった。自立して生きていくため、お金を稼ぐためになったのは正直な理由よ。あなただってお金が欲しいからアニメの制作者になったんでしょ? はじめから無償の愛なんてこの世には存在してないから! あなたは嘘つきよ。嘘つきであることを認めて生きていれば良かったわね。もうあなたは孤独に生きる事になるんだから。気を使って仕事する事なんかないから」
佐藤に確信づいたことを鋭く問われた。亜梨実は涙を流しながら、佐藤の顔をじっと見つめた。腐女子で皆に嫌われていた佐藤は自立して生きていくために一生懸命大検を合格し、警察学校へ行って卒業して刑事になった。ありのままに生きていた佐藤の方が幸せだと、泣きながら笑った。
それから一時間後、亜梨実は殺人容疑で逮捕され埼玉県警にパトカーで連行された。長い事情聴取を受けて、亜梨実は優美さんを殺した事を自供した。
私は優美さんを一度も好きだと思ったことはない。良い人であることを演出するためのアクセサリーしか思ってないと。
私は皆から嫌われるのが怖い。だからいつも笑顔でいて、みんなに優しくお世話をすることが生きがいだった。それは間違いだという事を知るのが遅すぎた。
亜梨実は涙をこぼしながら、署で事情聴取を受けている時に呟いた言葉だった。彼女の言葉は今の生きづらい世の中に生きる人達の訴えを表していた。
そして亜梨実は裁判で泣きじゃくりながらすべての罪を認めて、懲役十七年の実刑判決を受けた。閉ざされた暗い刑務所の中で孤独に生きる事になった亜梨実は、格子窓の隙間に映る鮮やかな空色をじっと眺めて、改めて思った。
もう少しありのままに生きていれば良かったと。
了