5 二人の誓い
ベリーツ殿下にエスコートされながら、部屋を辞した後、庭園へと歩みを進めていく。
優しい手つきで握り締められた手を、放すタイミングをつかめないまま、そのまま握りしめてエスコートされている。
同じように小さい手をしているのに、やや硬く私の手よりも大きい。
貴族男子は、剣技に関しても教育がなされているため、王太子殿下とあれば自分の身を守るためにも、他の子と比べて早くから剣を握って日々鍛錬に励んでいるのだろう。
小さいながらもその重責をしっかりと受け止めているのだと、その手を見つめながら考える。
……でも、この手このままでいいのかしら。
殿下は何もおっしゃられないけれど……。
少し先を歩いて手を引いてくれる殿下をちらりと覗き見れば、その耳のあたりがほんのり赤みが差しているように思えた。
その姿を目の当たりにし、目を見開きやや驚いてしまう。
そして胸がきゅっとした。
たまらず、掴んでいる手とは反対の手で胸をおさえる。
少しでも私のことを思ってくれていて、放さないでいてくれるなら、嬉しいわ……。
「そろそろ庭に出ます。胸が苦しいのですか? 歩くのが速かったでしょうか。」
ちらりとこちらを見て声を掛けてくれる。
胸に手を当てていたため、歩調が速かったと勘違いしたのかもしれない。
先ほどまでも気遣って私に合わせたようにゆっくり歩を進めていたのに、さらにゆっくりと歩いてくれる殿下。
彼の優しさがじわじわと伝わってくる。
思いを寄せてくれるだけではなく、気を遣っていただけるなんて、本当にいいお方の婚約者になれて幸せだわ。
「いいえ、大丈夫でございます。でも、お気遣いいただいてありがとうございます。
殿下とゆっくり歩けて嬉しいですわ。」
零れるように微笑んで、殿下へと返事する。
すると、今度は殿下がやや苦し気な様子で唸り、繋いでない手を口元へとあてて顔をそらしてしまった。
「で、殿下? 大丈夫でございますか? 具合でも悪くなられました?」
「い、いいや。大丈夫です。心配かけて申し訳ない。」
数回深呼吸を繰り返したかと思うと、こちらに向き直り、平静を取り戻したように返事をする。
しかし、耳だけではなく顔もやや赤らめた様子が見て取れる。
……急にどうしたのかしら?
「そうでございますか?」
「えぇ。庭までもうすぐなんです。行きましょう。」
具合が悪くなったわけではないようですし、大丈夫かしら。
護衛もついてきているし、何かあってもすぐに対処できるからきっと大丈夫よね。
「さようでございますか。変わりありましたら、おっしゃってくださいね。」
「ありがとう。」
爽やかに笑って返事をしてくれる殿下に、ドキリとする。
ふあぁぁっ! カッコいいぃぃぃ!!!!
私の顔の方が、殿下よりも赤く染まってしまっているかもしれない。
繋いだ手からこの心臓の鼓動が伝わってしまうのではないかというくらいに、激しく跳ね回っているし。
私の方が倒れてしまうのではないのかしら……。
殿下が気を遣ってゆっくり歩いてくれているのに、早く目的地へと着かないかと思ってしまうのは仕方がない。
けれど、殿下とのこの時間がずっと続いて欲しいとも思うのは、贅沢な悩みなんでしょうね。
政略的に決められた婚約者で、こんな素敵な相手に出会えるとは全く思ってもみなかったわ。
両親からも愛されて育って、私は本当に幸せ者ね。
「さぁ。着きましたよ。」
繋いだ手を見つめながら考えていると、いつの間にか到着してしまったようだ。
気を引き締めようと思っているのに、王城に来て殿下とお会いしてからぼんやりしてしまっている。
しっかりしないと!!
と、自分を叱責しながらも、視線を上げるとまたすぐにぼーっとしてしまった。
目の前の広大な敷地には綺麗な花々が咲き乱れ、色で溢れかっていた。
景色とともに、香りまでも素敵に広がっている。
思わずぼーっとしてしまうほどに、心奪われる光景に圧倒されてしまう。
「どうでしょうか? この季節は、一年の中でも一際素晴らしい景色が見られるんですよ。
初めてお会いするレディーア嬢に、是非とも見せたいと思っていたんです。
それが叶ってとても嬉しいです。」
はにかみながらそう告げる殿下は、また私の胸キュンを誘う。
うぅぅ。景色も素晴らしいですが、殿下も大概素晴らしいですわ……っ!
もう、私、絶対あなたと結婚します!! 一生一緒にいたいです!!!!
「本当に素晴らしい景色で、心奪われてしまいましたわ。綺麗ですわね……。
私のために考えてくださって、ありがとうございます。殿下のお心遣いが嬉しいですわ。」
「いや……うん。君の方が、この花たちよりも美しいと思う。
今日初めて会ったのにおかしいかもしれないけど、生涯ともにいるのが君のような人でとても嬉しい。
立場上、君には苦労ばかり掛けてしまうだろうが、僕に寄り添っていて欲しい。」
私をまっすぐ見つめながら、真剣な表情で告げるベリーツ殿下。
なんとも性急な、そして熱烈なプロポーズの言葉に、驚きを隠せない。
しかし、政略で相成った婚約ではあるが、互いに好意を抱いて寄り添えることがたまらないほど嬉しい。
「……はい。至らない点ばかりかと思いますが、殿下に寄り添えるようにこれからたゆまず努力をしてまいりたいと思います。不束ですが、よろしくお願いいたしますわ。」
殿下の目をまっすぐに見つめ返し、そう告げ、深く腰を折り曲げる。
泣き出しそうなくらい嬉しくて、うっすら涙を浮かべてしまうが、どうにか鎮めるように瞼を閉じる。
顔を上げると、どうにも嬉しそうな、それでいて困ったような顔の殿下がいた。
「ありがとう。でも、泣かないで。かわいい顔が台無しになってしまうから。」
つうっと流れた涙を、小さい指がすくっていく。
まさか人前で涙を流すなんて。
しかも初対面の婚約者を相手に。
自分でも驚きを隠しきれないが、どうにも止められなかった。
それほどまでに感情が極限へと達してしまったのだろう。
「ご、ごめんなさい。殿下。な、泣くつもりは……なかったんですの。
でも、嬉しくて。私の婚約者さまが、こんなに素敵なお相手だとは思ってもみませんでした。
私はとても幸せですわ。末永く、よろしくお願いいたします。」
「あぁ。僕も、こんなにかわいくて綺麗な子が婚約者だと思ってなかった。
とても嬉しいよ。こちらこそ、これからよろしく。レディーア。」
本当にうれしそうに微笑む殿下。
嬉しい言葉だけではなく、名前まで敬称なしで呼ばれて、また顔が爆発しそうなくらいに熱くなるのを感じた。
ドキドキする胸が、さらに加速して、クラクラしてくる。
「あ、ありがとう、ございます。これからも、先ほどのように言葉をくずしてお話いただいて大丈夫です。そして私のことは『レディーア』と呼んでくださいませ。お願いいたしますわ。」
「ふふ。ありがとう、レディーア。名前を呼ぶだけで、胸があったかくなるような気がしてくるよ。
僕のことも『ベリーツ』と呼んで構わないから。君に呼ばれるだけで、嬉しくなりそうだよ。」
「は、はい。かしこまりましたわ、ベリーツ様。」
「うん。」
また、少し頬を染めてはにかみながら笑うベリーツ様は、とてもかっこいい。
ドキドキしっぱなしだけれども、ベリーツ様も同じようにドキドキしているのかと思うと嬉しさが倍増する。
また互いに目を合わせ、たまらず笑みを漏らし合う。
この後もこんな幸せが続いていくと疑う余地もない二人。
――――しかし、もしかしたらこの時が二人にとっての幸せのピークだったのかもしれない。