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6 不穏な足音

お久しぶりです。お待たせしました(^^;

「お嬢様、お似合いです!」


鏡の前に立つ私に向かって、侍女が声を掛ける。

今日の服装はいつものドレスではない。

緑色のブレザーに、白のブラウス、赤のリボンタイ。

プリーツの入ったスカートも緑色で、膝がちょうど隠れるくらいの丈になっている。

そう、これは学園の制服なのである。


殿下と出会ってから10年が過ぎた。

今日は、王立学園の入学式なのだ。

王立学園は、王侯貴族たちが3年間通い勉学や交流を図る場となっている。

身分階級関係なく学ぶことを理念としているため、ほとんどの生徒は貴族ではあるが例外も存在し、特待生として勉学に優れた平民も少数通っている。

そういった生徒は卒業後、王城の機関などで登用されることが多いそうだ。

学園内では身分は関係ないといっても、その後の社交界へ多大な影響を及ぼす場であるため、暗黙のルールなどが数多く存在しているようだ。

クラス分けに関しても、学園側は毎年頭を悩ましながら編成しているようである。


私は婚約者であるベリーツ殿下と同じAクラスであると、先日通知がきた。

勉強をしに行くといっても、ベリーツ様と毎日側にいられる状況は、私にとってはこれ以上にないご褒美だ。

これまで、ベリーツ様は忙しい中でも月に1、2回は時間を作ってお茶会を開いてくださった。

お互いに厳しい教育を受けているなか、手紙のやりとりだけではなく、会って話をして励まし合うことがどれだけ救いになったかわからない。

めげそうになっても、ベリーツ様の隣に立つことを目指すことで何とか耐えることが出来た。

そして学園入学前までにほぼすべての王妃教育は履修できたので、これから学園卒業し婚姻するまでの3年は復習を行ったり、社交性を高めていくことに集中していこうと思っている。


改めて鏡に映る自分を覗き込む。

真新しい制服に身を包み、ほんのりとした緊張と大きな希望を胸に抱いている顔は、やや紅潮して口角が上がるのを抑えられていない。


「ふふふ。」


「あら。いかがなされました?」


「いえね。幼い頃のことを思い出していたのよ。殿下と初めて会う日にも、こうして鏡の前でドレスを翻していたなぁと思って。」


「ほほほ。そうでした。それはそれは嬉しそうにクルクル回っていた姿が微笑ましかったのを、昨日のことのように覚えておりますよ。」


「あら、いやだわ。恥ずかしい。でも、その頃と同じようにクルクルと回ってしまいたくらいの心持ちね。ふふふ。」


「あの頃のお嬢様は可愛らしいをぎゅっと詰め込んだようなお姿でしたが、今はさらに美しさも加わって本当に素敵です。」


「まぁ。お上手ね。ふふ。でも嬉しいわ。ありがとう。」


「もうっ。お世辞ではありませんよ?」


「ふふ。」


侍女たちは皆本当に優しくて、いつでも私を喜ばせるような言葉をくれる。

これで今日も気分よく一日を過ごしていけそうだ。


「さて。そろそろ行きましょう。」


「はい。お気をつけていってらっしゃいませ。」



***



王城とはまた違った風格のある王立学園に到着し、馬車から降り立つレディーア。

ふぅと深呼吸をしてから、背筋を伸ばし歩き始める。

ふわふわと漂うブロンドの髪が、歩くたびに揺れる。

周囲の学生たちはそのレディーアの美しさに気づくと、一様にはっと立ち止まり彼女を凝視している。

そのうちに、その場全体が感嘆のため息で溢れた。

砂糖菓子のように可愛らしい容姿だったレディーアは、年齢を重ね美しさが加わり、また女性らしい体つきとなったことで妖艶さまでも身に纏っている。

そう。誰もが振り返らずにはいられないほどの美女なのである。

しかし本人は王太子殿下に釣り合いが取れるようにと美容に気を付けてはいるが、自分の容姿がそれほどまでに優れているとは思っていない。

そして周囲の視線にも鈍感で、その美しさに羨望の眼差しが注がれていることにも気づいていない。


「式の会場はどちらかしら。皆さんについていけばいいと思ったのに、佇んでいる方ばかりだし……。」


レディーアが頬に手をあて、困りながらつぶやいていると、突然後ろから声を掛けられた。


「レディーア!!」


振り返るとそこには見知った顔の少女が早足で近づいているところだった。


「まぁ。ごきげんよう、アイリー。」


ベリーツ殿下と同様に、幼い頃から交流のあるアイリー・サンシェ伯爵令嬢。

親友と呼んでもいいほど仲が良く、ことあるごとにお茶会をしておしゃべりをする相手だ。


初めての場所で心細さもあり、アイリーと会えてほっとしたレディーアは溢れんばかりの笑みを浮かべた。

そしてその愛らしい姿は、さらに周囲のハートを射抜いていったのである。

男女問わず頬を赤らめ、口元や顔をおさえ悶える生徒が続出している。

周囲の異様な光景を目の当たりにし目を丸くしたアイリーだったが、すぐに状況を察してため息をこぼしあきれ返る。


「ごきげんよう。……じゃないわよ! もうっ。朝から騒ぎを起こしてるんだから。」


「騒ぎ……ですか? それどころか、皆さんお静かですけど?」


「……それが騒ぎだっていってるのよ。」


「そうですの? よくわかりませんが、ちょうどよかったですわ。

式の会場がどちらか分からず、困っていたところだったんです。一緒にいってくださいませんか?」


「うん。もういいわ。いつものことよね。

そう。それで、困って立ち止まってたのね。じゃぁ、一緒に行きましょうか。」


「ふふ。やはり、アイリーはいつも頼りになりますわ。入学してからも、よろしくお願いします。」


「はは。もう、そういう役回りだって理解しているわ。こちらこそ、3年間よろしくね。

でも……まぁ、これからもきっとずっとこうしてレディーアの面倒をみることになるとは思うのだけど……。ははは。」


最後の方は聞き取れないほど小さい声でつぶやいたアイリー。

諦めに近いその言葉は、レディーアの耳には届かない。


「何かおっしゃいました?」


小首をかしげながら、伺うレディーア。

可愛いけども、鈍感さは一級品。

あざとかわいいとはまさにこのことか。


「うっ。かわいいぃぃ……!! いつもながら卑怯なくらいに鈍感パワー炸裂してるわ。

……いえ。さぁ、時間になってしまうから、行きましょう。」


呆れながらも、しかしこの愛らしさにノックアウトされているアイリーは、こうして日々献身的に尽くしてしまうのである。


「えぇ。」


レディーアはにこやか笑みを返し、連れ立って歩きだした。

その様子を見守っていた周囲も、やっと時間が動き出したように慌てて歩みを始める。


さぁ。これから楽しい学園生活の始まり始まり。




***


「やっとこの時がきたわ。」


学園の門の前で微笑む少女。

その目には仄暗い影を宿して、(よこしま)な欲望が見え隠れしているようだ。

可愛らしい容姿とは裏腹に、秘薬を作る魔女のような怪しい雰囲気を醸し出している。


「やっとヒロインの登場よ。待っていてね、王子様。」


意味不明な言葉を重ね、ひとり言を続ける。

側を歩いていた生徒はその様子に怪訝そうな表情をし、異様な空気感を察してそそくさとその場を離れる。


「さぁ、行きましょうか。」


ひとしきりひとり言を終え満足した様子の少女は、不穏な足音を響かせて歩き始めた。


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